「言の葉の庭」考察(その4):雪野百香里とは何者だったのか(妄想考察)

こんばんは。今日夕方にスーパーで買ってきた鶏卵を床に落っことしてしまいました。日本の優れた卵パックといえどジオンのコロニー落としには耐えられず、4個中3個がお釈迦になってしまいました。ユースフは、自らの行為に恐怖した。

仕方なくシーチキンを加えてスクランブルエッグ的な卵焼きにして食べましたが、これが我ながら結構おいしかったのでした(笑)。4個パックだったのが不幸中の幸いで、10個パックだったらと思うと……あんまり一気に卵を食べるのは身体によくないらしいですからね(そういう問題か)。しかし卵だけだと3個くらいでも大した量じゃないですね。やはり野菜と一緒にしないと。

さて、“さよならは言ったはずだ 別れたはずさ”の「言の葉の庭」考察シリーズですが、satoruさんからいただいたコメントの“観終わっての感想、 と言うより、第一印象は (雪野さんは、『女貴樹』だなあ・・・) この1点でした。”に触発されて、雪野百香里とは何者であるのかについての私見をつらつら綴りたいと思います。やはり亀仙人の「もうちっとだけ」はヤバイようです。

妄想編とも言える「言の葉の庭」考察(その2)(http://nocturnetsukubane.blog.fc2.com/blog-entry-763.html)で、私は百香里は依存体質なのではないかと描きました。12才も年の離れた、そして直接受け持っている訳ではないとはいえ、自分の務める高校の生徒である孝雄に対し、「察してちゃん」「構ってちゃん」的態度をとり続けたところからの分析です。

この依存体質は、相沢祥子と愉快な仲間達による執拗かつ悪質な嫌がらせにより精神的に深く傷ついたことによる一時的なものだと捉えるのが一般的な見方なのかも知れません。百香里が孝雄に足を触らせながら「私ね……上手く歩けなくなっちゃったの……いつの間にか」と言っていることから、自身でもそう思っている様子が窺われます。

しかし、あくまで妄想の「伊藤宗一郎黒幕説」の延長上で考えると、百香里はそもそも「上手く歩ける人」ではなかったのではないかと思われます。これまでは伊藤先生という人に支えられてきたので気付かなかっただけで、最初から一人で上手く歩くことはできなかったのではないかと。

ここで思い出されるのは、「秒速5センチメートル」第一話「桜花抄」です。我ら「秒速病」の永遠のヒロインである明里は、小学生時代は内気で引っ込み思案な少女でしたが、貴樹と知り合って親しくなったことで明るくなっていきました。この辺り、貴樹が一方的に明里を支えていた訳ではなく、共依存的関係にあったと考えられます。

映像版では明里が転校した後、中学校で貴樹はちゃんと一人でやって行けているように見受けられましたが、新海誠による小説版「秒速5センチメートル」によれば、実際にはずっと辛さに耐えていたこと、明里からの手紙を貰って彼女も同様の境遇であることを知り、手紙をやりとりすることで理解者がいることを改めて知り、生きることが楽になったことなどが綴られています。

しかしやはりどちらが辛かったかと言えば明里の方だったことでしょう。明里から貴樹に先に手紙を送っていることからもそれは窺われます。あの手紙は明里のSOSだと解釈していいでしょう。やや意地悪な見方をすれば、こういう手紙を送れば貴樹が自分を放っておくはずがないと確信しての行動だとも受け取れます。

ですが、二人の交流再開もそう長くは続きませんでした。今度は貴樹が種子島という遙か彼方に引っ越すことが決まってしまいます。東京と栃木なら頑張れば会うことも可能ですが、鹿児島のしかも島部となるとさすがに中学生の手には余ります。さあこれまで精神的に依存してきた貴樹とは本当に会えなくなってしまうことになりました。この時明里はどう思ったのか?

それを知る手がかりは明里の「渡せなかった手紙」にあります。この手紙の全文については、2012年6月14日の「秒速5センチメートル」考察(その4)(http://nocturnetsukubane.blog.fc2.com/blog-entry-35.html)で既に掲載していますので、ここでは注目部分のみ引用します。

私が小学四年生で東京に転校していったときに、
貴樹くんがいてくれて本当に良かったと思っています。友達になれて嬉しかったです。
貴樹くんがいなければ、私にとって学校はもっとずっとつらい場所になっていたいと思います。

だから私は、貴樹くんと離れて転校なんて、
本当にぜんぜんしたくなかったのです。
貴樹くんと同じ中学校に行って、一緒に大人になりたかったのです。
それは私がずっと願っていたことでした。
今はここの中学にもなんとか慣れましたが、(だからあまり心配しないでください)
それでも「貴樹くんがいてくれたらどんなに良かっただろう」と思うことが、
一日に何度もあるんです。

そしてもうすぐ、
貴樹くんはもっとずっと遠くに引っ越してしまうことも、私はとても悲しいです。
今までは東京と栃木に離れてはいても、
「でも私にはいざとなれば貴樹くんがいるんだから」ってずっと思っていました。
電車に乗っていけばすぐに会えるんだから、と。
でも今度の九州のむこうだなんて、ちょっと遠すぎます。

