月の裏側:恩田陸の描く「水の怪」

夜は冷えるようになりましたね。冬の気配がひたひたと。そろそろ夏物のスーツにも退場願わねば。まだ使ってたんかーい!と突っ込まれる皆さん、ウォームビズの第一歩と言う奴ですよ。あんまり早く暖かくしちゃうと真冬に困りますからね。
さて、読書の秋と言うことで読書量が増えている気がするこの頃、今日は読み終わったばかりの恩田陸の「月の裏側」です。恩田陸は大学の先輩と言うこともあって、沢山読んでいきたいのですが、なかなか図書館になくて(買え)、これまで主に「水野理瀬」シリーズを楽しんでいたのですが、今回初の「非理瀬」ということで、ちょっとどきどきしながら読みました。
内容紹介は例によってAmazonさん。
九州の水郷都市・箭納倉。ここで三件の失踪事件が相次いだ。消えたのはいずれも掘割に面した日本家屋に住む老女だったが、不思議なことに、じきにひょっこり戻ってきたのだ、記憶を喪失したまま。まさか宇宙人による誘拐か、新興宗教による洗脳か、それとも?事件に興味を持った元大学教授・協一郎らは〈人間もどき〉の存在に気づく……。
これは文庫版裏表紙の紹介と同一です。
箭納倉のモデルは柳川で間違いないでしょう。箭納倉は縄文時代から人が堀を作って土地の嵩上げをしてきたというところで、長年掛けて作られてきた掘割は土地面積の1割にも達しています。江戸時代には大雨でも決して氾濫せず、海からの逆流も防ぐという精緻なシステムが構築されていました。

そこで起きる不可思議な失踪事件。老女達は無事に帰ってきましたが、失踪中の記憶はほとんどありません。梅雨時の箭納倉にやってきた主人公達塚崎多聞は、恩師である三隈協一郎、その娘の池内藍子、新聞記者の高安則久とともに失踪事件を探るうちに、奇妙な事件に遭遇します。ネコが持ってくる人間の耳や指に酷似した物体(数日で消えてしまう)、忍び寄る水、火葬すると遺骨の残らない遺体、人を足から掠うカッパの話……
彼らは次第に気付いていきます。掘割の中から来る何者かが、人間をさらって、その人間そっくりのものを戻していることを。彼らは失踪中の記憶の欠落以外は以前の人間そのものなのですが、びっくりしたときに同じアクションをするなど、無意識での行動が一致するという特徴があります。既に箭納倉の相当の人間が「人間もどき」に置き換えられているようなのですが……
終盤は、彼らが異常に気付いたことに気付いた堀割の中の「何か」が、一気に街中の人間を掠ってしまい、4人は人どころか動物も姿を見せなくなった街を彷徨うことになります。そして見つけた「人間もどき」の生成過程。高安も掠われ、3人だけになった一行はある決断を……
ストーリーはエヴァンゲリオンの人類補完計画をちょっと彷彿とさせます。作中、人間は多様性を確保するために他者と異なろうとしながら、その一方で一つでありたいという矛盾する欲望ないし衝動を持っている旨が語られますが、掠われて還ってきた人々は、表層意識は以前のままながら、無意識部分を一つに共有する存在となっているようです。人の心を重ね合わせることで欠落を補完するというゼーレの人類補完計画に似ていると思いませんか?

いや、SFファンならもっと類似している作品を思い出しますよね。そう、グレッグ・ベアの「ブラッド・ミュージック」、あるいは諸星大二郎の傑作SF漫画「生物都市」です。これらの作品でも、様々な形で一つになった人々と、取り残された人々が描かれています。

水郷の梅雨ということで、場面はとにかく湿っぽいです。至る所が水に満ちていて、至る所で堀割の水が目に入ってきます。箭納倉に生まれ育ったのは協一郎だけなのですが、多聞も藍子もこの町に郷愁を感じています。今回は箭納倉全域だけが事件の舞台でしたが、ラストでやがてその外側の世界にも異変が広まり、マイノリティとマジョリティが逆転する日が来ることが暗示されています。無意識を共有する人々の世界は、これまでと何が変わるのでしょうか?

しかし、この作品にもいくつもの謎が。
① 異変はいつから発生していたのか。多聞達4人が異変に気付いたとたん、一斉に人を掠ったのはなぜか。そんな力があるならば、なぜさっさとやらなかったのか。
② 箭納倉のかなりの人々が既に「人間もどき」になっていたと思われるのに、終盤人が根こそぎいなくなっています。既に掠ったはずの人々まで再び掠ったのはなぜか。また、改めて全員掠うことにしたのだとしたら、2人(おばさんと船頭)だけはなぜ残っていたのか。
③ 人間はともかく、鳥や獣や虫までもが姿を消していたのはなぜか。動物も掠う必要があったのか
④ 人がいなくなってもライフラインは機能していました。他の地域は無事なのだから当然といえば当然ですが、テレビやラジオ、電話が不通だったのはなぜか。また、列車も不通になっていたようですが、他の地域はそれで異変に気付かなかったのか。
⑤ 主人公達は箭納倉を脱出しようとして果たせずに戻ってきますが、それはなぜか。結界のようなものでもあったのか。
⑥ 「堀割から来る水」は結局何者なのか。
⑦ 主人公多聞は結局掠われませんでしたが、それは何故か。既に掠われていたからか。
⑧ なぜゴム長を履いていると掠われないのか。革靴を履いていたであろう警官まで掠われているのに。
ジャパニーズホラーとでもいうべき本作ですが、私はちょっと掠われてみたい気もします。無意識を共有するってどんな感じなんでしょうか。孤独感や疎外感から抜け出せるんでしょうかね。

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