魔法少女まどか☆マギカ考察:美樹さやか(その1)

魔法少女個別考察の第四弾。今回は悲劇の魔法少女・美樹さやかの考察です。
1.なぜ魔女に墜ちるのか?

まどかの親友であるさやかですが、その性格は対照的です。さやかは活発で正義感が強く、物事を自らの力で解決していこうとする行動力を持っています。比較的受動的なまどかに対して、能動的と言っていいでしょう。その反面、思い込みが激しく意地っ張りで、「~でなければならない」「~であってはいけない」などと、自分で自分を追い詰めてしまう傾向があります。また、一見ボーイッシュなイメージですが、内面は乙女という二面性を持っており、幼馴染である上条恭介に一途な片想いをしています。
実は誰かに恋愛感情を持っている魔法少女は、本編ではさやかただ一人です。まどかはまだ「恋に恋する」といったねんねのように描かれていますし、マミ、ほむら、杏子にしても過去であってさえ誰かに恋をしていた様子が見受けられません。スピンオフ作品の「おりこ☆マギカ」や「かずみ☆マギカ」においても、やはり恋愛を云々している魔法少女はこれまでのところ見受けられないことから、魔法少女の大半は自分自身に関心が向いているように見受けられます。
4話においてさやかは、事故で指に治療不可能な怪我を負ったことによってバイオリニストになる夢を絶たれて自暴自棄になった恭介を救うため、キュゥべえと契約を交わして魔法少女となります。3話においてさやかは、自分の願いを他者の願いを叶えるために使うことの危うさを指摘されていたにも関わらず、です。

さやか「ねえ、マミさん。願い事って自分の為の事柄でなきゃダメなのかな?」
マミ「え?」
さやか「例えば、例えばの話なんだけどさ、私なんかより余程困っている人が居て、その人の為に願い事をするのは…」
まどか「それって上条君のこと?」
さやか「たた、例え話だって言ってるじゃんか!」
キュゥべえ「別に契約者自身が願い事の対象になる必然性はないんだけどね。前例も無い訳じゃないし」
マミ「でもあまり関心できた話じゃないわ。他人の願いを叶えるのなら、なおのこと自分の望みをはっきりさせておかないと。美樹さん、あなたは彼に夢を叶えてほしいの?それとも、彼の夢を叶えた恩人になりたいの?」
まどか「マミさん…」
マミ「同じようでも全然違うことよ。これ」
さやか「その言い方は…ちょっと酷いと思う」
マミ「ごめんね。でも今のうちに言っておかないと。そこを履き違えたまま先に進んだら、あなたきっと後悔するから」
さやか「…そうだね。私の考えが甘かった。ゴメン」
マミ「やっぱり、難しい事柄よね。焦って決めるべきではないわ」
上記の会話があり、また3話ラストでのマミの凄惨な死を目の当たりにして魔法少女になることの恐怖を実感したにも関わらず、上条恭介の嘆きを目の当たりにして契約をしないではいられなかったさやか。
4話冒頭、さやかは自問自答しています。
(何で私じゃなくて、恭介なの?もしも私の願い事で、恭介の体が治ったとして、それを恭介はどう思うの?ありがとうって言われて、それだけ?それとも、それ以上のことを言って欲しいの?)
この疑問に明確な答えを出すことができないまま、契約したさやかは、「後悔なんかあるわけない」と強がりますが、自分自身を瞞着したつけは、確実にさやかの精神を蝕んでいくことになるのです…
魔法少女となったさやかは、他者のために戦い戦死したマミを強く尊敬しており、同じく「他者のためだけに魔法を使う」ことを正義と信じて行動します。そういう意味では、キュゥべえは「マミ広告塔」戦略を取っていたとするならば、それに真っ先にひっかかったともいえるでしょう。一方、あからさまに利己的な姿勢を示す杏子に対して反感を抱き、マミを見殺しにしたという誤解からほむらのことも嫌っています。
当初は戦うことへの自信に溢れていますが、4話以降本性を表し始めるキュゥべえにより、契約で人間ではないものに変質していた事実を知らされ(「ゾンビ」になったと表現しています)て衝撃を受け、さらに親友の志築仁美の上条恭介への恋慕を知らされたことを契機に、人間ではなくなってしまった自分は恭介と結ばれることができないと思い詰め、その後はまどかや杏子の言葉にも耳を貸さずに無謀な戦いを続けていきます。その結果急速にソウルジェムに穢れを溜め込み、信念も見失った末に「わたしって、ほんとバカ」という言葉を最後に魔女へと変貌してしまうのです。

