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中国美女列伝(その26):班昭~紀元一世紀の女子教育のパイオニア

11月8日
 
こんばんは。さあもう三連休はしばらくありません。来週から6週間は毎週5日間しっかり働きましょう。……勤労感謝の日の野郎ッ!!12月に入るとボーナスは嬉しいですが、忘年会もこなさねばなりません。その後はもう完全に年末年始ムードですね。一年は早いなあ。

班昭その1

 さて今日も今日とて金曜恒例中国美女列伝行ってみましょう。もう26回目ですよ。アニメなら2クール。年内は終わらない算段ができていたりするのですが、段々誰も知らない女性になっていったりして。本日は後漢時代の女流作家・歴史家の班昭(45年?~117年?)です。久々に紀元後の人物が出てきました。

班昭その2

 項羽と劉邦の争いの末建国された漢は紀元前206年から紀元8年まで続きました。前漢末になると外戚の王氏が実権を握り、王莽はとうとう幼帝の後見として仮皇帝・摂皇帝となった末に皇帝に即位し、新を建国することで漢は一旦滅亡します。故にここまでの漢王朝は前漢と呼ばれます。

二世紀頃の後漢

 王莽は儒教色の極めて強い政治を行いましたが、あまりに現実離れした政策は尽く失敗に終わり、全国で農民の蜂起が発生することになります。その戦乱の中から劉秀が登場し、再び中国を統一して漢が復興されます。これを後漢と呼び、劉秀は光武帝となります。後漢は紀元25年から220年続くので、漢という王朝は中断を挟みつつも400年以上続いたことになります。以後これほど長く続いた王朝は中国には登場しません。夏だの殷だのといった古代王朝は400年以上続いたことになっていますが、その実態は定かではありませんし、少なくとも勢力圏は漢よりかなり小さかったことでしょう。周は800年近く続いていますが、春秋戦国時代はただ存続していたというだけで実権を失っていますので、それ以前の西周時代は300年もありません。

光武帝

 話は戻って後漢ですが、初代光武帝、二代明帝は賢帝で、後漢は最盛期を迎えますが、幼くして帝位に就いた四代和帝の頃から外戚と宦官が蔓延ることになります。特に宦官は後漢末には猛威を振るいます。三国志演技を読んだ人なら「十常侍」と聞けばピンとくることでしょう。班昭はそういった後漢の初期に活躍した女性です。

班昭その3

 班昭は歴史家の班彪の娘として生まれました。同じく歴史家の班固と西域で活躍した武将である班超は兄です。班超は有名な「虎穴に入らずんば虎児を得ず」という諺の由来になった人で、これは西域の楼蘭に使者として赴いた時のエピソードで、楼蘭で班超一行ははじめは歓迎されたのに、次第に雰囲気が悪くなっていきました。なんと漢の宿敵である北匈奴からも楼蘭に使者が到着したのです。しかも多勢に無勢。

班超

 このままでは殺されると考えた班超は、脅える部下たちに「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」と勇気付け、わずか36人で北匈奴の使者団に対して奇襲を敢行し、はるかに多勢であった匈奴側に大勝しました。またこれにより楼蘭は後漢に降伏したので、まさに一石二鳥の効果を生んだことになります。班超の活躍により西域の南半分は後漢の勢力に置かれることになりました。

班昭その4

 班昭は14歳で曹世叔に嫁ぎ、夫の死後、彼女の才名を聞いた和帝が召し出して宮中に入れ、後宮の妃達の師範としました。平安時代の清少納言や紫式部に公式の役職を与えたようなものでしょうか。人々は班昭を敬して曹大家と称しました。

班昭その5

 班昭の兄の班固は前漢の歴史を綴った「漢書」を執筆中でしたが、先代章帝の外戚として権勢を振るっていた竇氏(とうし)を後ろ盾としていたところ、成長した和帝と有能な宦官であった鄭衆(ていしゅう)による竇氏粛清に巻き込まれてしまい、投獄されて間もなく獄中で死んでしまいました。

班昭その6

 班昭は班固の後を継いで、八表・天文志の稿を書き継いで完成させました。これだけでも大したものなのですが、その他に「女誡(じょかい)」などを執筆した他、作詩にも優れたており、漢代女流作家の第一人者に数えられています。

女誡

 ちなみに「女誡」は後漢期の“お嫁さんマニュアル”とでもいうべきもので、儒教の立場から嫁ぎ先での女性の行動を説明したものです。その内容はといえば、例えば嫁の姿勢として、
① 男性を立てて自らの善行をあれこれ言わないこと
②ぶつくさ文句を言わず、黙々と自分の努めを成し遂げること
③言動を謹しみ、先祖に酒食を供する、家の祭祀を継いでいくこと
を挙げています。

班昭その7

 また女性の「四行」として、
①「婦徳」:貞淑で恥を知り、規範にかなった立居振舞をする 
②「婦言」:言葉を選んで、汚い言葉は口にしない。余計なおしゃべりはせず、人に嫌がられない会話をする
③「婦容」:手を洗い、服装を清潔にし、まめに沐浴して常に身ぎれいにする 
④「婦功」:紡織に専念し、やたらに笑わず、心をこめた酒食を客に進める
-を挙げています。

班昭その13

 そのほかにも離婚はできても再婚はダメだとか、舅姑に気に入られるには、自分の意見が正しくても、曲げて従うに越したことは無いとか、小姑には舅姑以上に気を使えとか、ひたすら人に仕え、自分を殺して生きる毎日を説いているようにも見えます。

班昭その9

 現代の視点からは何とアナクロな!と怒られそうですが、なにしろ2000年近く前の話なのでどうかご勘弁を。また、「汚い言葉を使うな、むやみにおしゃべりをするな」というのは、それだけ当時の女性が口さがなかったということの裏返しでしょう。清潔にしろというのは、今でも完全に当てはまります。不潔な女性と言われたら、致命的ダメージですよね。

班昭その10

 また班昭は、この本の中で女の子に教育を与えないことについてかなり強い不満を漏らしています。班昭自身、男の学者顔負けの才女だったこともあり、この教育の機会不均衡にはかなり頭に来ることも多かったのでしょう。案外「女誡」は他人ばかりの家に入った「嫁」がどうやって居場所を確保し、周囲を味方につけるべきかを教えているのかも知れません。ほら、こうしておけば学問研究に没頭してもとやかく言われないでしょう?と。

班昭その11

 清少納言や紫式部に先行することおよそ900年という班昭は、様々な制約のあった時代にあって、精一杯女子教育の必要性を提唱し、学問は女性の価値を高めるのに効果的であるという事実を示した女性であると言えるのかも知れません。

班昭その12
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