雷桜:狼少女と馬鹿殿の不思議な恋

いや~今日は温かった。コートなしでも全然平気でしょう。しばれる日が多かったから有り難いですなあ。しかしこう日々の寒暖差が大きいと、かえって風邪を引きそうな気がしますね。

本日は宇江佐真理の「雷桜」です。宇江佐真理の作品は初めて読みました。

宇江佐真理は1949年10月20日生、出身は北海道の函館市です。函館大谷女子短期大学を卒業後、OLを経て主婦になりました。1995年に「幻の声」でオール讀物新人賞を受賞し作家デビューしました。「幻の声」はその後「髪結い伊三次捕物余話」シリーズとして連作化され、1999年にはテレビドラマ化もされています。

「宇江佐」という名前は、「ウエザー(weather)」に由来していて、「ウエザ・リポート」というタイトルでエッセイを書くためにペンネームを決めたのだそうです。実際ウエザ・リポートというエッセイを刊行しています。

2001年に「余寒の雪」で中山義秀文学賞を受賞しています。吉川英治文学賞、山本周五郎賞の候補となっているほか、度々直木賞候補にもなっていますが、残念ながら受賞はありません。「雷桜」も2000年に直木賞候補作となっていますが、受賞はなりませんでした。
雷桜は2000年4月に角川書店から刊行され、2004年2月に角川文庫から文庫版が刊行されています。例によって内容紹介ですが、今回は画像でどうぞ。

ということで、徳川将軍の息子と村の庄屋の娘…というだけで圧倒的に身分差がありますが、それに加えて斉道は御三卿の清水家から御三家の紀州家を継ぐことになり、遊は狼女と呼ばれる山育ちのおよそ礼儀も女性らしさもかけらもない人です。その二人がいかに出会ってとても短く、しかし一生に足る恋愛をして別れていくかが描かれています。
登場人物などは実在ではなく、当初バカ殿として登場する清水斉道は徳川家斉の十七男とされていますが、実際の家斉の十七男は信之進と言って1817年に生まれていますが、その年のうちに逝去しています。モデルとなったのは七男の斉順(1801-1846)と思われます。なぜなら、幼少の頃に清水家を継ぎ、継ぎに紀州藩第10代藩主・徳川治宝の五女豊姫と結婚して治宝の婿養子となり、紀州藩主を継いだという経歴が、隠居させられた紀州藩主治房(これも架空)の娘菊姫と結婚した斉道養子とかぶっているからです。そのまま使えば良かったのではないか…とも思いますが、ヒロインの遊が架空であるので実在の人物とは絡めにくかったのかも知れません。
遊が生まれた瀬田村は、岩本藩と島中藩という二つの藩の境界付近にあり、当初は岩本藩に属していましたが、岩本藩が他の地域に転封された際に島中藩に帰属することになりました。これは瀬田村がどうこうできる話ではなく、「お上」の裁定であれば従う他に道はないのですが、島中藩は豊かな財源である瀬田村を優遇しました。一方、岩本藩はもとの場所に戻るべく幕閣に運動し、苦労の末に復帰するのですが、財源として期待していた瀬田村は戻らないということに激昂し、瀬田村に様々な嫌がらせをしてきます。だから村のせいではないというのに(笑)。きっと大名といっても小藩で余裕がないのでしょう。

嫌がらせの末に、忍びと思われる者を使って嵐の夜に一歳位のだった庄屋の末娘・遊を誘拐します。以後遊の行方は知れず、人々は死んだものと思っていますが、庄屋一家だけは生存を信じていました。そして庄屋の次男助次郎が見聞を広げに江戸に出かける際に出会った子供(少年にしか見えない)が、もしや遊なのではないかと思います。
助次郎は徳川御三卿の一つ清水家の中間となりましたが、助次郎より年下の少年当主の斉道はキチが入っていて、つまらないことで家臣や腰元に刃傷沙汰を起こす「痴れ者」です。当初は嫌悪し合っていた斉道と助次郎ですが、失踪した遊という妹がいるという話には不思議に強い関心を示します。幼少の頃に引き離された母の名前が「お遊の方」であるというせいもあるようですが。
正月に暇を貰って帰省した助次郎は、誰も越えない瀬田山に入って遭難寸前に以前出会った少年に出会って助けられます。遊に違いないと確信した助次郎は、江戸に帰る際に再びであい、本当の両親は瀬田村にいるので必ず帰るようにと言い残して去ります。その後助次郎は侍に取り立てられ、遊は瀬田村に帰ります。
もちろん両親も兄も奉公人も大喜びです。しかし14年間山中で育った遊は、礼儀もなにもありません。「狼女」「おとこ姉様」と呼ばれる遊は、里での暮らしに違和感が募り、瀬田山での暮らしを懐かしみます。一方江戸では斉道が紀州藩を継ぐことが内定しますが、現在の精神状態では20歳まで生きられるか不明というほどで、助次郎は療養が必要であると主張します。段取りがついて療養にでかけられることになったとき、斉道が行き先として望んだのは、遊のいる瀬田村でした。
奇妙な出会いと瀬田山中での事件(岩本藩の走狗による斉道襲撃)を経て互いに惹きつけられる二人は、一瞬結ばれます。側室になるよう求める斉道ですが、遊は堅苦しい御殿暮らしには向いていないこと、別に正妻を持つなら、正妻より遊を寵愛すれば正妻を悲しませること、正妻の方を寵愛すれば自分が悲しいことを主張して固辞します。それよりは時々瀬田山に通って来いと。
しかし大藩紀州藩を継げば土台それは不可能なこと。そんな世の理を知らない遊は無邪気に斉道の訪問を待ちますが、やがて体調に異変が…

2010年10月に映画「雷桜」が公開されており、遊を蒼井優、斉道を岡田将生が演じました。キャッチコピーは「女は、恋さえ知らなかった。男は、愛など信じなかった。美しくも奇妙なその桜が、二人の運命を変えた。」。2010年10月22日から24日の初日3日間で興収8614万8460円、動員は6万8922人になり、映画観客動員ランキングで初登場第8位となったほか、ぴあ初日満足度ランキングでは第5位となりました。
また「月刊Asuka」2010年8月号から11月号まで、八咫緑作画による漫画版が連載されました。

「雷桜」ですが、これは遊が掠われた嵐の日に、稲妻によって倒れた銀杏の木の幹から桜が芽吹いたという不思議な木で、誰もが迷う瀬田山の中にあって格好の目印になるほか、その奇妙な木が遊の人生に仮託され、象徴的な存在となっています。
遊と斉道の瀬田山でのひとときは、「秒速5センチメートル」の貴樹と明里の「雪の一夜」にも似て、儚くも美しいです。その後は一度再会しただけで二人は二度と会うことはなく、遊は瀬田村と瀬田山を行き来する生活を続け、斉道は紀州藩主となりますが隠居しても隠然たる勢力を持つ前藩主と対立して思うように藩政を動かすことができず、若くして亡くなってしまいます。

二人の恋は残された遊の心の中だけに…となるところですが、どっこい意外な「遺産」があったのでした。それは読んでのお楽しみです。
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