つぎはぎプラネット:玄人向け?星新一最後のショートショート集

端唄の♪梅は咲いたか 桜はまだかいな♫といった季節ですね。花粉に加えて寒暖差が大きいので体調を崩しやすい頃です。送別会といったお酒を飲む機会も多いですし、お互い自愛しましょう。

本日は星新一の「つぎはぎプラネット」を紹介しましょう。今年は1997年に亡くなった星新一の没後20年にあたるんですよ。え!もうそんなに経ったの!?と驚くばかりですね。だからもう新作ショートショートを読むことは決死出来ないことのはずだったのですが…

「つぎはぎプラネット」は2013年9月1日に新潮文庫から刊行されました。星新一没後も2005年9月1日に単行本未収録作品を集めた「天国からの道」がやはり新潮文庫から刊行されていますが、さらに8年後に新刊が出るとは。未発表原稿が発見されたのか!?と思いきや、まずは文庫版裏表紙の内容紹介をご覧下さい。

同人誌、PR誌に書かれて以来、書籍に収録されないままとなっていた知られざる名ショートショート。日本人 火星へ行けば 火星人……「笑兎(ショート)」の雅号で作られた、奇想天外でシニカルなSF川柳・都々逸。子供のために書かれた、理系出身ならではのセンスが光る短編。入手困難な作品や書籍、文庫未収録の作品を集めた、ショートショートの神様のすべてが分かる、幻の作品集。

ということで未発表の新作はゼロですが、おそらく大半の人が知らなかった作品ばかりです。星新一の作家デビューは1949年。本格的に作品を発表し始めたのは1960年以降ですが、本作では作家駆け出し時代の60年代の作品が大半を占めています。

冒頭掲載のSF川柳・都々逸はそもそもショートショートではないのでまあ付録のようなものとして、なぜこれらの作品群が文庫未収録だったのかといえば、おそらくですが…

① 企業のPR用の作品は宣伝色が強すぎて単行本収録に適さなかった
② 児童雑誌用の作品は子供向けすぎて単行本収録に適さなかった
③ 日本SF大会用の作品はそもそも目的が違うので単行本収録に適さなかった
④ そもそも作品の出来が水準に達していなかった

などの理由があったのだろうと思いますが、1974年発表の「魅力的な噴霧器」なんかはなぜ単行本に収録されなかったのかが不思議なほどの完成度だと思います。色他にも々事情があったのでしょう。

筒井康隆の「腹立半分日記」を読んでも、駆け出し作家の頃は書きたいものを書けず、注文に応じてこなすのに忙殺される様子が窺われますが、星新一もおそらく60年代前半期というのは依頼が来れば何でも受けるという状況だったのでしょう。

SFというのは本来シニカルさやペシミスティックさを多分に含んだもので、星新一作品にもほろ苦い結末の作品は沢山あるのですが、本書では児童向け学習雑誌に書かれたものや、企業のPR誌に広告を兼ねて書かれた作品が多いので、そういった作品は基本的にブラックさが全くありません。星新一のショートショートを読み慣れた身からすると、ラストのどんでん返しが身上とも思えるのに、それが全くない作品ばかりが並んでいます。

なのでいつもの星新一作品を期待して読むとがっかりするかも知れません。間違っても星新一作品を読んだことがないという人が最初に手に取るべき作品ではないでしょう。星新一作品はあらかた読んだぞという人間が「ほう、こういう作品も書いていたのか…」と感慨に耽る、そういった作品集であろうと思います。

興味深いのは、未来生活を描いた作品群。「未来都市」「2000年の優雅なお正月」「オリンピック2064」「宇宙をかける100年後の夢」などですが、いずれもほぼ薔薇色の未来。後者2作品は2060年代を描いていますが、前者2作品は2000年を描いています。2000年って、もう我々にとっては過去なんですが、子供向けとはいえ、これらを読むと50年前の人々が思い描いた未来が垣間見えて非常に興味深いです。

風邪は過去のものになっていたり、ヘリコプターがタクシーになっていたり、火星に有人ロケットが到達していたりと、我々の科学がまだ実現できていないもののありますが、逆にスマホなどIT関連技術は現在の方が進んでいるかも知れません。未来というものを予測するのはSF作家をしても難しいのですね。

自動で食品を提供するテーブルとか、自動で着がえさせてくれるタンスなどは、面白いけど原材料補充とかメンテが大変だろうとか余計な心配をしてしまいます。子供向けのでせいか戦争とか犯罪といった暗い話題は一切なく、環境汚染も過密もない平和な世界が描かれています。星新一が期待したほど現実の人間は賢明ではなかったということか。当時こういった未来が来ると信じていた子供達には申し訳ないことですが…その子供達が作った未来が現在のこの世界だ、ということも出来ますなあ。こんなところでむやみにシニカルにならんでもいいんですが。

「宇宙をかける100年後の夢」はロケットによる火星への新婚旅行を描いていますが、ハネムーナーのために球形の個室をロケットの外に放出し、ロケットが鎖で引っ張っていくという描写には失礼ながら失笑を禁じ得ませんでした。個室くらい船内に作れんのか(笑)。鎖一本が命綱と思うとむしろ怖いと思うのですが。

ともあれ、私も子供時代からずいぶんと星新一のショートショートにはお世話になってきました。私にとってはSFの入門書であり、趣味としての読書の契機になった作品群の一つであることは疑いありません。文章の合間合間に挿入したショートショート作品は、全て読んできました。1001編書かれたというショートショートの7~8割位は読んでいると思います。

ショートショートのみならず、エッセイやノンフィクションも多数執筆した星新一ですが、賞には縁が薄く、「妄想銀行」が第21回日本推理作家協会賞を受賞したきりです。SFファンが選ぶ年間ベスト賞である星雲賞を一度も受賞していないというのも…。ショートショートが敷居を下げ、子供も含めた多くの人々に受け入れられた反面、文学的評価が伴わなくなっていったのかも知れません。正直私もSFに入門するならまず星新一のショートショートから、なんて思っていましたし。

個人的には星新一のショートショートと平行して、筒井康隆、光瀬龍、眉村卓あたりのいわゆるSFジュブナイル作品を読み耽ったことでSFにどっぷりと浸かりました。そしてその後大人向けのSF作品を読んだら、唐突に出てくるエロ描写に驚いたり喜んだりして別の意味ではまり込んだりして。眉村卓意外は長編では必ずといっていいほど最低一回はそういう場面が出てくるのですが、編集者から読者サービスとして強要されていたんでしょうか。それとも自主的なサービス?

そういえば星新一作品もエロい場面というのはお目に掛かった記憶がありません。眉村卓作品でさえ皆無という訳ではないので、もしかするとSF作家一“お堅い”のは星新一なのかも知れません。
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