手紙:切なすぎる「犯罪加害者」の家族の境遇

篠突くような雨の夜、いかがお過ごしでしょうか。秋の雨も情緒ありますが、外出しているときはやはりうっとうしいですね。
さて、今日取り上げるのは、東野圭吾の「手紙」です。「手紙」は毎日新聞の日曜版に2001年夏から2002年秋にかけて連載され、2003年に毎日新聞社から単行本が刊行され、第129回直木賞の候補作となりました。2006年に映画化され、これに合わせて、文春文庫から文庫版が刊行されましたが、この文庫版は1ヶ月で100万部以上を売り上げ、同社最速のミリオンセラーとなったそうです。
内容は、Amazonの紹介によると、
武島直貴の兄・剛志は、弟を大学に入れてやりたいという一心から、盗みに入った屋敷で、思いもかけず人を殺めてしまう。判決は懲役15年。それ以来、直貴のもとへ月に1度、獄中から手紙が届く…。しかし、進学、恋愛、就職と、直貴が幸せをつかもうとするたびに、「強盗殺人犯の弟」という運命が立ちはだかる苛酷な現実。人の絆とは何か。いつか罪は償えるのだろうか。犯罪加害者の家族を真正面から描き切り、感動を呼んだ不朽の名作。
ということです。

犯罪加害者の家族の苦難を正面から書いた力作であり、主人公直貴の苦境が淡々と描かれていますが、本当に切ないです。既に両親は他界しており、身よりは誰一人いなくなった高校生という立場からスタートし、アルバイトの傍らで大学の通信制に入り、バンドと巡り会って音楽に目覚めたり、両家のお嬢様と出会って恋に落ちたりしますが、そのたびに「強盗殺人犯の弟」であるという事実がことごとく立ちはだかり、挫折を繰り返します。
お嬢様の中条朝美との交際の際には、切羽詰まって「悪堕ち」し、“出来ちゃった結婚”を企むという流石に共感できない行為に及ぼうとしますが、たまたま送られてきた剛志の「手紙」によってその計画も頓挫します。
しかし、直貴には「女神」がいました。高校卒業後すぐに出会った白石由実子は、直貴に強い好意を示し、接近してきます。「強盗殺人犯」の弟であることを告白しても、中条朝美と本格的に交際することになっても、つかず離れずの距離で直貴を見守っている由実子。この由実子、無私の心の持ち主というか、自分自身の欲望とか願望とかはないのかという佇まいの人で、ちょっと現実離れしている感もあります。

由実子自身も自己破産者の娘であり、様々な苦労をしてきたということで強いシンパシーを持っていたということですが、こんな人はなかなかいないのではないでしょうか。そして由実子は、折に触れ剛志との絆を断とうとする直貴に対し、思いとどまるように説得するのです。
いつもタイミング悪く届けられて直貴の夢や希望を打ち砕いていく、脳天気とも言えるような剛志からの手紙にうんざりした直貴は、手紙を無視し、届いても即捨てたりするようになりますが、直貴に代わって由実子が密かに手紙を受け取ってワープロで返事を書いていました。それを知った直貴は、ようやく由実子の本当の気持ちを知るに至り、結ばれることになります。
とになく第四章までは苦難に次ぐ苦難が直貴に押し寄せてくるので、もちろん内容には引きつけられるのですがやや読んでいる方も滅入ってくる中、由実子と結婚して娘が生まれる第五章は明るくハッピーになるのかと思ったのですが、そうは問屋がおろしませんでした。由実子や娘までもが差別的扱いを受けるに至って直貴はある決断をすることになります。

第四章、第五章に登場する「社長」がとてもいい味をだしています。積極的に助けてくれる訳ではなく、最終的には直貴は退職してしまうのですが、彼が「生きていく姿勢」を確立させていく上で大きな影響を与えています。また、彼の語る「どうして人を殺してはいけないか、どうして自殺していけないか」という理由は、極めて説得力があります。
また「社長」は、差別的扱いに苦しむ直貴に対して、「犯罪加害者の家族は差別されて当然である」という一見受け入れられないような独特のロジックを語ります。そして差別される家族の苦しみを知って苦悩することも犯罪加害者の受けるべき罰なのだと。この点については異論もあるでしょうが、何の罪もない娘までも「強盗殺人犯の姪」ということで将来結婚などの際に差別を受けかねないという状況が存在する-これが直貴や由実子の差別や迫害に正面から立ち向かい、「正々堂々と生きる」という生き方を変えさせることになるのです。

なお、由実子と娘がひったくり犯の被害にあって負傷したことで、直貴一家も犯罪被害者となり、犯人の両親の謝罪訪問を受けることになりますが、その際の心境により、ようやく剛志の犯した犯罪の被害者宅を訪問して謝罪する決心がつくのですが、訪問先で待っていた出来事がまた切ないのです。まさに刹那乱れ撃ちならぬ、「切なさ乱れ打ち」の小説です。
ちなみに映画版では、朝美を吹石一恵、由実子を沢尻エリカが演じているそうです。今から思えば、それ逆の方が良くない?という感じがしますね。現在の沢尻エリカのイメージでは、由実子のような献身的な行動はできないだろうと思うのは私だけではないはずです。私なら、一緒に十字架を背負うなら吹石さんと一緒の方がいいな。
東野圭吾は2006年の「容疑者Xの献身」で直木賞を受賞していますが、1999年の「秘密」、2000年の「白夜行」、そして本作など、受賞までに5回も候補に上がっていました。正直この三作のどれかで受賞していて全く不思議ではないのですが、「火車」で受賞しなかった宮部みゆきといい、選考委員のセンスを強く疑わざるを得ません。「秘密」でのブレイク前の作品も面白いので、ぜひ手に取る機会があったらご覧になっていただきたいと思います。

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