映像研には手を出すな:“萌え”要素を一切排除したJKアニメ制作アニメ

先日元競走馬のアグネスデジタルが24才で死亡したとのニュースが。馬の平均寿命は25~30年ということで、夭逝とか早世というほど若死にではありませんが、放牧中の事故による安楽死処分だったそうで、もっと長生きできたかも知れないと思うと残念です。

一度も競馬をやったことのない私ですが、アグネスデジタルは「ウマ娘」化されていて自分でも持っているので関心を持っていました。日本にグレード制が導入された1984年以降、芝・ダートの双方でGI勝利を挙げた最初の馬であり、GI競走で6勝を挙げた名馬です。“稀代のオールラウンダー”と呼ばれたその二刀流ぶりは競馬界の大谷と呼んでもいいくらいではないかと。

ウマ娘のアグネスデジタルもよく死んでいますが、デジたんの場合はウマ娘同士の行動に萌えて悶えて「尊死(“とうとし”または“たっとし”と読むそうな)」しているので、萌のあまり意識を失って天にも昇りそうになっているだけで本当に死んでいる訳ではありません。本体が亡くなったということで、まさにその魂が異世界転生してデジたんになったということに。

本日は先日有給休暇(ズル休み、キミ達リリンはそう呼んでるね)を取った際に一気見した「映像研には手を出すな」を紹介したいと思います。原作は大童澄瞳が小学館の「月刊スピリッツ」で2016年9月から連載中の漫画です。

アニメは全12話で2020年冬季にNHK総合で放映されました。既刊6巻の原作単行本中、1~3巻が映像化されたということで、来年辺り2期もいけそうな気がします。人並み外れた空想力を持つ浅草みどり、金儲けが好きな金森さやか、カリスマ読者モデルながらアニメーター志望の水崎ツバメの3人を主人公に、女子高生によるアニメ制作活動を描く作品です。

私も評判はネットなどで聴いていたのですが、絵柄が絵柄なのでこれまで引き寄せられませんでした。浅草はスカートを履いていなければ少年でも通りそうだし、金森はアダムスファミリーのお母さんみたい。

両親が俳優で自身もカリスマ読者モデルで大人気という水崎ツバメが唯一の希望なんですが、作中では群を抜いて美少女のはずなんだけど、なんというか…“萌え”要素がないんですよね。1話で下着姿になるんですが、キャミソールかなんかのはずなのに、男物のランニングシャツにしか見えない(笑)。

7話には入浴シーンもあって、“萌えアニメ”だと水着回とか入浴回はお約束だよなと思いますが、本作は最大の美少女であるはずのツバメにして全く萌えません。

じゃあダメなのかと言えば全くそんなことはなく、いわゆる美少女アニメとは一線を画した作品内容で見せる(魅せる)アニメ作品だったと思います。「設定が命」で、自分が考えた「最強の世界」で大冒険を夢想するのが常であった浅草が、自分の考案したメカに三人で乗り込んで大活劇を展開する妄想をそのまま映像化するあたりは、いかにもアニメの強みを生かしているなあと思いました。

意気投合した3人はアニメ制作を志しますが、水崎は俳優になるよう言われていてアニ研入部を禁じられているということで、世を忍ぶ仮の姿として「映像系の部活」の態を取って映像研究同好会を立ち上げます。そしてたった3人でアニメ制作に当たることに。

3人いても実際にアニメ制作に従事しているのは浅草と水崎の2人だけ。金森は全然アニメには興味がなく知識もありませんが、ともすればこだわりのクリエイター魂で作業が滞りがちな2人に締め切りを意識させ、叱咤激励してコントロールするという制作進行の役割を担っています。

時折3人の幼少期のエピソードが挿入される以外はほぼ家族は登場せず(特に金森の家族は全く不明)、なんとなれば高校の授業シーンなども一切なし。劇中ではひたすらアニメ制作に関わる行動しかしていませんが、おそらく12話経過時点で2年生の夏ぐらいにはなっていますね。部活に精を出す高校生を描く場合、避けては通れない試験の描写がよく見られる(「ちはやふる」とかそうですね)のですが、本作ではガン無視。ちゃんと進級できているのか心配になりますが、そもそも進級した的な話すら出てこないという。でもアニメ制作に関係しない部分をあえてぶった切ったのは英断だったと思います。

映像研が制作したアニメは3作。処女作「そのマチェットを強く握れ!」は部費を獲得するための「予算審議委員会」へのプレゼンのために制作された映画の予告編風の短編でした。短編とはいえよく3人で作れるなと思いますが、自動中割りソフトを使用するなどして作業を効率化していました。金森提案の「ローコストで派手」を実現した反面、マスク姿の女子高生が戦車と戦うだけのストーリーのないものとなりましたが、映像に迫力があったので予算をゲットすることに。

2作目「SHIBA8 VS テッポウガニ」は、ロボット研究会の依頼を受けての制作で、文化祭で上映されました。明け方の芝浜高校を舞台に、カニとカメが合体したような架空の巨大生物「テッポウガニ」とロボ研が作った「SHIBA8」が戦います。美術部が背景を、音響部(百目鬼一人だけの部活ですが)が音響を担当するなど外注も行い、アフレコはロボ研が担いました。

2作目から金森は商業化を強く意識し、上映後DVDを販売しましたが、文化祭なので安く売ることしかできず、完売したものの映像研の収入は2万円に留まり、掛かった人件費180万円に比べて全くペイしませんでした。もっとも部活を人件費に換算するのはどうかという気もしますが。

