海の底:突如現れた怪物から逃げる少年少女と戦うおっさん達の物語

待つのみの島の教師に賞与出づ (伊藤白潮)-12月といえばボーナス月。通常夏よりも冬の方が多いようですが、年末年始は出費も多いですよね。とりあえず私もボーナスが出たら年末ジャンボを買いたいと思っています。いい夢見ろよ!と気分は毎回柳沢慎吾なのですが、いつも夢だけで終わっています。正夢ってないのかしらん。

さてぼやいてばかりいないで本題に入りましょう。本日は有川浩の「海の底」です。有川浩の作品は初めて読みました。

有川浩は1972年6月9日生。高知県出身で、詳しい経歴は公開されていません。2003年に「塩の街 wish on my precious」で第10回電撃ゲーム小説大賞を受賞し、翌年に同作で作家デビューしました。

「塩の街」はライトノベルでしたが、2作目以降は一般文芸書籍と同等のハードカバー出版が続いており、電撃文庫出身作家の中は特殊な扱いを受けており、文庫で出版された「塩の街」も、後にハードカバーで出版され直しています。有川浩はインタビューで、自身の作品を“大人向けのライトノベル”と語っており、一般文芸に活動の範囲を広げた現在でも自らを「ライトノベル作家」と称していまする。

2006年に発売された「図書館戦争」は、「本の雑誌」が選ぶ2006年上半期エンターテインメントで第1位、2007年度本屋大賞で第5位を獲得しました。2008年には「図書館戦争」シリーズで第39回星雲賞日本長編作品部門を受賞しています。他に「県庁おもてなし課」が雑誌ダ・ヴィンチのBOOK OF THE YEAR2011で総合1位と恋愛小説1位、「空飛ぶ広報室」が雑誌ダ・ヴィンチのBOOK OF THE YEAR2012で小説1位を受賞するなど、今一番売れている作家の一人といえるでしょう。

「図書館戦争」は2008年4月にフジテレビでアニメ化された後、2012年6月にアニメーション映画化され、さらに2013年4月に実写映画化されています。2010年10月には「フリーター、家を買う。」がフジテレビでテレビドラマ化、2011年4月には「阪急電車」が映画化、2013年4月には直木賞候補作「空飛ぶ広報室」がTBS系でテレビドラマ化され、2013年5月には「県庁おもてなし課」が映画化されるなど、短期間に次々と映像化されているのが特徴です。

デビューからしばらくの間は、主にSF・ミリタリー色の濃い作品を発表しており、デビュー作から3作続けて、自衛隊と未知の物体・生物との接触をテーマにした作品を発表、陸上自衛隊の「塩の街」、航空自衛隊の「空の中」、海上自衛隊・海上保安庁・機動隊の「海の底」は合わせて「自衛隊三部作」と称されています。2006年にスタートした「図書館戦争」シリーズでも「図書隊」という架空軍事組織が存在する世界が描かれ、SF・ミリタリー的な要素が物語に大きく関わっています。2006年以降はSF・ミリタリー的な要素の無い作品も刊行され始めている。

「海の底」は、2005年6月にメディアワークスより単行本が刊行され、2009年4月に角川文庫から文庫版が刊行されています。前述したとおり、初期「自衛隊三部作」の一作です。ただ、シリーズといっても相互関連生はないので、順番に読む必要はありません。私も3作目の「海の底」から読んでしまいましたが、何ら支障ありませんでした。

では例によって文庫本裏表紙の内容紹介です。

4月。桜祭りで開放された米軍横須賀基地。停泊中の海上自衛隊潜水艦「きりしお」の隊員が見た時、喧噪は悲鳴に変わっていた。巨大な赤い甲殻類の大群が基地を闊歩し、次々に人を「食べている!」自衛官は救出した子供たちと潜水艦へ立てこもるが、彼らはなぜか「歪んでいた」。一方、警察と自衛隊、米軍の駆け引きの中、機動隊は凄絶な戦いを強いられていく―ジャンルの垣根を飛び越えたスーパーエンタテインメント。

横須賀港に突如出現した1~3メートルはあろうかという巨大甲殻類の大群。サガミ・レガリスと呼称された相模トラフの冷水湧出域で発見された新種の甲殻類で、ザリガニやイセエビを巨大化させたような外見と、拳銃弾程度ならば跳ね返す固い殻を持っています。元は全長2cmに満たない深海性の小型甲殻類でしたが、5年前に深海探査艇が採取したレガリスが事故によって沿岸域にばら撒かれ、浅海域の豊富な栄養源を得た事により、急激に巨大化しました。

サガミ・レガリスは実在するテッポウエビ科のシナルフェウス・レガリスと同様、女王エビを中心としたコロニーを作って行動する真社会性生物という設定です。真社会性動物とはハチとかアリのような ①共同して子の保護が行われる ②繁殖の分業、特に不妊の個体が繁殖個体を助けること ③少なくとも親子二世代が共存、子の世代が巣内の労働をする程度に成長するまで共存する-という性質を持つ動物と定義されています。
サガミ・レガリスは通称で正式な学名ではありませんが、作中の警察や自衛隊の関係者は、単に「レガリス」とも呼んでいます。世代交代のサイクルが一年未満と早く、環境適応能力が高く、深海性らしくい外界の認識は赤外線探知器官をもって行っています。真社会性動物らしく、「群れの保存」に特化した極めて高い学習能力を有しており、自然死以外の死因によって死亡した個体から発せられる警戒臭を探知すると、外敵への警戒反応や群れの周囲に発生した異常の回避などを行うという習性があります。このため毒餌作戦は短期間で無効となってしまいました。

