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浪漫的恋愛:恋愛小説の名手・小池真理子の描く中年のラブロマンス

花冷え
 
 桜の開花宣言もあったようですが、ちょっと寒かったですね。これが花冷えってやつでしょうか。しかしながら、風邪は順調に治ってきたような。

 本日は小池真理子の「浪漫的恋愛」です。直木賞受賞作の「恋」(1995年)以降、この人は恋愛小説の名手として名を馳せていますが、本作は中年男女の恋愛を濃密に描いています。

浪漫的恋愛

 「浪漫的恋愛」は当初「月狂ひ」のタイトルで2000年10月に新潮社から刊行されました。「浪漫的恋愛」に改題されて2003年6月に新潮文庫から文庫版が刊行されています。

 例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

 禁断の恋の果てに自殺した母。その記憶に囚われる46歳の編集者・千津は、編纂中のアンソロジーに「月狂ひ」という幻想短編を収録する許可を得るため、作者の遺族である倉田柊介のもとを訪れる。その日から、身も心も灼きつくすような恋に堕ちていくとも知らずに……。作中小説の世界をなぞるかのように、狂気にも似た恋へと誘われていく男女の、静謐なる激情の物語。『月狂ひ』改題。

 梓友書林という小さな出版社に勤める片岡千津は46歳。大学時代の先輩だった夫と共働きで特に大きな問題も抱えずに暮らしていました。夫婦の間に子供はいませんが、それは夫の不妊が原因であり、千津自身はさほど気にしていません。

 大学教授だった父は健在で一人暮らしを続けています。しかし、彼女の母・志津子は子持ち人妻の身でありながら小児科医と深い深い恋に落ち、その結果、不在の間に千津の弟・毅が事故死するという事件が起きてしまいます。全てを自分の責任と思い詰めた志津子は心を病み、数年後に縊死してしまいます。母が死ぬ前まで母の看護というか愚痴のはけ口になってきた千津は、自分にも母同様の狂気が宿っていることを怖れ、穏やかな結婚生活に安住しようとしていました。

 梓友書林の企画で幻想小説のアンソロジーを編むことになり、葛城瑞穂という知る人ぞ知る無名の幻想小説家の「月狂ひ」という作品を入れることになり、息子の倉田柊介に掲載許可を得ることになりましたが、一目会ったその時に、二人は運命の恋に囚われてしまうのでした。

旧タイトル「月狂ひ」

 「月狂ひ」という小説は、千津の愛読書ですが、これも作家の妻武藤峯子と作家の友人である門脇の道ならぬ恋の顛末を描いた作品で、千津はこの作品を自分の母志津子の運命に重ね合わせています。小説の折々に「月狂ひ」の文章が抜粋されて登場してきます。時代ということもあったのでしょうが、門脇の子を身籠もった峯子は、門脇と二人沙羅双樹の木で首を吊って心中するという悲劇的な結果となります。月光に照らされる中でルナティックな恋愛に落ちていく峯子と門脇。そして同様に幼い千津が見た、志津子と小児科医が青白い月光に照らされていた姿。そして互いに既婚者なのに抗うこともできずに恋に落ちていく千津と柊介。三組の恋愛模様が重層的に描かれています。

 「月狂ひ」の峯子と門脇はおそらく20台でせいぜいアラサー、志津子と小児科医の恋は30歳前後でしょうか。おそらく志津子は40歳前に亡くなっていると思います。これらに較べて千津と柊介の恋愛は46歳と49歳と極端に遅いのですが、恋の喜び、苦しみ、哀しみは年齢に関係なく二人の心を灼いていきます。

 運命の恋であるならば、二人はそれぞれの伴侶と別れて(相応のペナルティーは必要ですが)、二人で新たに歩んでいくことも可能だったでしょう。しかし二人はそれをせず、それぞれの生活を壊さぬように密会を重ねていきます。それって不倫…そう、不倫としかいいようのない恋なのですが、志津子の前例を知っている千津は、破滅的な恋愛がもたらす結果-当事者のみならずその周辺の人々にも深い深い傷跡を残すこと-を知っているので、カタストロフに踏み出すことをしません。

 お互い分別盛りの年ですから、ただやみくもに突き進む訳ではありません。会いたいという欲望の強さは年齢とは関係ないようですが、常に周囲に気を配り,お互いの家庭を壊さないようにしようとする、ブレーキの効いた理性的な恋愛です。でもその分、二人きりになると二人は獣のようになりますけどね。

 千津の夫の直之は、つじつまを合わせているようでいてしばしばボロが出る千津の行動を知ってか知らずか、普段どおりのままです。この男が何を考えているのか、同性の私にもわからないところがあるのですが、穏やかながらちょっと不気味な感じがあります。

 一方の柊介の妻・倫子は少女っぽさを持った女性で、千津とは一度ちらっと合っただけなのに、柊介の恋愛相手であることを察知し(女の直感というやつでしょうか)、嫉妬に狂っていきます。千津サイドの視点に立つとやっかいな女性のように見えますが、夫の限りなく本気な浮気を知ったら妻としては当たり前というか、千津にどんな言い訳ができるのか。夫婦関係が破綻していたわけでもないし。

 中年男女の恋ですが、多分二人とも標準よりも美しいらしいので、イメージ的には役所広司と黒木瞳の演じた「失楽園」的カップルを想像するのですが、芸能人ではないので多分それよりはぐっと落ちることでしょう。恋に年齢も条件も関係なく、落ちてしまえば理性で抗うことはほとんど困難。であれば、破滅的な結果になだれ込んだとしてもおかしくはありませんし、実際そういう小説も数多あることでしょう。しかし、本作ではギリギリのところで千津が留まったかなという感があります。それはやはり母の「暴走」で自身の心が深く傷ついたという経験所以なのでしょうか。
 
 ただ、ラストは本当に千津と柊介の恋の終わりと見ていいのか微妙です。これからまた何かありそうな予感がするのは、千津が密会に使っていた柊介の実家で沙羅の樹を見つけてしまうからで、理性的に終わったかに見えた二人の恋愛は、結局破滅的結果をもらたすのかも知れません。

 かつて駅の通路で抱擁し合う中年カップルを見たことがあります。おそらく互いに深い恋愛感情を抱き合っていたのでしょう。主観的には「浪漫的恋愛」の千津と柊介と同じ状態だったのでしょうが、傍目にはいい年こいてあきれた中年バカップルにしか見えませんでした。

 恋愛なんて主観的な問題ですし、他人がどう見ようが関係ない、自分達が美しいと思えば美しいのだ。それはその通りであって、人の目なんか気にしなくてもいいのですが、やはり傍目には「愚行」と思える行為を重ねるものですね。千津と柊介の情事も、主観的視点だとそれはそれは熱く激しく美しいのですが、それを映像として第三者が見たら結構げんなりとしてしまうものなのかも知れません。中年の恋愛は人に見せる者ではないということか。

 個人的には、他人からどう思われようが、愚挙だと指弾されようが、運命の恋愛を燃え立たせて奈落に落ちていくというのも悪くはないと思います。ただし、その結果がもたらすものを全て受け止める覚悟と勇気があれば、ですけどね。

 たった一度の人生、思うように生きたいと思うものですが、その結果他人の人生まで狂わせていいのかという問題は結構深いですね。
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