中国美女列伝(その42):夏侯夫人~張飛、夏侯淵の姪を略奪婚?

日本各地が梅雨明け前の大雨の脅威にさらされています。仙台もそれほどではありませんが結構な雨で、私が仙台に来てから土曜日にこれほど降ったのは初だと思います。坂道が川のようになっていました。

前回に続いて復活した「中国美女列伝」。でも今回で終わりかも知れません。本日は張飛の妻で娘は蜀の皇后になったという夏侯夫人を紹介しましょう。三国志演義ではほとんど登場せず、正史の三国志にもあまり記述がありませんが、歴史的には結構重要な役割を担った女性です。

夏侯夫人はその名のとおり夏侯氏の一族です。中国では二文字の姓は珍しいですが、三国志だと諸葛亮、諸葛瑾兄弟らを輩出した諸葛氏、司馬懿、司馬昭、司馬炎らを輩出した司馬氏、そして夏侯惇、夏侯淵らを輩出した夏侯氏など、二文字姓は有名どころが揃っている印象です。画像は夏侯惇です。

夏侯夫人は夏侯淵の姪だったようです。夏侯惇と夏侯淵は夏侯氏ですが、二人は兄弟とか従兄弟といった近縁ではなく、もっと遠縁だったようです。しかし、夏侯惇は曹操の従兄弟にあたり、夏侯淵の正妻は曹操の妻の妹だったので、曹操からすれば二人とも信頼できる腹心の部下だったといえるでしょう。

夏侯淵は、曹操挙兵前に飢饉の中で自分の幼い子を捨てて、死んだ弟の娘を養育したというエピソードがあり、その子が夏侯夫人ではないかと言われています。

夏侯夫人が張飛と出会ったのは建安5(200)年。この頃曹操は河北の大勢力袁紹と私有を決する大決戦の最中にありました。そして当時の劉備は袁紹側に付いており、関羽は曹操の客将的立場でした。そんな中、劉備側の猛将張飛は、薪を拾っていた少女と出会いました。上の画像はまさに出会いの場を描いたもののようで、驚いた表情をしている少女の手前に張飛を象徴する蛇矛の刃が見えます。

張飛といえば髭もむくつけき大男。関羽あたりならまだにっこり笑えば幼子も懐きそうという印象がありますが、張飛が女の子受けするとはとても思えません。さらに言うと、このとき夏侯夫人は13,4才ぐらいだったようで、さすがに幼女ではないけどまだまだ青い果実の少女といった感じです。一方張飛は生年不詳ですが、“桃園の誓い”で兄貴分になった劉備が161年生れだったのでそれより少し若い位だと思います。なので仮に165年生れとすると、このとき35才。

歴史書には“張飛が山で薪を拾っている時に、夏侯氏を目にする。張飛は、彼女が良家の出であると知って妻にした”とか“張飛は夏侯氏を略奪して結婚した”などの記述があります。30半ばの巨漢がいたいけな少女を連れ去るとか、現代なら確実に通報ものですが、なにしろ昔の中国の話なので勘弁してつかあさい。

それにしても夏侯夫人が夏侯淵の姪ならば、曹操の勢力圏に居住していたと思われますが、敵側にいる張飛がそんなところへどうして赴いたのか謎ですね。連れ去った理由は一目惚れとかでもいいですが。あと、掠われた側の夏侯淵の方の反応も気になります。許せん張飛と軍勢つれて奪還に来てもおかしくないところにも思えますが。

しかし、三国志演義での張飛の印象は乱暴者とか大酒飲みとか短慮とか、確かにあまりよくない印象(関羽比)がありますが、呂布戦での戦功は曹操も認めて関羽と共に中郎将に任命されているので、夏侯夫人を掠った当時は既に相当の知名度があり、役職持ちでもありました。さらに張飛は夏侯夫人を大事にしていたようで、二人の間にもうけた娘について、劉備は張飛に「劉禅の嫁にしたい」と頼んでいます。

