ビブリア古書堂の事件手帖4~栞子さんと二つの顔~:智恵子ママン遂に出現

本日は雨の札幌。ひと雨ごとに秋が深まっていくのが実感できます。そして近づく冬の足音。怖いな~怖いな~と、怪談を語っている稲川淳二みたくなってしまいます。

本日は三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖4~栞子さんと二つの顔~」です。タイトルのとおりビブリア古書堂シリーズの第四弾ですが、初の長編となっています。
例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

珍しい古書に関係する、特別な相談―謎めいた依頼に、ビブリア古書堂の二人は鎌倉の雪ノ下へ向かう。その家には驚くべきものが待っていた。稀代の探偵、推理小説作家江戸川乱歩の膨大なコレクション。それを譲る代わりに、ある人物が残した精巧な金庫を開けてほしいと持ち主は言う。金庫の謎には乱歩作品を取り巻く人々の数奇な人生が絡んでいた。そして、深まる謎はあの人物までも引き寄せる。美しき女店主とその母、謎解きは二人の知恵比べの様相を呈してくるのだが―。

シリーズを通して語られてきた栞子の母・智恵子。出奔して10年間音信不通でしたが、徐々にその存在感を明確にしてきたところ、本作で遂に本人登場とあいなりました。

栞子を探偵という側面からシャーロック・ホームズに例えるならば、智恵子はマイクロフト・ホームズということになるでしょうか。マイクロフトはシャーロックの7才年上の兄で、第二短編集「シャーロック・ホームズの回想」の「ギリシャ語通訳」で突如として登場してきます。

マイクロフトはいくつかの官庁で会計検査の仕事をしており、表面上は下級役人だが、実際にはその卓越した頭脳で政府の政策全般を調整する重要なポストにあり、シャーロックによればマイクロフトは大英帝国の政府そのものらしいです。

またこの物語ではシャーロックとマイクロフトが推理合戦する興味深い場面があり、マイクロフトの観察力と推理力があのシャーロックの一枚上を行っていることが明らかにされています。シャーロックはマイクロフトについて「活動的でさえあれば私より優れた探偵になれたであろう」と評しています。マイクロフトが探偵に興味があるかどうかはわかりませんが。
古書をめぐる数々の「日常の謎」を解き明かしてきた栞子ですが、智恵子の能力は栞子すら上回っているようで、ワトソン役の五浦大輔にはもはや「怪物」のようにすら見えています。シャーロック・ホームズは探偵に必要な素養について「観察力・推理力・知識」であるとしていますが、推理力と知識では智恵子は明らかに栞子を上回っています。

ただしこの智恵子、シャーロックにとってのマイクロフトなら良いのですが、栞子はどうやらモリアーティ教授のように捉えている節があります。押しが強く、自分の望みを叶えるためや損得勘定からは脅迫まがいの不道徳・不誠実な行動も辞さないということはこれまで他のキャラからも語られていますが、栞子自身も自分と妹の文香を長い間捨てて省みなかったことに怒り、恨んでいる様子が窺われます。日頃は冷静な推理を展開する栞子ですが、こと智恵子に絡むと冷静さを失う傾向があります。
今回、東日本大震災直後に遂に智恵子本人が登場してきます。今まで何をしていたのか、そして突如現れた理由は何か。どうやら古書を探して海外にいたりしていたようですが…

本作は江戸川乱歩特集とでもいう回で、登場する書籍は全て江戸川乱歩の作品です。江戸川乱歩の蒐集家で資産家が死亡し、愛人だった女性が蔵書のある家を相続しました。女性は資産家が残したという特殊な金庫を見せ、江戸川乱歩に関する何らかの珍品が入っており、ぜひ開けたいが鍵がかかっており、また別に暗証番号も必要だと言います。成功すれば蔵書は全てビブリア古書堂に売るということで、江戸川乱歩は古書界で人気作家なのでこれはおいしい話です。

第一章のタイトル「孤島の鬼」は、女性は当初問題の解決を智恵子に依頼しようとしていたということで、娘の栞子の能力を確かめるためにカバーのかかった著書を示し、本に触れずに書名を回答させた際の作品名です。
「孤島の鬼」はかつて読みました。同性愛の話…というのは私がそっち系に全然興味がないせいかあまり印象に残っていないのですが、インパクトがあったのはなんといっても「人外境便り」ですね。よくわからなかったシチュエーションが徐々に明らかになっていく様はなんとも不気味でおどろおどろしく、この辺りが乱歩だなあと感心しました。

