水の迷宮:水族館で次々起きる怪事件の顛末は…

私の子供の頃の夏って、これくらいだったんじゃない?という感じの本日の気温でした。ずっとこの程度だと「夏も悪くないな」と思えるんですが。束の間かもしれませんが、堪能しておきましょう。

それでは今日の本題ですが、夏らしく水族館の物語でも。石持浅海の「水の迷宮」です。石持浅海の作品は初めて読みました。

石持浅海(いしもち あさみ)は1966年12月7日生まれ、愛媛県出身で九州大学理学部生物学科を卒業しています。大学卒業後、株式会社ロッテ中央研究所に入社し、2002年に光文社のカッパ・ノベルス新人発掘企画「KAPPA-ONE」第1期に選ばれ、「アイルランドの薔薇」で本格的に小説家デビューしました。

2003年に刊行した「月の扉」が2004年版「このミステリーがすごい!」の第8位、同年版の「本格ミステリベスト10」で第3位に選ばれて注目され、2005年刊行の「扉は閉ざされたまま」が2006年版の「このミステリーがすごい!」及び「本格ミステリベスト10」の両方で第2位に選ばれています。本格ミステリ大賞や日本推理作家協会賞に何度もエントリーされていますが、残念ながら受賞はまだ成っていないようです。

なお「扉は閉ざされたまま」は、2008年にWOWOWで黒木メイサ主演でドラマ化されています。


「水の迷宮」は2004年10月に光文社カッパ・ノベルスから刊行され、2007年5月に光文社文庫から文庫版が刊行されています。私が読んだのは文庫版です。
それでは例によって文庫本裏表紙の内容紹介です。
3年前に不慮の死を遂げた水族館職員の命日に、事件は起きた。羽田国際環境水族館に届いた一通のメールは、展示生物への攻撃を予告するものだった。姿なき犯人の狙いは何か。そして、自衛策を講じる職員たちの努力を嘲笑うかのように、殺人事件が起きた。すべての謎が解き明かされたとき、胸を打つ感動があなたを襲う。ミステリー界の旗手が放つ奇跡の傑作。

舞台は羽田環境水族館という架空の水族館です。現在は小さいながらも職員のアイディアと熱意で人気の水族館となっていますが、数年前はやる気のないだらけた職員が赤字を垂れ流す水族館としてリストラ候補になってします。この水族館を甦らせたのは、外部から館長に就任したMBA(経営管理学修士)持ちのエリート・波多野と、彼に共鳴した飼育係長の片山でした。
しかし、3年前に片山は過労の末不慮の死を遂げてしまいました。その命日に当たる日に、次々と水槽で引き起こされる奇妙な事件。それらの水槽は、全て3年前に片山が謎の温度異常に翻弄された水槽でした。そして波多野館長宛に贈られてきた携帯電話から届く脅迫メール。遂には片山の後任として飼育係長になっていた大島が殺されてしまいます。犯人の狙いは一体何か?
主人公は飼育係の古賀孝三。大学時代は農学部の水産学科で学び、2年間のフリーター生活の末に水族館職員の職にありつきました。同僚の海獣担当の山口真美子と恋愛関係にあります。古賀は大学時代にダイビングサークルに所属しており、サークルの先輩である片山に誘われたのでした。

そしてもう一人、サークルの仲間で片山が水族館勤務を誘っていたのが深澤康明です。彼は家庭の事情でいつ空席が出るか判らない水族館の職を待てず、電機メーカーに就職しましたが、水族館のために貢献している影の功労者です。片山の3回忌ということで深澤が水族館を訪れた日に、一連の事件が発生します。
次々と水槽(といってもジオラマのような開放型なので外部から仕掛けやすい)に発生する異常事態。事件一つ一つはいたずらめいているのですが、100万円を要求するメールが届いたことで一気に脅迫事件と化します。客で賑わう水族館で事件を大規模にしたくない面々は、警察にも届けずに自分たちで事件を解決しようとしますが、今度は飼育係長の大島が殺害されるとう事態になります。
大島の死に様は3年前の片山を彷彿とさせるものでした。犯人は職員の中にいるのか?一体何が目的なのか?そもそも片山が過労死するほど熱中していた仕事とは何だったのか?

本書においては古賀は語り手ですが、推理はてんでなっていません。探偵役は深澤ということになります。彼は水族館職員ではないので、比較的客観的に事件を見ることができる立場であることは間違いないのですが、ちょっと頭が切れすぎていますね。なぜ彼がこんなに頭が切れるのか、そして様々な人の信頼を得られるのかについてはもう少し説得力のある説明が欲しかったところです。
というか、ワトソン役にしても古賀がダメダメ過ぎるのかも知れません。私は実は犯人は一人ではないことと、脅迫を誰が行っているのかについては、比較的早く判ってしまいました。ミステリー好きな人ならわりと簡単に読めてしまうと思います。そして殺人事件についても真相が判明し、脅迫事件の背景が判った時点で職員一同が取った判断は…ということなのですが。
確かにミステリーには犯人が判明しても逮捕しない、或いは真相を明らかにしないという作品は結構あります。犯人に充分に情状酌量の余地があるとか、被害者が殺されても仕方が無いド外道だった場合などに、名探偵が「私が知りたかったのは真実だけです」とか言って格好良く去るなんて終わり方は、何でもかんでも警察にまかせりゃいいってもんじゃないなあと思わせたりするのですが、この作品の場合はどうなんでしょうか。

私の印象では、水族館の存続のために職員一同がグルになって事件をもみ消したという感じで、彼らは被害者というよりは共犯者というように受け取れました。そりゃ水族館が閉鎖とか、人気急落で経営難になることは出来れば避けたいでしょうが、それはあくまで彼ら自身の利害に絡んだものであって、公益性とまでは言えないような。
殺人は正当防衛かも知れないし、緊急避難かも知れませんが、それにしても手前勝手に判断してもみ消して良いものかどうか。そしてその理由が片山が計画に奔走し、大島が引き継いでいた水族館における大計画の実現なのですが、やはり水族館自身にとっては大計画だとしても、やはり公益性という観点からは疑問が残ります。計画自体は素晴らしいものなのですが、部外者からすればそれはこの水族館でなければダメというものではなく、他の水族館で実施されたとしても一向に構わないものなので。
理由はあるにせよ、人一人殺しておいて、夢を実現させたらそれで無罪放免っていうのは、彼ら内輪だけの判断であって、読者まで納得させるほどのものではないんですよね。なので、ラストシーンで水族館がリニューアルオープンする様子を見ても、「胸を打つ感動」とやらは押し寄せては来ませんでした。これが、そういう異常心理に陥った水族館職員一同の狂気を描いたブラックな作品だとしたらそれはそれで良いのですが、どうも作者はこれで読者が感動すると本気で考えているような節が。
水族館は好きですが、運営という舞台裏を垣間見ることが出来るという意味では興味深く読むことができました。行動展示で大人気になった旭山動物園とか、クラゲ水族館ということで一躍脚光を浴びた鶴岡市立加茂水族館とか、経営危機に陥った施設が職員のアイディアと努力で一つで甦った例は実際にあって、そのストーリーはテレビ番組などで描かれて感動を呼ぶのですが、本書の羽田環境水族館の場合、プロジェクトXみたいな番組が取り上げようとした場合、職員達は素直に喜べるのでしょうか?もし喜ぶのなら、凄く怖いなあと思います。

スポンサーサイト