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桜之宮公園でお花見を:今年はちゃんと桜を見ました

春のうららの大川

 すっかり陽気がよくなってもはや初夏のような気候に。あんまり急変されると身体がついていけないのですが。暖かくなって花が咲いて日足が伸びてというあたりは結構なんですが、虫めらもコンニチワですね。虫もいないとそれはそれで色々と困るんでしょうが、害虫どもにはマイッチングですね。

薄暮の桜之宮公園 

 本日は大川端に伸びる桜之宮公園に行ってきましたのでそのレポートを。大阪には似つかわしくない綺麗な名前(失礼)なので、ぜひ桜の季節に行ってみたいと思ってました。昨年は異動直後だったのと桜の開花が早かったので逃していたので、今年はぜひにと。

夜桜桜之宮公園 

 淀川の毛馬水門から南に分岐する大川は、かつては淀川本流でしたが、淀川放水路が開削された1907(明治40)年以降は旧川扱いとなっています。大川という名前は中之島までで、そこから下流は安治川と呼ばれています。その大川の両岸に広がるのが桜之宮公園です。大川両岸は江戸時代から桜の名所でしたが、1885(明治18)年の淀川大洪水で東岸の桜が大打撃を受けて以降、西岸の桜、とりわけ造幣局の桜が有名になり、現在でも造幣局の桜の通り抜けは大勢の人で賑わいます。今年は明後日9日からだそうですよ。

櫻宮 

 いかにも雅な名前の由来は、東岸にある櫻宮という神社だそうです。兵火や水難により詳しい創建は不明だそうですが、現在の地に移ったのは江戸時代前期。大阪市都島区の地域名の由来ともなっていますが、JRの駅名は桜ノ宮駅、橋の名前は桜宮橋と表記は結構バラバラです。

泉布観と桜 

 歴史的建造物としては重要文化財に指定されている泉布観があります。1871(明治4)年に建設された、大阪府に現存する最古の洋風建築です。翌年に明治天皇が行幸し、貨幣を意味する「泉布」と館を意味する「観」から泉布観と命名し、皇族や外国の要人も多く訪れたそうです。内装も豪華だそうですが、内部公開は事前申し込み制で年に3日程度と極めてレアです。外観は常時見ることができます。桜で見えにくいですが、わざとです(笑)。

旧桜宮公会堂と桜 

 そのそばには旧桜宮公会堂があります。これは造幣寮(現造幣局)の金銀貨幣鋳造所の正面玄関を移築保存した建築物で、やはり重要文化財に指定されています。泉布観と同時期に建設され、戦後は図書館などとして利用されていました。

桜之宮橋と桜 

 泉布観や旧桜宮公会堂がある場所は「泉布観地区」と呼ばれています。そこから見た桜宮橋です。大川に架かる国道一号線の橋で、通称「銀橋」。今では新桜宮橋も架かっており、6車線もあって歩道も広々としています。

桜之宮橋から見た大川桜 

 その銀橋から見た春のうららの墨田川ならぬ大川。新桜宮橋から上流側を望んでいます。上り下りの船人で賑わっていますね。

下流側 

 こちらは桜宮橋から下流側を望んだものです。右に大きくカーブした大川は、天満橋から中之島に向かって流れていきます。

造幣局と桜 

 こちらが桜の通り抜けで有名な造幣局本局の建物。やはり1871(明治4)年創設で、1964年の東京オリンピックや札幌オリンピック・長野オリンピックの金・銀・銅の各メダル、名古屋城の金鯱なども製作しています。支局はさいたま市大宮区と広島市佐伯区にあります。造幣博物館もあるので一度訪れたいですね。

桜の絨毯 

 橋の上から桜之宮公園を見ると…まるで桜の絨毯みたいです。その下では大阪市民が大宴会を挙行中です。今日は暖かくて花見日和ですが、結構日差しは強いので日焼けしてしまうかも。