第二章「少年探偵団」で栞子はまず鍵探しを開始します。資産家の遺族はそんなものはないと行っていたと言うことですが、栞子・大輔コンビは面会に行って探し出すことに成功します。そこでわかったのは、資産家は江戸川乱歩の蒐集家でしたが、家族には全くその様子を見せていなかったことです。厳格で真面目な教育者としての顔しか見せなかったのに、愛人を囲っていたということに怒りを見せる息子。ただし「少年探偵団」シリーズだけは買ってくれ、舞台となるような大邸宅に住んでいたこともあり、子供のころは妹と幼馴染と3人で少年探偵団ごっこをして遊んでいたそうです。

この辺りから、サブタイトルにもなっている「二つの顔」というテーマが浮上してきます。誰にも別の側面があるのではないか、悪人(善人)にも別の顔があるのではないかということで、それは栞子が悪人と決めつけている智恵子にも当てはまるのではないか…。っして資産家の大邸宅で栞子は智恵子と再会することになります。

「少年探偵団」シリーズは言わずと知れた少年向けの小説群ですね。テレビドラマ化もされていました。1975年から放映された「少年探偵団(BD7)」は子供の頃に見ました。本来二十面相は血を見るのが嫌いで殺傷事件を起こさない人物なのですが、本作では殺しも厭わない完全な悪役となっていました。

変装(というレベルでなく化けていましたが)がばれた二十面相が仮面の姿に戻るシーンが変身特撮ものの演出を取り入れていて面白かったです。いつも出てくる中村警部が「この中に二十面相がいる」という話になると必ず慌てて「ワシじゃないぞ!なんなら…」と親しい人の名を上げて確認してもらってもいいと言うのがお約束でしたが、中村警部が二十面相だった時もありましたっけ。

第三章「押絵と旅する男」は、智恵子のビブリア古書堂帰還(ごく一時的にですが)と結末が描かれます。ビブリア古書堂では文香が待っていました。今までメールで逐一智恵子に出来事を送信してきた文香は、栞子とはまた違った気持ちを智恵子に持っているようです。文香の最大の不満は、自分に本を残していかなかったことでした。栞子には「クラクラ日記」を残していったのに。

ですがそれは誤解でした。「旅の絵本」を残していったのですが、幼い文香は智恵子がいなくなったことに癇癪を起こして投げ捨てていたので、栞子がとっておいたということで。だったら大きくなったら渡せばいいものを。それはともかく、文香は、ビブリア古書堂は姉妹で維持できているので智恵子は必要な人ではなく、連絡もせず会いも来ないなら、帰ってきても家に入れないと言い渡します。栞子は智恵子のクローンかという似かたをしていますが、文香は誰に似たんでしょうか。五浦?(おい)

さて詳しい話は読んで頂くとして、最終的に栞子は暗証番号も解明し、金庫を開けることに成功します。中にあった資産家の形見の品物を持って旅に出た元愛人の女性を見送った栞子ですが、現れた智恵子は金庫の中身について女性が誑かした可能性を告げます。この辺りの推理力の高さがシャーロックに対するマイクロフトなんですよね。智恵子は、栞子に本の世界を共有し合おうと旅に誘います。自分と同等の能力を持っていることは認めているのでしょう。そしてそれは栞子にとってもとても魅力的な提案でしたが…

文香が智恵子の情報源かと思われましたが、実際には智恵子は文香のメールをごく最近まで呼んで折らず、別に情報源があったことが判明します。その情報源は、智恵子は悪く言われているが自分にとっては恩人であると言い、やはり二つの顔があることを示唆します。智恵子が篠川家から離れた理由は、どうやとてつもなく入手困難な古書を探すためらしいのですが、古書に限らず熱狂的な蒐集家って怖いですね。私はなりたくてもなれそうにありません。

テレビドラマ版では安田成美が篠川智恵子を演じたようです。が、なにしろ栞子が剛力彩芽なので、キャスティングが適切かどうかは…
古書より恋…というか人との繋がりを選んだかのような栞子。母のような生き方はしないという彼女なりの態度表明なのでしょうか。しかし本来熱狂的な古書マニアなので、やはり同じ道を行ってしまう懸念もあります。聡明で美しい女性が「闇墜ち」するのってぞくぞくするので、ぜひ五浦大輔なんかほっぽっといて暗黒面(?)に墜ちて欲しいのですが。大輔には文香でいいじゃん(笑)。
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