ということで、夏侯淵からすると、夏侯夫人を突然掠ったのは許せないが、敵とはいえひとかどの武将がちゃんと正妻として迎え、大事にしているのであればまあやむを得ないか…ぐらいの気持ちだったかも知れません。あ、このあたりは完全に私の感想です。夏侯淵がこの件をどう思ったかについては全く資料が見当たらないもので。

コーエーのアクションゲーム「真・三國無双」シリーズでは張飛の妻であり、夏侯淵の姪で、夏侯覇の従妹。さらに張苞と星彩の母でもあるという設定になっており、家の奥深いところで大切に育てられ、外は危ないので出てはいけないという言いつけを破り、人目を忍んで森へ遊びに出かけた際に山賊に襲われたところを張飛に助けられるという運命的な出会いを果たし、妻となったという設定になっています。これなら夏侯淵伯父さんもニッコリかも。なお同シリーズでは「夏侯姫」と表記されています。

二人の間には20才以上の年の差があったと思われますが、仲が良いのであればまあ他人が口出すことではないでしょうね。でもこのせいで張飛には「ロリコン」疑惑が。ただ、昔は女の子が13、4才で嫁ぐということも普通だったようです。豊臣秀吉の正室寧々(北政所)も14才で嫁いだようですし、豊臣秀頼の正室となった千姫など、なんと7才で結婚しています。政略絡みの結婚だと、もうなんでもありですねえ。

夏候夫人のルックスについては、直接的なものは伝わっていませんが、二人の間の娘について、劉備が息子の嫁にと望んだことや、その娘について「美人で気立てが良く、夫をよく支えていた」との史書が記述していることなどからみて、夏侯夫人もかなりの美人だったと思われます。そうであればこそ張飛が掠うようにして嫁にしたのもむべなるかなと。

実は夏侯夫人の産んだ娘は二人いて、二人とも劉禅の皇后になっています。姉の方が敬哀皇后、妹の方が張皇后。二人を同時に嫁にして姉妹丼とかいう訳ではなく、敬哀皇后が早世した後、妹が張皇后となって後妻になったようです。姉は若くして亡くなりましたが、妹の方は蜀滅亡後も生きていたようです。

「真・三國無双」シリーズには張飛の娘として星彩というキャラが登場しており、父譲りの武勇と母譲りの美貌を兼ね備えています。素晴らしい遺伝形質。もし逆だったらえらいことでしたね。星彩が後の敬哀皇后なのか張皇后なのか不明ですが、ゲームでは張飛の娘は一人しか登場しないので、二人の娘を併せた存在なのかも。

そして歴史的には嫁ぐことになる劉禅にはやたら塩対応していました。まあ劉禅がこんなキャラだからなあ。なんか元若乃花に似ているような気がしますね。私が張飛だったらこれの嫁にはやりたくないなあ(笑)。でも兄貴(劉備)のたっての願いだし…これが浮世の義理の辛いところ。

夏侯夫人の伯父である夏侯淵には夏侯覇という息子がおり、夏侯夫人の従兄弟にあたります。当然魏の武将でしたが、司馬懿の専横が甚だしくなり、身の危険を感じた夏侯覇は嘉平元(249)年に蜀に亡命することに。夏侯覇は夏侯夫人の従兄弟であり、夏侯夫人の娘は皇后ということもあり、蜀で手厚く持てなされて要職に就いたようですが、蜀の滅亡前には亡くなっていたようです。

なお張飛には張苞、張紹という二人の息子もいるのですが、この二人の母も夏侯夫人なのかどうかは不明です。夏侯夫人が張飛の子を4人も産んだとなれば、二人のラブラブ具合も伺われるというものですが、この時代は王侯のみならず士大夫でも正妻の他に側室がいるのが当たり前のようなので、側室の子という可能性もあると思います。なんか絶倫野獣というかオークの亜種のような張飛と可憐な夏侯夫人では、「異世界のんびり農家」のルーじゃないけど、夏侯夫人の身体が保たないような気も。

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