中国美女列伝(その29):班倢伃~寵愛を失った「秋の扇」

12月6日
 
 ボーナスは赤字の埋めとのたまへり(後藤紅郎)…切ないですね。サラリーマン哀歌極まれり。あんまりボーナスネタやっているとボーナスが出た日が判ってしまうのでこの辺で終わりにしておきます。

班倢伃その0

 金曜恒例中国美女列伝、29回目の今日は班倢伃です。この人は既に紹介している美女の親戚なのです。

班倢伃その1

 班倢伃(Wikipedia中国版による紀元前48年-紀元2年)は「婕妤」とも書きますが、前漢第11代皇帝成帝の寵姫でした。「その26」(http://nocturnetsukubane.blog.fc2.com/blog-entry-546.html)で紹介した“女子教育のパイオニア”の班昭の大おばにあたりますが、大伯母か大叔母かは不明です。ちなみに「倢伃」は女官の名称で、本名は不詳です。古代には良くある話なのでもはや驚きませんが、官名がなければ班氏とか班姫とか呼ばれたんでしょうか。

班昭の新しい画像

 ところがそこへ「その5」(http://nocturnetsukubane.blog.fc2.com/blog-entry-393.html)で紹介した趙飛燕・合徳の超絶美人姉妹が登場します。班倢伃も美人だったことは間違いありませんが、なにしろ「環肥燕瘦」と呼ばれ、ふくよかな楊貴妃と並んで中国美人の代表格として扱われる細身の趙飛燕です。姉妹の軽身細腰はたちまち成帝の眼にとまって後宮に入りとなり、姉妹で寵愛を独占することとなりました。

趙飛燕の新しい画像

 飛燕・合徳は成帝に対し、班倢伃が許皇后と共謀して後宮で寵愛を得ている人々(つまり飛燕と合徳)を呪詛し、成帝を悪し様に罵ったと讒言し、班倢伃は裁きの場に引き立てられました。

趙合徳の新しい画像

 裁きの結果、班倢伃と許皇后は冤罪である事が明らかになりましたが、許皇后はかつて寵に奢った振る舞いがあったことが禍し、皇后を廃せられて美人の位に貶されることになりました。

班倢伃その2
 
 班倢伃は「『死生命有り、富貴は天に在り』と聞いております。私は行いを正しくしておりましても、福がございません。まして邪を致しましたとこでどうなるものでもありますまい。神がこの私の願いを知ったとしても受け付けることはありますまい。神が私をご存じないとすれば、何を願っても益のないことでございませんか。」と申し述べ、成帝は班倢伃の誠実に感動し、無罪放免としたばかりか褒美を賜ったそうです。

班倢伃その3

 班倢伃は無事後宮に戻りましたが、しかし寵愛を失ってしまったことは事実です。今さら後宮にいても仕方がありませんし、讒言に失敗した飛燕・合徳がこのまま放っておくとも思えません。

班倢伃その5

 後宮における嫉妬の恐ろしさは、例えば漢の高祖(劉邦)の愛妾戚姫は、呂后によって両眼をくりぬかれ、唖にされた上に、手足を断ち切られるという酸鼻を極めた前例からも明らかです。班倢伃はなんとかしてこの嫉妬渦巻く後宮から逃れる手立てはないかと思い悩みました。

班倢伃その6

 そこで思いついたのは、かつて目を掛けてくれた皇太后の庇護を得ることでした。班倢伃は直ちに皇太后の側に仕えたいと願い出てたのでした。

班倢伃その7

 こうして班倢伃は後宮を出て、皇太后の長信宮に移りました。ここでは平安な日々が流れましたが、静かな暮らしの中でも折りにつけ後宮で寵愛を受けていた時のことを思い出します。ここで作詩したのが「怨歌行」です。

班倢伃と怨歌行

 新裂齊紈素,皎潔如霜雪
 裁爲合歡扇,團團似明月
 出入君懷袖,動搖微風發
 常恐秋節至,涼風奪炎熱
 棄捐篋笥中,恩情中道絶

班倢伃その8

 新らしい白練り絹を裂くと、純白潔白で穢れない清い白さは、霜や雪のようです。
 裁断して、両面から張り合わせの扇を作ると、丸くてまるで満月のようです。
 この扇は、わが君の胸ふところや袖で揺れ動くたびに、そよ風を起すことでしょう。
 しかし心に怖れるのは、秋が来ることです。秋の清々しい風は、わが君の情熱を奪って涼しくしてしまいます。
 そうなれば、扇は屑籠の中に投げ捨てられてしまいます。わが君の寵愛が絶えてしまうのです。

班倢伃その9
 
 「秋の扇」という言葉が、男の愛を失った女にたとえられ、「秋の扇と捨てられて」云々と言うように用いられるのは、この「怨歌行」が出典となっています。この詩は各種詩集に載せられたほか、才色を兼ね備え、天子の寵をほしいままにした佳人・班倢伃が、一転、訪れる人も少ない皇太后宮で、ひっそりと暮らす姿は後世の詩人の詩興をそそったと見え、詩仙李白や詩仏王維をはじめとして、班倢伃を詠った詩がいくつも作られました。

班倢伃その10

 日本においても、世阿弥作とされる「班女」という能は、班倢伃をモデルにしています。そのあらすじですが、遊女である班女(本名花子)は、扇を愛好し班女と呼ばれていました。班女は京より下ってきた吉田の少将と恋に落ち、互いに扇を取り交わします。少将が旅立ってからは班女は仕事もせずに扇を見つめている毎日で、そのため宿から追い出されてしまいます。

班倢伃その13

 吉田の少将は再び戻ってきますが、契ったはずの班女はいません。仕方なく、班女が京に来る事があれば立ち寄ってくれと言付けて京に向かいます。

班倢伃その14

 京都・下鴨神社の糺の森では、班女が恋に泣いていますが、その恋に狂い泣く様を見物人にからかわれている始末です。しかし、片時も離さなかった扇に眼を留めた男がいました。男は班女に声をかけますが、班女は「これは愛しい人の形見だから」と言います。男がさらに声をかけ、扇を見せあいます。まさしく男は少将だったのでした。

班倢伃その15

 こちらはハッピーエンドみたいですし、吉田の少将は心変わりもしていませんが。

班倢伃その11

 なお、班倢伃の甥の子である班固の記した「漢書」外戚伝には、班倢伃の「自傷賦」は載っているものの、「怨歌行」については記されていません。前漢時代には五言詩は存在せず、班倢伃の詩といわれているものは後世のものではないかと疑う向きもあります。「怨歌行」は本来無関係な詩であったのものを、班倢伃の身の上に仮託したものだという説もあります。

班倢伃その12

 他に班倢伃には、「班女辞輦(はんじょじれん)」という故事成語があります。主君を諫める賢女を指す言葉です。成帝が班倢伃を寵愛していた頃、一緒に車に乗るよう班倢伃に言ったところ、班倢伃は「昔の絵画を見ると聖賢と呼ばれる君主はみな立派な臣を従え、王朝の末の天子はみなその側に気に入りの女を侍らせております」と言って断ったのだそうです。この奥ゆかしさ、この知性はやはり班昭の親戚だけありますね。
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