さやかが変貌した魔女は、公式HPにおいて「人魚も魔女」とされています。同HPの「魔女図鑑」において、
「人魚の魔女。その性質は恋慕。在りし日の感動を夢見ながらコンサートホールごと移動する魔女。回る運命は思い出だけを乗せてもう未来へは転がらない。もう何も届かない。もう何も知ることなどない。今はただ手下達の演奏を邪魔する存在を許さない」
と説明されています。

ちなみに「人魚の魔女」は10話の過去のエピソードにも登場しますが、「魔女図鑑」では
「人魚の魔女。その性質は恋慕。ギターが鳴り響くコンサートホールの中で 在りし日の感動を夢見続ける魔女。繰り返す時間の中で僅かな違いこそあれど、運命の車輪は冷徹に回る。。」
とやや異なる説明がなされています

なお、「人魚の魔女」の使い魔は明確に異なっており、9話に出てくる指揮者と楽団員のような使い魔については
「人魚の魔女の手下。その役割は演奏。魔女のために音楽を奏で続ける虚ろな楽団。その音を長く聞き続けた者は魂を抜き取られてしまう。この楽団は魔女のためだけに存在し、魔女には楽団が全て」
と説明されており、10話に出てくる志築仁美のカリカチュアのような使い魔は、
「人魚の魔女の手下。その役割はバックダンサー。 魔女の後ろで陽気に踊り続けるだけの存在」
と説明されています。こちらは明らかに悪い待遇を受けており、車輪による魔女の攻撃に巻き込まれて殺戮されています。その姿が仁美に似ているので、魔法少女を攻撃するのが目的なのか、使い魔を殺すのが目的なのかわからないほどです

「人魚の魔女」は、アンデルセンの童話「人魚姫」をモチーフにしていることは明らかです。
15歳の誕生日に海面に上がって「外の世界」を見た人魚姫は、嵐に遭い難破した船から溺死寸前の王子を救い出し、王子に恋心を抱きます。人魚は人間の前に姿を現してはいけないという掟があるのですが、人魚姫はどうしても自分が王子を救ったという事を伝えたかったので、海の魔女を訪れ、美しい声と引き換えに尻尾を人間の足に変える飲み薬を貰います。その際、「もし王子が他の娘と結婚するような事になれば、姫は海の泡となって消えてしまう」と警告を受けます。更に歩く度に千のナイフで刺されるような痛みを感じる事になることも。
王子と一緒にお城で暮らせるようになった人魚姫でしたが、声を失った人魚姫は王子を救った出来事を話す事が出来ず、王子は人魚姫が命の恩人である事に気付きません。そのうちに事実は捻じ曲がり、王子は偶然浜を通りかかった娘を命の恩人と勘違いしてしまいます。やがて王子と娘との結婚が決まり、悲嘆に暮れる人魚姫の前に現れた姫の姉たちが、髪と引き換えに海の魔女に貰った短剣を差し出し、王子の流した血で人魚の姿に戻れるという魔女の伝言を伝えますが、愛する王子を殺す事の出来ない人魚姫は自らの死を選び、海に身を投げて泡に姿を変え、空気の精となって天国へ昇っていく…