花見客で賑わう 

 橋から降りて公園に入りました。公園には泉布観地区以外にもいろいろと由緒あるものがあります。

青湾の碑 

 まずこれ。「青湾」の石碑。この辺りの水が青淡で最も茶の湯に適したので、豊臣秀吉が好んで用いたそうです。青湾の名は、秀吉に仕えた茶人である大江青湾に因むとも、秀吉が明使献上の西湖の水を数壷沈め、移植した西湖の柳の色が湾に青く映ったことに因むとも言われています。石碑自体は江戸後期の文人画家である田能村直入が文久2(1862)年に「青湾の地」を顕彰すして建立したものです。今では川の水をダイレクトに使うなんて考えられませんが、江戸時代までは綺麗だったんですね。

水道発祥の地の石碑 

 続いて「大阪市水道発祥の地」の石碑。1895(明治28)年に深井戸「桜の宮水源地」がつくられた場所で、横浜・函館・長崎に次ぐ全国4番目の近代水道だったそうです。それ以前の大阪市民の飲料水は淀川の水か井戸水に頼っていたそうですが、下水道もない時代は生活排水が海に流され, 満潮時には淀川に逆流していたということで、コレラなどの伝染病が大流行ということもしばしばあったそうです。そばには取水施設の一部であった煉瓦造りのマスが遺構として保存されています。

OAPと桜 

 西岸を見ると近代的なビル群が。これはOAP、大阪アメニティパークです。中央の高層ビルがオフィス・レストラン・商業施設を有するOAPタワー(176メートル)。左が住宅棟であるOAPレジデンスタワー。実は東館と西館の二つがあります。うーん、住んでみたいですが、きっとお高いんでしょう。そして右が帝国ホテル大阪。6月のG20では世界のVIPが宿泊すること間違いなし。 

源八橋 

 こちらは大川に架かる橋で「源八橋」。3年B組源八先生…いやいや。橋が出来る前は渡船「源八渡」があったそうで、それにちなんで名付けられたそうです。昔むかし、源八という名の船頭がいて…と言いたくなりますが、「源八渡」は天満橋筋沿いのかつての町名「源八町」にちなんでいるとか。じゃあその町を作ったのが源八という大商人…とか思いたくなりますが、それ以上の由来はわかりませんでした。

遠くに大阪城天守閣が 

 源八橋あたりから南を見ると大阪城の天守閣が。ということは、今日大阪城の天守閣に登ると桜之宮公園の桜が見えるということでしょうね。昔は周辺で一番高かったであろう天守閣も、今では中型ビル程度の高さになってますが。

東岸から西岸を望む 

 先週は西岸を歩いたので本日は東岸を歩いています。先週は西岸に比べて開花が遅いように思えた東岸ですが、今ではすっかり満開モードに。

桜と高層ビル 

 見上げると桜と高層ビルのコラボレーション。しみじみ見るとやはり桜はいいですね。よくぞ日本の国花にしたものです。

都島橋 

 こちらは都島橋。昔は市電が通っていたそうですが、昭和44(1969)年に廃止されてしまったそうです。阪神高速12号守口線が上を横切っています。

飛翔橋 

 都島橋の北には飛翔橋が。1984(昭和59)年に建設された比較的新しい歩行者専用橋ですが、阪神高速12号守口線の下をくぐる関係でアーチを小さくせざるをを得ず、アダムスキー型円盤のようなシルエットを持つ二重アーチ構造になっています。飛翔橋の名称は「UFOを思わせ、どこかへ飛び立つようなイメージ」から名付けられたそうです。

都島橋から見た桜 

 都島橋から撮った大川西岸の桜です。周囲は高層住宅になっていて、そこから花見ができそうにも見えますが、どうなんでしょうか。飛翔橋の先にも大川は続いており、毛馬水門で淀川と接続していますが、そろそろ疲れたので戻ることにしました。ブルーシートでも敷いて宴会している人達は実に楽しそうですが、公衆トイレは長蛇の列になっていました。そして近くのコンビニやスーパーでは菓子類や酒類が品薄に。露店もたくさん出ているのでそっちで買えばと言いたいですが、結構高いんですよね…
 
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