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最長片道切符の旅:廃線が相次いで今ではもっと短いでしょう

秋の札幌ドーム
 
 秋晴れの祝日、いかがお過ごしでしょうか。札幌は天気が安定してきた感じでいいですが、明日は雨模様らしいです。昨日すみれ(純連)の味噌ラーメンを食べまして、本日は彩未の味噌ラーメンを食べようと美園(味噌だけに)まで歩いていったのですが、なんと定休日でした。祝日なんだし営業しようよ…。仕方ない、次回は場所を把握したけやきで味噌ラーメンだ。ちなみに今のところ一番好きなのは白樺山荘の味噌ラーメンです。

最長片道切符の旅

 本日は宮脇俊三の「最長片道切符の旅」です。私も末端にいる(つもりの)いわゆる「乗り鉄」の神様のような人ですね。

宮脇俊三

 宮脇俊三(1926年12月9日~2003年2月26日)は編集者から作家に転身した人で、編集者としては中央公論社常務取締役にまで昇りました。日本出版史に残る企画に数多くたずさわり、名編集者と謳われており、功績の一つとして作家北杜夫を世に出したことが挙げられます。

 処女作「時刻表2万キロ」で、当時の日本国有鉄道(国鉄)全線完乗を達成し、「鉄道に乗る」ことを趣味とする者、いわゆる「乗り鉄」の存在を世間に認知させ、本作「最長片道切符の旅」によって「最長片道切符」を広く知らしめることになりました。これらの作品によって「鉄道紀行」を文学の一ジャンルにまでした、と評され、「鉄道紀行文学」で宮脇俊三並みのレベルの作品を生んでいる人物は、その没後誰もいないとも言われています。

両さんによる鉄道マニアの分類

 例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

 国鉄全線完乗を果した著者が、次に挑んだのは日本一の遠回り〈一筆書き切符〉の旅。北海道・広尾から鹿児島・枕崎まで、最短経路で2764.2キロ。ところが〈最長片道切符〉のルートだと13319.4キロ。これは最短経路の4.8倍、地球の直径に相当する。――10月13日、時刻表と地図を片手に広尾を出発、紅葉前線と共に南下し、正味34日間で乗り終えるまでの真剣でユーモラスな大旅行。

 中央公論社を退職した宮脇は、週末中心の旅行だった勤め人時代とは逆に自由な時間を得たため、存分に鉄道旅行を堪能しようと考えます。しかし全く制約のない状態では張り合いがないということで、「自由を享受しながら制約をつくりだし、時刻表の楽しみを回復するにはどうしたらよいのか」と考えた末、北海道の広尾線広尾駅(1987年に廃止)から九州の指宿枕崎線枕崎駅までを最長片道切符で旅することにしました。

新潮文庫初版最長片道切符の旅

 頭を悩ませるルート選定、駅員に迷惑がられる切符の購入(そりゃあねえ)を経て、1978年(昭和53年)10月13日に広尾駅を出発。最短距離2,764.2キロのところを13,319.4キロかけ、車内改札に来た車掌や改札口の駅員に驚かれたり、呆れられたりしながらの長い長い旅を続けていきます。

 暇になったとはいえ、全行程を一気に消化するほどにはまとまった日程がとれないため、数日の日程消化の後、切符のルートから「途中下車」して東京へ帰ってはまた中断地点に舞い戻り、を繰り返します。途中で風邪を引いたり寝過ごしたりして日程を紹介しきれず、切符の有効期限が迫ってきますが…。

一筆書き路線図

 これが当時の最長片道切符の路線図です。現在では廃線区間が多く、これほど長い片道切符の旅は不可能となっていますが、片道切符の旅自体は「乗り鉄」の趣味の一つとして健在です。私も「乗り鉄」の気があるのですが、ここまでマニア的にはやれないですね。特急、できればグリーン車志向という軟弱な「乗り鉄」です。

最長片道切符の旅 取材ノート

 なお、2008年には、この時に宮脇がノートに残した取材メモが「最長片道切符の旅 取材ノート」として新潮社から刊行され、それに伴い本作も復刊されました。私が読んだのは復刊版の方ですね。

 興味のない人にとっては「アホなことしているな」としか思えない旅ですね。まる一日旅して出発点から数キロしか離れていないところに戻ってきたりして。ただ、宮脇俊三の格調高い文章のせいで、むしろ求道者の苦行のような風情まで感じられます。

時刻表2万キロ

 宮脇俊三の鉄道紀行としては、「シベリア鉄道9400キロ」「インド鉄道紀行」「中国火車旅行」「ヨーロッパ鉄道紀行」などを読んで来ました。当時は在外生活時代でしたね。帰国後に「時刻表2万キロ」も読みました。私が「乗り鉄」らしきものになったのは、これらの著作の影響が強いと思います。

 紀行文を読むのは好きですが、私自身では外国の鉄道にはそれほど関心がありません。氷河急行とか欧州の鉄道はいくつか乗りましたけど、基本はやはり日本の鉄道だなあ、なんて。

 宮脇俊三は2003年2月26日に死去しましたが、死去の報道は葬儀が済む3月になるまで差し控えられました。その死が発表されると、世田谷区の自宅には多くのファンが詰め掛け、自宅周辺はちょっとした混乱状態になったそうです。戒名は「鉄道院周遊俊妙居士」。

2ちゃんねるの弔辞

 ちなみに退社の理由は、「時刻表2万キロ」を出版して作家の仲間入りしたことがあるそうです。編集者として他の作家の出版企画を却下することも多々あった手前、自分が所属する会社から自著を出版するわけにはいかなかったものの、かたや競合する他社から出版するとなると、今の会社にいることは筋が通らないという理由です。監督兼選手はいても、作家兼編集者は困難でしょうね。こういう筋の通し方も、宮脇俊三らしい生真面目さの表れだと思います。また、そういう人の鉄道紀行だからこそ、鉄道ファンにとどまらない多くの愛読者を惹きつけたのでしょう。
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