3作目は自主制作即売会「COMET-A」(モデルはコミケと思われ)出品を目的として制作された「芝浜UFO大戦争」。金森は労働の正当な対価を求めましたが、学校側が教育の一環である部活動で外部との金銭授受を問題視したことで一悶着となりました。しかし、作品の舞台でもある芝浜の街おこしとして芝浜商店街が絡んだことや、金森の策動によりマスコミなど外部に情報を出したことで学校に問い合わせが殺到したことなどによりなし崩しとなり、金銭授受は著作権保持者の個人の意思でというかなり強引な屁理屈で押し通りました。

映像研の3人は、浅草が監督・脚本(他に水崎が担当しない部分全て)、水崎がキャラデザインとアニメーター、金森がプロデューサーと制作進行、渉外などを担当しています。美術部や音響部の支援を受けているとはいえ、良く3人だけでアニメが作れるなと感心しますが、浅草のこれまで描き貯めた設定画やフルデジタル化を大いに活用したのでしょう。昔みたいにセル画を書いていたら絶対無理。時代設定も2050年代ということで現代よりちょっと未来です。2050年代でDVDがまだ生きているのかはかなり疑問ですが。

その割りに現代よりレトロな雰囲気(なんとなく1950~70年代くらいの昭和臭)が漂っているのは、古い流行のリバイバルとかがあったからなんでしょうか。舞台となる芝浜は、名前自体が落語に由来しているような地名ですが、そこに建つ芝浜高校は湖に面した人工島にあり、増改築を繰り返した校舎はダンジョンのような複雑怪奇な建築となっています。

浅草のセリフも一人称が「ワシ」や「あっし」で、語尾に「じゃよ」が付いたり、激するとべらんめえ調になったりと落語的というか江戸時代的。エヴァンゲリオンが2014年設定で今よりずっと未来的だったので、2050年代になっても案外こんなものかという気もしてしまいます。AIなんかはずっと発達してそうですが。

彼女らが高校を卒業してプロになったら…を映像化したような作品として2014年秋季から2クール放映された「SHIROBAKO」があります。こっちはかなりキャラが美少女的になっており、高校時代のアニメーション同好会も5人でやっていましたが、アニメーション業界の日常を描いた傑作でした。主人公の宮森あおいがアニメ会社で制作進行を担当していたので、その業務内容や苦労ぶりを見ていたこともあって、直接アニメ制作にタッチしていない金森の苦労や存在の重要性がよく認識できました。金森がいなかったら1作目すら出来上がらなかったでしょう。

それでも「SHIROBAKO」での描きぶりはかなりマイルドというか綺麗だったらしく、2015年秋季アニメだった「ハッカドールTHEあにめ~しょん」7話「KUROBAKO」では制作進行を担当したハッカドール1号が変わり果てた姿になっていました。

制作進行担当者(なぜか金属バット標準装備)によれば、制作進行は「原画、動画、撮影、編集などのアニメ制作現場全体を回すクソな仕事だ」そうです。

一週間風呂にも入れなかったブラック環境に心が折れそうな1号。2号と3号も助っ人に入りましたが、みんな目が死んでいくという。タイトルからして「SHIROBAKO」のパロディなんですが、実態はそんなもんじゃねーという現場の魂の叫びを感じるような神回でした。

映像研の3人も実際にアニメ制作現場に入ったらああなってしまうのかな…。収入的に言えば水崎は絶対女優になった方がいいし、金森も金儲けのためなら水崎のマネージャーにでもなった方がいいのですが、自分の向き不向きというものと、なりたいものというのは必ずしも一致しないものですね。悔い無き人生は金じゃ買えないと言われれば、それはそうでしょう。

浅草みどりのCVは伊藤沙莉。メインは女優でアニメは初出演にして初主演だったようですが、とてもそうは思えない演技でした。某宮崎駿が作品に俳優女優を多用して色々言われていますが、この人ぐらい上手く演じられたら誰も文句は言わないでしょう。

金森さやかのCVは田村睦心。この人はバリバリの声優ですが少年役や「小林さんちのメイドラゴン」の小林さんみたいな中性的な役を得意としています。

そして水崎ツバメのCVは松岡美里。まだ20才の新人声優でこの役がテレビアニメへの初出演かつレギュラー出演だそうですが、彼女の好奇心の強さとかこだわりなどをよく表現できていたと思います。他作での出演はまだまだ名前がない役が多いですが、今後の注目株でしょう。「艦これ」では海防艦屋代と米戦艦サウスダコタを演じています。

とにもかくにも、12話でしっかりアニメ制作活動を描いた傑作でした。本作はギャラクシー賞(2020年3月度月間賞)を受賞したほか、東京アニメアワードフェスティバル2021の「アニメ オブ ザ イヤー部門」での「みんなが選ぶベスト100」で1位に輝き、作品賞(テレビ部門)を受賞しています。さらに2020年度芸術選奨文部科学大臣賞(メディア芸術部門)、第24回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の大賞を受賞しています。


また海外でも高い評価を受けており、米ニューヨーク・タイムズが選ぶ「ベストTV番組2020」及び「ベストTV番組 海外部門2020」に選出されたほか、米ザ・ニューヨーカーが選ぶ2020年度の「ベストテレビ番組」に選出され、米クランチロールが主催する「クランチロール・アニメアワード2021」において、ベストアニメーション賞とベストディレクター賞を受賞しています。

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