白馬山荘殺人事件:東野圭吾版マザーグース・ミステリー

筑波嶺でも野性の藤が咲き始めました。冬の間は枯れきった蔓のように思ってましたが、ちゃんと春になると芽吹いて花を咲かせるんだから自然というのはすごいものです。それにしても藤の花房を見るといつも「ああもう春も終わりだな~」と思いますね。

本日は東野圭吾の「白馬山荘殺人事件」を紹介しましょう。どうでもいい話ですが、白馬八方尾根は全然滑れなかった頃に、悪い仲間に「教えてやるから」と唆されて初めてスキーしに行った所です。行ってみればリフトで高いところまで上がったいいけれで連中は自分の滑りに夢中で、ほとんど転がるように降りた後は迷わずスキー教室に入りましたっけ。あいつらッッ…!!(いや、もう怒ってませんけどね)

本年作は実は東野圭吾の最初期の作品で、1985年に第31回江戸川乱歩賞を受賞した「放課後」がデビュー作、翌1986年の“加賀恭一郎シリーズ”の一作目となる「卒業―雪月花殺人ゲーム」に続く三作目となります。

1986年に光文社からカッパ・ノベルス版で刊行され、1990年4月20日に光文社文庫版が刊行されました。「放課後」が女子校、「卒業―雪月花殺人ゲーム」が大学を舞台としていたのに対し、本作は初めて学校から離れて山荘に舞台を移しました。東野圭吾は雪山が好きらしくて何作も作品を描いていますが、本作はその先駆けとも行けますね。例によってよって文庫版裏表紙の内容紹介です。

一年前の冬、「マリア様はいつ帰るのか」という言葉を残して自殺した兄・公一。その死に疑問を抱いた女子大生・ナオコは、親友のマコトと、兄が死んだ信州・白馬のペンション『まざあぐうす』を訪ねた。常連の宿泊客たちは、奇しくも一年前と同じ。各室に飾られたマザー・グースの歌に秘められた謎、ペンションに隠された過去とは?暗号と密室のトリックの本格推理傑作。

英国人の別荘だったという過去を持つペンション『まざあぐうす』。現在は髭面のマスターと太っちょシェフがアルバイトを使って経営しています。各部屋にはそれぞれ違ったマザーグースの歌が入った壁掛けが飾られています。

菜穂子は一年前にこのペンションで死んで自殺と断定された兄公一の死に納得できず、宝塚の男役のような親友・真琴と共に兄が死んだ部屋に滞在して調査を開始します。どうやら公一はマザーグースの歌に秘められた謎を解こうとしていたようです。そしてさらにその一年前にも転落事故で人が死んでいたという事実が判明。

そして滞在中にも発生する人死に。やってきた警察はこれも事故死と判断しますが、菜穂子と真琴は独自の調査で知り得た事実から、他殺であることを告げます。ということで、殺人事件は一件しか発生しませんが、今回の事件の犯人は誰か、自殺とされた公一も殺人なのか、もしそうであれば今回の事件と関係あるのか、さらに二年前の事故死も何らかの関わりがあるのかと、話はどんどん広がっていきます。

公一の死が自殺と断定された根拠としては、公一の部屋が完全密室であったことが挙げられています。なので菜穂子と真琴は、密室殺人のトリックも暴かなければなりません。さらには、公一が説こうとしていたマザー・グースの暗号も解読し、その意味も知らねばなりません。

マザー・グースは、英米を中心に親しまれている英語の伝承童謡の総称で、600から1000以上の種類があるといわれています。庶民から貴族まで階級の隔てなく親しまれており、聖書やシェイクスピアと並んで英米人の教養の基礎となっているとも言われています。日本のオタクにとってもアニメやマンガの名言(迷言)のようなものでしょうか。

残酷なものやナンセンスなものが多いマザー・グースはミステリーでも好んで使われています。有名どころとしては「誰が殺したクック・ロビン」をモチーフとした連続殺人事件であるヴァン・ダインの「僧正殺人事件」や、「10人のインディアン」の歌詞通りに殺されてゆくアガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」なんかが知られていますね。どちらも読みましたが、ミステリー史に残る傑作ですね。

「誰が殺したクック・ロビン」の方は、40年近く連載されている魔夜峰央の「パタリロ!」でも「クックロビン音頭」として登場しています。こっちの方で先に知ったという人も多いかも知れません。

日本ではそれほど知られていないマザー・グースを日本で使うというのは色々と無理があるような気がしますが、そこを東野圭吾はなんとか辻褄をつけてやってみせたということで、クワトロ・バジーナ(シャア)なら「これが若さか…」と言うところですな。多分米英人はこんな風にマザー・グースを引用するんでしょう。

警察からは村政警部がやってきます。菜穂子は公一の死を自殺と断定されたことで警察に強い反感を持っていますが、さすがは東野圭吾、探偵小説でおうおうにしてある「有能な探偵の噛ませ犬である無能な警察」にはしていません。菜穂子達とは違うアプローチで犯行に迫ります。

で、犯人ですが…実は「こいつだろう」と思った人物は外れてしまいました。が、当たらずとも遠からずでした。テストなら△くらい貰えそう。どういうことだと思った人は読んでみて下さい。

実はこの一連の事件の前に、そもそもどうして各部屋にマザー・グースの歌入り壁掛けがあるのかという根本的な謎があり、これが前所有者の趣味でもなんでもなく、実は過去の事件を紐解く鍵となっていたのでした。これは直接犯罪性があると言っていいのかはわかりませんが、一連の事件の発端となったもので、最後の最後に解明されるのでした。恐らく今後ペンション『まざあぐうす』は営業されることはないんでしょうねえ。

菜穂子も当初公一の妹であるという正体を隠していましたが、登場人物の中にはその他にも正体を隠した人物が幾人かいて、その理由も解明されるのですが、様々な謎のちりばめ方が豪華そのものですが、それによって焦点がちょっとぶれてしまった感じもします。「これが(当時の東野圭吾の)若さか…」

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