死墓島の殺人:21世紀の横溝正史的世界

こんばんは。雨ヨと聞いたが雪だった。これは幼少の頃、雪という漢字の覚え方として小学館の小学○年生で見た記憶があるのですが、今夜は雪ヨよ聞いたが雨だったという感じですね。雨だけど、風もあって寒かった。イアイア エアコン!
そういえば昨日で500拍手いただきました。本当にありがとうございます。記事は本日で584件ですが、拍手もコメントも少なかった去年の今頃に較べて記事は面白くなっているのか全然自信がありません。自分でもつまらないなと思った時が、ブログの終わる頃なのかもしれません。

本日は大村友貴美の「死墓島の殺人」です。大村友貴美の作品は初めて読みました。

大村友貴美は1965年生で岩手県岩手郡滝沢村出身。中央大学文学部西洋史学科を卒業しています。大の横溝正史好きで、20代半ばの頃から横溝正史ミステリ大賞に一心に応募を続け、2003年に第23回の同賞で最終候補に残りましたが、その際は受賞に至らず、2007年に「首挽村の殺人」で第27回の横溝正史ミステリ大賞を受賞し、作家デビューしました。ちなみに画像が小さいのは意図したものではなく、これしか見つからなかったからです。
「首挽村の殺人」は綾辻行人に絶賛され、「21世紀の横溝正史」などのキャッチコピーが付けられました。綾辻は講評で「今回の作品で評価したいのは、やはり横溝先生の志を継ぐ本格ミステリであろうとしている点です。しかも、横溝的な世界観を受け継ぎつつも、それが現代社会のリアリティとしっかり結びついている。出てくるテーマは少子高齢化、格差拡大、町村合併、自然破壊…まさに現代日本の抱える問題のオンパレードなのに、そういったタイムリーな問題と、東北の寒村の陰惨な歴史が妙にしっくり結びついている、その辺が面白かった」と言っています。

そしてデビュー作の「首挽き村の殺人」、二作目の「死墓島の殺人」、三作目の「霧の塔の殺人」の三作は、大村友貴美の故郷の岩手県が舞台となっている岩手三部作となっています。今回読んだ「死墓島の殺人」は二作目ということで、例によって流れを無視して読んだ訳ですが、多分「首挽き村の殺人」を読んでいた方がいいとは思うのですが、単独でも十分楽しめます。

例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。
岩手県沖の小島、偲母島の断崖で、島長の海洞貞次の他殺死体が発見された。捜査をすすめる藤田警部補は、この島が地元の人々から「死墓島」という不吉な名前で呼ばれていることを知る。由来は、島に残されたおびただしい数の墓石だった。なぜこんなに多くの墓石が残されているのか。閉鎖的な島民達を相手に捜査を開始した藤田は、次第に死墓島の裏の歴史を知ることとなる―。横溝正史の正統な後継者が描く、傑作長編推理。
横溝正史作品といえば、「犬神家の一族」とか「八つ墓村」とか、戦後直後くらいの江戸明治大正といった時代を引き摺っていた頃のおどろおどろし雰囲気が魅力です。はたして平成の、否21世紀のこの時代にそれを持ち込むことができるのかという何代に挑んだ作品となっています。
岩手県釜石市の沖にある偲母島は、かつては島民1000人を数えましたが、少子高齢化と過疎化が進展し、現代では中高年ばかり300人程度の寂れた島となっています。島民の姓はほぼ三つ、海洞、龍門、宝屋敷のみで、それぞれに大本家がいて屋号や海洞大本家が「左右衛門」、龍門大本家が「城戸」、そして宝屋敷代本家が「陣屋」です。
かつては「陣屋」の権威が最も高く、島の肝煎(庄屋)を務めていましたが、現在は「左右衛門」が事業を大規模に展開して権勢を持っており、島長を勤めています。その島長の海洞貞次の他殺体が断崖から吊り下げられるという奇怪な姿で発見されます。腕に横木が添えられて十字架に貼り付けたようなその姿は、続く連続殺人の予兆でした。
捜査に当たる釜石南署の藤田警部補は、内陸の北上西署から転勤してきたばかり。どうやら「首挽村の殺人」の解決に大いに貢献したようなのですが、その過程で上司と衝突して飛ばされてきたようです。さまざまな軋轢により警察の仕事に疑問を持っており、疲れて無気力な気配を漂わせています。
横溝正史作品なら私立探偵の金田一耕助が登場するところですが、21世紀の捜査に探偵の出る幕はなく、藤田警部補が捜査に当たります。県警本部長からは期待され、県警の捜査一課の下斗米警部からは「目が死んでいる!」とどやされますが、なかなか本調子になりません。
そうこうする中で、第二第三の殺人事件が発生し、小さな島に恐怖が満ちていきます。まさしき死墓島となっていくのですが、口の堅い島民の重い口から語られていくこの島の歴史からは、祟りとか怨恨の気配が漂います。この21世紀に?しかし藤田警部補の相棒の有原巡査部長はびびりまくりです。
船で30分、橋を架ければたった2キロという本土とすぐそばの島ですが、その短い距離が海を隔てただけで大きな懸絶を産んでいます。島の規模に較べて不自然に大きい寺と墓地は、かつて流刑地となり、また処刑場の役目も果たしてきた島の歴史を物語っています。島はもはや限界集落の様相を呈しており、若い世代は本土に向かって戻らず、養殖を中心とする漁業も跡継ぎのない状態で、島は数十年後には無人となってしまいそうです。
謎の子守歌、財宝伝説、「オトシバ」、牢穴などのいわくありげな地名など、おどろおどろのアイテムがたくさんあります。また殺された島長は、死亡推定時刻には本土で書類にサインしていたことが判明。死者が島にやって来たのか?錯綜する島の人々の人間関係など、解明すべきことは山ほどあるのですが、藤田警部補は探偵としての素質はともかく、あまり組織に向いている人ではないらしく、同僚に島に置き去りにされたりしています。まあ時間を守らなかったり、会議そっちのけで携帯を切って単独行動したりしているので仕方ないかなとも思えるのですが。言ってみれば金田一耕助が警察に勤務していたらこうなったのかな、と思わせる人です。
ネタバレになるので伏せますが、ある重要関係者について、藤田警部補がその人となりを説明し、「こういう人だったので、もしこうしていれば…」というようなことを言い、関係者が愕然としたり涙したりするのですが、正直その人物の性格はとにかく厄介というしかなく、生い立ちを知れば同情の余地はあるとはいえ、やはり自己中で自分の事しか考えていないなあと思わざるを得ません。多分全部理解した上でも、やはり私には救えないことでしょう。
全部判ってしまうと、陰惨な島の歴史はあまり事件に関係なく、島人の想像力が事件と歴史を結びつけて一層おどろおどろしくしてしまったという感がありますが、現代に横溝正史的世界を構築しようとするとこういう手法しかないような気がします。というか、今でも過疎地に行けば横溝正史的世界はありえるのだということが判っただけでも収穫のような。三部作全部読みたいのですが、果たして図書館が置いてくれるかどうか。

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