また、命の危機を感じた女王が発する音波に集まる習性があり、この音波が潜水艦が打つアクティブ・ソナーのピンの音波と同じ波長であるため、横須賀を出港した米海軍の原潜が打ったピンに反応したレガリスの集団が横須賀に上陸し、新たに餌と見なした人間を捕食し、海岸付近や基地内にいた自衛官や市民などが被害にあう事となりました。
主人公の海上自衛隊の問題児夏木大和と冬原春臣(ともに実証幹部の三尉)は、潜水艦「きりしお」を出て基地外へ待避中に民間人の子供達と遭遇。退路を断たれたために共に「きりしお」内に籠城することなります。途中子供達を逃がすために艦長が犠牲になってしまい、二人のへっぽこ三尉が子供達の面倒をみなければならなくなります。「きりしお」の停泊場所は米軍基地内という特殊な場所にあること、また横須賀湾内が甲殻類に埋め尽くされていることから早急な救助対応は望めず、「きりしお」は孤立した状況に置かれてしまいます。

そして救助した子供達(小学生から高校生まで)の間の関係には不思議な歪みがあり、彼らの軋轢は夏木と冬原を混乱させることになります。
市民の犠牲も省みず爆撃を画策する米軍、政治的判断を優先させ、自衛隊の出動に腰が引ける政府、「怪物」への対抗手段もろくにないままに最前線に立たされた機動隊は凄惨な防御戦を展開します。どうすれば自衛隊出動に持って行けるのか。潜水艦に取り残された者、自衛隊、機動隊、警察の対策本部といった様々な視点から物語は進んでいきます。また、第三者としてネット上のミリタリーマニア(いわゆるミリオタ)のコミュニティ掲示板参加者の動向も大きなファクターになっています。マスコミも読者に事態の進行を告知し、登場人物らが情報を得るメディアとして登場しますが、事件の解決には貢献せず、むしろ興味本位で事態を混乱させる存在として批判的に描かれています。昨今のメディアのていたらくを見ると、彼らに野次馬以上の機能を求めることは不可能な気がしますのでこれもやむを得ないかと思われます。

自衛隊三部作のトリということですが、自衛隊よりも警察の動きの方が主軸となっています。「警備のカミサマ」と呼ばれながら異端児として飛ばされて神奈川県警で冷や飯を食っている明石警部と、事件発生後に警察庁から派遣されてきた警備部参事官の烏丸警視正が、周囲の無理解や頑迷さをいかに振り切っていくか、どうやって自衛隊の出動を導くかが詳細に描かれています。烏丸警視正は佐々淳行がモデルのようですが、警視庁はいざ知らず、警察庁の課長級が警視正ということないだろうとか突っ込むのはヤボでしょうかね。警察庁と警視庁の機構の混同は警察小説の書き手も往々にしてやっていますからね。
また作中、潜水艦に避難した子供達の中で最年長にして唯一の女性である森生望に生理が来てしまい、その描写が非常に生々してくて「うわぁ…」と思ったのですが、その時ようやく有川浩が女性であることに想いが至ったのでした。それまで不覚にも浩は「ひろし」なのだと思っておりました。この描写は女性作家でなければ無理ですね。しかし、その必要があったのかはちょっと疑問です。
子供達は全員が周囲から隔絶しがちな住宅団地から来ており、ボスママの息子である遠藤圭介(中三)がやたら偉そうな態度を取っていて、“クソガキ”ぶりを発揮して騒動を引き起こします。ボスママは家庭でも支配的な立場にあって、スポイルされて育った圭介はボスママの価値基準を疑問も持たずに自らのものとしているのですが、小学生ならいざ知らず、中三にもなってWWWと思わず草を生やしてしまいそうです。女の子ではあるのかも知れませんが、男では珍しいのではないかと。クソガキはクソガキなりに事件を通じて成長するのですが、そんな描写は通俗的なのでいっそレガリスに食われるとかハッチからレガリスが侵入してくるみたいな大事件を起こしても良かったなあ、なんて思ってしまうのでした。

なお、自衛隊出動に持っていくまでが非常に困難を極めたのですが、いざ出動してしまえば戦車や戦闘ヘリなどを投入できずとも、装甲車にレガリスのハサミは歯が立たず、無反動砲どころか重機関銃や自動小銃の三点バーストにさえレガリスはあっさり甲羅を貫通され、敗走するのでした。地上のレガリスは一掃され、海中のレガリスの大群はソナーのピンに誘導されて一箇所に集められ、71式ボフォースロケット(対潜迫撃砲)を雨あられと受けて文字通り粉砕されてしまいます。仮に生き残りが勢いを盛り返してきたとしても、前例ができたので自衛隊の出動はより容易になることでしょう。
明石警備や烏丸参事官の後方での戦いのほか、前線の機動隊指揮官の苦悩など、オヤジ達がいい味を出しています。またネットのミリオタ達も(図らずも)自衛隊出動促進や米軍の爆撃回避に役立っていたりして、夏木や冬原といった主役よりも脇役達が格好良く見える小説です。ヒーローのはずの夏木や冬原は不慣れな保父さん状態ですからね。
未知の怪獣が人間を襲撃するという展開は、山本弘の「MM9」シリーズにも共通していますが、有川浩の方が先行しており、山本をして「ネタがかぶっててへこんだ(笑)。しかもあっちの方が面白いし」と言わしめています。MM9も面白いですが、第一話では甲殻類の大群が出てくるので、“ネタかぶり”は否めないですね。まあMM9にはその設定の面白さと多重人間原理という怪物登場の根拠があるので別な魅力があっていいですが。
有川浩については噂はかねがね知っておりましたが、これまで読む機会がありませんでした。今後は是非読んでいきたいと思います。

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