どこまでも純粋に王子を愛しながらも、決して報われる事がなかった人魚姫の悲しい恋の物語は、失恋を繰り返し、ついには生涯を独身で通したアンデルセンの、苦い思いが投影されていると言われていますが、人魚姫とさやかを比較すると、
人魚姫
◇ 魔女と契約して人間になる(代わりに声を失う)
◇ 王子を助けたのは自分だと明かせず、王子は別の人間と結婚する
◇ 失恋して泡となって消える
さやか
キュゥべえと契約して恭介を助ける(代わりに人間でなくなる)
◇ 恭介を助けたのは自分だと明かせず、恭介は仁美と仲良くなる
◇ 失恋して魔女となる
といった共通点が浮かび上がります。まさにさやかは、自身の純粋な恋心故に魔女に墜ちてしまったといえるでしょう。ほむらはさやかについて「魔法少女に向いていない」と評していますが、魔女に墜ちやすいことを指して言っているのならばまさに正鵠を射ています。もっとも、魔法少女には何が何でも魔女化して貰いたいキュゥべえから見れば、さやかこそ魔法少女に向いている子であると言えますが。
なお、「人魚の魔女」は、剣を持っているほか、飛び道具として多数の車輪を放って攻撃してきますが、この車輪はタロットカードなどに登場する「運命の輪」(Wheel of fortune)を暗示したものではないかと思われます。逆位置の意味は「情勢の急激な悪化、別れ、すれ違い、降格、アクシデントの到来」…まさしくさやか。
また鉄道の車輪だとすると、定められたレールの上を進むしかない車輪は、恭介とは決して交わることなく平行線のまま、というさやかの運命を示唆したものと解釈することもできるかも知れません。
2.上条恭介と結ばれる余地はなかったか?

さやかが人魚姫の運命を背負っているのであれば、もう議論の余地なく悲恋で終わるしかないと思われますが、ゲーム版では選択次第で違う運命も描かれています。結論から言えば、恭介と相思相愛になることは可能なのですが…
まず上条恭介の怪我は現在の医療では治療不可能だとされていますが、志築仁美の尽力で、米国に天才的な医者がいることがわかり、渡米して手術を受けることで治癒するようです。渡米費用や手術代はもちろん高額になると思われますが、仁美の家は裕福なので、全面的な協力が得られれば大丈夫でしょう。
ただしこの場合、さやかは魔法少女になる必要はありませんが、仁美は名実ともに「恭介を助けた娘」となるわけで、「本当は自分が助けた」という根拠もなしに、仁美を押しのけてさやかが恭介と結ばれるのは、さやかの性格からしてもそうとう困難ではないかと思われます(ゲーム版ではいろいろあって恭介と結ばれるさやかも描かれていますが)。

それこそ「ゾンビになった」などと嘆いていないで、「私が助けたんだ」という事実を明確に告げてしまうというのも一つの手だと思われます。ですが、「恩に着ろ」と「私を好きになれ」はイコールではありません。恭介はあるいは一生恩に着るかも知れませんが、それが即恋愛に結びつくかどうかは不明としかいいようがありません。さやかが恩を押しつけるような振る舞いをするならば、それはむしろ逆効果となりうるかも知れません。この辺り、シチュエーションは違うのですが「スチュワーデス物語」の片平なぎさと風間杜夫の関係を彷彿とさせます。つまり、恩とか責任で縛っても、恋心までは得られないのです。さやかは性格的にそういうことをする子には見えませんが。
また、念願叶って実際に交際が始まったとして、二人は幸せになるのでしょうか?恭介は芸術家気質が大変強い少年です。ヴァイオリンの天才だそうですが、「音楽命」という感じで、演奏できなければ自分になんの価値もないとさえ考えている節があります。そんな彼がヴァイオリンよりもさやかを優先するということがあるのでしょうか?
天才芸術家を献身的に支える-このイメージは仁美にこそふさわしい感じがしますが、さやかだとどうでしょう。どうしても「私を見て」と迫ってしまうような感じがするのですが。さやかに「上条恭介」が好きなのか、「ヴァイオリンを演奏する恭介」が好きなのか、よく考えて貰いたいところです。そういうところをおろそかにして感情で突っ走ってしまう、本編を見ているとさやかにはそういう傾向がある気がするので、短期的に見ると交際も恋愛もあるのでしょうが、長期的にみると最終的には別れてしまいそうな気がします。ま、まだ中学生なので別に結婚とか意識しなくてもいいのですが。

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