チヨ子:宮部みゆきが着ぐるみを着たくて書いた作品を含む短編集

今日は少し寒さが緩んだような。午前中の雨のせいでしょうか。一雨ごとに本格的な春が近づく、そんな季節になりつつあるのでしょうか。暖かいと花粉の飛散も激しくなって痛し痒しなところもありますけど。
さて本日は久々に宮部みゆきの短編集「チヨ子」です。
本書は短編5編が収録されていますが、最初の三編「雪娘」「おもちゃ」と表題作「チヨ子」が30ページに満たない小品であるのに対し、「いしまくら」は54ページとやや長く、最後の「聖痕」は91ページとさらに長くなっています。長いほど面白いということは、一概にはいえないのですが、本書についてはちょっとあてはまるなあという印象を持ちました。

例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。
五年前に使われたきりであちこち古びてしまったピンクのウサギの着ぐるみ。大学生の「わたし」がアルバイトでそれをかぶって中から外を覗くと、周囲の人はぬいぐるみやロボットに変わり―(「チヨ子」)。表題作を含め、超常現象を題材にした珠玉のホラー&ファンタジー五編を収録。個人短編集に未収録の傑作ばかりを選りすぐり、いきなり文庫化した贅沢な一冊。
刊行は2011年7月ということで、私的には最新作を読んだという印象なのですが、各短編の初出は1999~2004年と結構古く、「聖痕」だけが2010年と比較的新しい初出作品です。

それでは各作品の印象を。
「雪娘」
同級生がたった四人しかいなかった小学校が廃校になるということで一堂が20年ぶりに集まります。本当はもう一人女の子がいたのですが、20年前のある冬の日、雪の吹きだまりに埋もれて死んでいるのが見つかったのでした。彼女は実は他殺だったのですが、同窓会の会場に彼女の幽霊が訪れて…という話です。
「真相」は途中ですぐわかったのですが、この作品の言いたいことは「真相」ではなく、「人を呪わば穴二つ」ということわざそのもので、彼女を殺したとき、犯人の魂も一緒に死んでしまっていたのだという「現実」です。
「おもちゃ」
商店街の玩具屋のおじいさんは、主人公クミコのお父さんの叔父さん、つまり大叔父でしたが、若い頃に家族と決裂して家を飛び出した人だったので、親しい付き合いはありませんでした。相方のおばあさんがなくなりますが、前夫との間に子供達がいたことや年を取ってからの入り婿であったことなどから、財産狙いだろうなどと後ろ指をさされ、おばあさんを殺したのではないかとの疑惑を持たれるなか、おじいさんも死んでしまいます。
すると商店街のあちこちにおじいさんの幽霊が出現し、クミコとお父さんにだけ見えるようになります。おじいさんの幽霊が見つめる場所の商店はすぐに閉店し、やがて商店街や複合大型小売店に姿を変えていきます。
特に遺恨とか呪いとかとは関係のないゴーストストーリーです。親族と絶縁していたせいか、幽霊になっても特に何のメッセージも希望も示さないおじいさんがちょっと可愛いっちゃ可愛いです。
「チヨ子」

表題作。ピンクのウサギの着ぐるみから外を見ると、周囲の人が皆着ぐるみを着ているように見えます。それはぬいぐるみだったりガンダムだったり、特撮戦隊もののコスだったりと様々です。自分を鏡に映してみると、別の白いウサギの姿になっていました。それは子供の頃に大事にしていたウサギぬぬいぐるみ「チヨ子」でした。主人公は、何かを大切にした思い出、何かを大好きになった思い出が、人を守っていることに気付きます。
そんな中、人間の姿のままの少年が。彼は万引きで捕まり、母親がやってきますが、親子共々人間の姿のままです。しかし背中には鉤爪のついた黒い手が…。子供の頃に愛したもの、大事にしたものが実は人間を守っていて、それがない人は易々と悪に堕ちてしまうのか…

実は作者がウサギの着ぐるみで朗読をしたかったために書いた作品だそうです。なお、本編だけで独立して全国学校図書館協議会から出版されています。210円もするので、5編で500円の光文社文庫を買った方がお得です。
「いしまくら」
「理由」で直木賞を受賞した後の受賞後第一作。「理由」はもちろん悪い作品ではないですが、かえすがえすも「火車」で直木賞を受賞して欲しかったです。当時の選考委員の見識を疑わざるを得ません。
主人公の娘(中学生)が、近所で殺害された女子高生にまつわる幽霊騒ぎの解明に立ち上がります。実は女子高生はボーイフレンドの幼馴染みで、色々と取りざたされている悪い噂共々、彼女への濡れぎぬを晴らしたいという想いに娘が共感したらしいのです。
娘のレポートはなかなかの出来ですが、主人公が調べてみると、女子高生の「悪い噂」はどうも真実だったようです。辛くても現実に直面しなければな、なんて思っている主人公は、旧知の刑事にレポートを見せます。すると幽霊目撃談を読んだ刑事の顔色が変わって……
宮部さんは、これくらいのボリュームがないと面白く話を膨らませないのかな、なんて生意気なことを考えてしまったり。メインストーリーもともかく、若き日の主人公と妻が自転車に二人乗りしてラブホテルに行くという回想が面白いです。夫婦だから別に悪くも何ともないのだけど、当時小さい家に親と同居していたため、色々と気詰まりだったんでしょうね。

「聖痕」
さあ来た問題作。14歳の少年が両親(実際は「父親」は同居人に過ぎませんが)を殺害し、学校の担任の先生にも重傷を負わせて学校に立てこもったという事件。それは12年前の事件なのですが、それに絡んで女性調査員が「元少年」の本当の父親から奇妙な依頼を受けます。
実は少年は凄まじい虐待を受けていて、保険金殺人のターゲットにされそうになったという状況で殺人を行っており、担任も真面目に話を聞いてくれなかったばかりか、母親に連絡したということで恨みを買ったのです。
「元少年」は今ではすっかり更生していますが、ネットの世界では、少年は自殺しており、同様の境遇の少年少女を救う「救世主」となったとまことしやかに主張されており、それを信じる人々の集まるサイトまで出来ていました。そのサイトの存在に悩む「元少年」は、サイトで「救世主の御業」とされる事故現場を訪れた際、空に不思議なものを見ました。女性調査員は、その正体を彼に告げることができると言いますが……
東野圭吾の「ガリレオ・シリーズ」のような一見オカルトの事件が科学的に真相究明されるのかと思いきや、あっと驚く展開になります。ミステリー作家という印象が強かった宮部みゆきがこういう方向の作品を書くとは意表を突かれましたが、SFや超能力とかも扱っている人でしたね。先入観だけで人を判断してはいけないということで、反省。

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