私はこれからは、一人でもちゃんとやっていけるようにしなくてはいけません。
そんなことが本当に出来るのか、私にはちょっと自信がないんですけど。
でも、そうしなければならないんです。
私も貴樹くんも。そうですよね?
そして私は、同記事の中で「貴樹君はまさしく明里さんにとっての救世主でした。しかし、あまりにも救われすぎたとも言えます。二人はまるで一心同体のようです。前に二人の趣味嗜好は一致していたと書きましたが、案外明里さんが貴樹君の趣味に合わせていったという側面もあるのではないかと思います。明里さんは完全に貴樹君に依存していました。彼女にとって、貴樹君との関係が全てであった時期があるといえます。」と書きました。この意見は今でも変わっていません。

そんな明里に貴樹の引っ越しは大きな打撃でしたが、それは結果的に明里の自立と成長を促すものとなったのです。「マクロス」の歌詞を借りるならば

マクロの空を つらぬいて
地球をうった いかずちは
我ら幼い 人類に
目覚めてくれと 放たれた

こういうものであったことでしょう。特に

私はこれからは、一人でもちゃんとやっていけるようにしなくてはいけません。
そんなことが本当に出来るのか、私にはちょっと自信がないんですけど。
でも、そうしなければならないんです。

この部分を読むにつけ、もう明里を抱きしめてやりたい衝動に駆られます。もちろんエッチな意味合いは全くないですよ。この少女の健気さ、凜々しさがおじさんにはたまらないのです。

そして私は同記事で「そうです、彼女は『懐かしくも楽しかった貴樹君との関係』がもはや二度とは戻らないということをこの時はっきりと自覚し、今後はそれに頼ることなく生きていくということを宣言しているのです。」と書きました。つまり彼女は依存体質から脱却しなければならないことを自覚し、努力していくことにしたのです。この手紙を貴樹に渡していればまた貴樹も違う人生になっていた可能性があるのですが、それをしなかったのは「雪の一夜」が二人にあまりにも大きなインパクトを与えたからだと思うのですが、この先は完全に「秒速」世界になってしまうので、興味のある方はそちらの考察をご覧下さい。

長々と「秒速」を語ってしまいましたが、要するに私は、百香里は貴樹からの自立を果たせず、依存体質のまま成人してしまった明里なのではないかと思うのです。平行世界的な考え方をすれば、「貴樹と離れることはなかったが、貴樹とは結ばれなかった世界」の明里のなれの果て、それが百香里なのではないかと。

離ればなれにならなければ、貴樹と明里は結ばれていた…これは大いに可能性のある解釈だと思います。私もそうあって欲しいです。しかし、幼い初恋が必ず実るものとは限らないのも事実。二人が高校生、大学生と成長していく中で、心が離れていく可能性だってあるでしょう。或いは別の異性に心惹かれるとか。

小学生時代の二人は一心同体的に趣味嗜好が一致していましたが、そういう状態はそんなに長くは続かなかったことでしょう。相違点が次第にはっきりしていく中、それを魅力と感じるてより惹かれていくか、異質と感じるて疎遠になっていくか…それは二人の関係性次第としか言いようがありません。

そして百香里は、貴樹とは別れたものの、依存体質は克服できないままに、その時々の交際する男に精神的に依存していく性向を持ち続けた明里そのものなのではないでしょうか。

そう考えると、別れた後も伊藤先生を頼りにしたり、ガキの孝雄との不思議な関係をずるずる続けたりした百香里の心情というものが容易に理解できるような気がします。昨日モームを紹介した関係から言うと、「超時空要塞マクロス」と「超時空世紀オーガス」の関係は、「マクロスが降ってこなかった世界の延長上にオーガスの世界がある」ということらしいですが、まさに「秒速5センチメートル」と「言の葉の庭」の関係は、「貴樹から自立できなかった明里の世界の延長上」にいるのが百香里なのだと私は言いたいです。

ということでsatoruさん、百香里は“依存体質の抜けなかった明里のなれの果て”というのが私の解釈です。ああ、「秒速」世界の明里が自立を果たして「祐一さん」と結ばれて本当に良かった。

たとえ貴樹と結ばれずとも、伊藤宗一郎に弄ばれたり、相沢祥子一味にいじめ抜かれたり、朝からビール飲んだりする、そんな明里が「秒速」世界に現出しなかったことを幸運に思います。明里にはずっと穏やかな幸せの中で微笑んでいて欲しい。

最後に、百香里は四国での再スタートにおいて依存体質から脱却できていればいいですね。その時、孝雄は「秒速」世界における明里にとっての貴樹の役割を果たしたと言って良いことになるでしょう。ただしその場合、自立した百香里にとってもはや孝雄は(色々甘酸っぱい想い出は伴うものの)「元生徒」でしかなく、頼るべき存在ではなくなっていることになりますが。

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