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梅咲きぬ:深川いいとこ一度はおいで~凜々しく賢く美しい女将の一代記

梅咲きぬ
 
 飲んで遅くなったので、前置きなしでさっさと始めさせていただきます。

 本日は私の三大「作者借り」(この作者なら内容を確かめずに借りるというほど面白さを信頼している作家)の一人である山本一力の「梅咲きぬ」です。

 山本作品は、よく深川を舞台にしますが、本作も「深川もの」の一編です。

 Amazonによる作品説明は

 景気の低迷が続く宝暦年間、深川の老舗料亭「江戸屋」を凜として守る女将・秀弥とその娘・玉枝。幼くしてすでに次の女将を襲名すべき運命を背負った玉枝は、母や周囲の厳しくも温かい目に見守られながら、やがて誰からも認められる老舗の女将として、大きく成長してゆく。著者が「わが思い入れ最高の作品」と呼んだ感動傑作

 となっています。隅田川(大川)の東側である深川は、江戸時代前期は江戸(御府内)ではなく、後になって江戸に編入されたそうですが、そのため玉川上水などの水道も来て居らず、海を埋め立てた場所なので井戸水も塩分が多くて飲用に適さないため水を常に購入しなければならない不便な土地でしたが、人情に厚い粋な職人や商人が多かったらしく、芸者も深川の「辰巳芸者」は
「意気」と「張り」を看板にし、薄化粧で地味な鼠色系統の着物を着て、冬でも足袋を履かず素足のままで、男っぽい喋り方をし、気風がよくて情に厚く、芸は売っても色は売らない心意気が自慢だったそうです。

深川八幡の境内を描いた浮世絵

 そんな深川の地元に密着した料亭「江戸屋」は元禄時代創業の老舗であり、女将は代々「秀弥」を名乗っています。松平定信の寛政の改革の一環である「棄捐令」により極度の不景気に陥った時代の女将である四代目秀弥、幼名玉枝の幼少から少女期を中心に物語は語られます。

 三代目秀弥の遅くに儲けた娘である玉枝は、しかし将来の女将として幼少期から厳しくしつけられます。周囲の人々も暖かく見守っているのですが、子供心には厳しい態度に見えたでしょう。

「泣き言は一切、聞きません。これぐらいのことで音をあげるようなら、おまえに江戸屋は継がせません」(三代目秀弥)
「つらいときは、好きなだけ泣きなはれ。足るだけ泣いてもよろし。そやけど、自分が可哀想やいうて、あわれむことだけはあきまへんえ。それは毒や。つろうて泣くのと、あわれむのとは違いますよってな」(踊りの師匠・春雅)
「ひとを羨むのは、あんたの母親を哀しませることや。そんな、いやしいことをしたらあきまへんえ」(同)
「何十年もかけてやっと手に入れたええ評判でも、失くすのは簡単や。ただの一回へまをやっただけで、あっけのうに消える」(春雅の夫・福松)
「身の丈に過ぎたぜいたくは、世間様の笑いものになるばかりではなく、江戸屋の暖簾にも障ります」(三代目秀弥)
「質素と、みすぼらしいのとは別のことです。派手さのみを求めるのは無用ですが、江戸屋の女将としての体裁を忘れてはなりません」(同)

 などなど、玉枝には厳しくも暖かい言葉が次々と投げかけられていきますが、その全てを会得していく玉枝もまた希有な女の子です。一年間の茶請けの菓子を決める際に意表を突く菓子を出して見せたり、料亭を脅しては金をゆすり取っている騙りの集団に対して対抗策を考えたりとり、10才にもならないうちに様々に才を見せてくれます。

富岡八幡宮

 老舗の女将としての風格と器量を日にち日と身につけていく玉枝を目を細くして見守る秀弥。15才になった玉枝は若女将として披露され、二人女将時代が到来します。しかし、その時期はとても短いものでした。深川八幡宮の本祭り祭りの疲労と食あたりにより三代目はあっけなく世を去り、玉枝は四代目秀弥として15才にして独り立ちせざるを得なくなります。そして影に日なたに玉枝を支えてくれた春雅・福松夫婦もまた玉枝が20才になった頃、相次いで世を去って行きます。

 その後、40才を過ぎた寛政まで、江戸屋を立派に切り盛りした玉枝は四代目秀弥として先代以上の人望を集めますが、ただ一つ、子供には恵まれませんでした。というより、結婚すらしなかたのです。玉枝の心に思うのは、子供の頃に出会った八木仁之助という小藩の侍です。小藩ではありますが、八木自身はかなりの上士で、風采も挙措も立派なので三代目秀弥も春雅も福松も好感を持ちます。もちろん玉枝も憧れます。しかもどうやら八木自身も玉枝が好きなようなのですが、こればかりは身分や立場が邪魔をして、どうにもなりませんでした。二人共に縁談を断り続けるうちに、玉枝は41才に、八木は55才になってしまいました。とうとう国元に帰らざるを得なくなった八木は、玉枝に別れを告げ、只一度、口づけをして去って行きます。最後なんだから心置きなくとか、せめて一発なんて下品なことを考えては二人のプラトニックラブを汚してしまうというもの。最後までプラトニックだからこそ一生心に残る、そういう恋愛もあるということです。

祭礼で担がれる御輿

 三代目も38才という高年齢出産でしたが、さすがに江戸時代で40才を超えるとちょっと実子は無理でしょう。そもそも婿候補すら浮上していませんし。5代目は養女を迎えることになりそうだ、というところで物語は終わります。雨に打たれる梅の木に向かって「江戸屋の行く末は大丈夫です」とつぶやく玉枝。この先はやはり素質の良い女の子を迎えて厳しくも暖かく育て上げることになるのでしょうか。

単行本「梅咲きぬ」

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