1922:ひたすら暗い破滅の物語と“黒い”ハッピーエンドの物語

堀北真希が引退するそうです。美人女優を見られなくなるのは残念ですが、すぱっと辞めちゃうあたり、山口百恵を彷彿とさせますね。山口百恵も綺麗なだけでなく、陰のある感がするアイドルでしたが、堀北真希も思慮深さの中に陰を感じさせる美貌です。いや、何があるのか、何もないのか知りませんけど。離婚すりゃあ芸能界に復帰するだろうなんてダークな考え方をするのも一興でしょうが、私は彼女の幸せをお祈りしておきましょう。彼女の抜けた穴を埋めたい女優さんもたくさんいるでしょうし。

本日はスティーヴン・キングの「1922」を紹介しましょう。2010年に刊行された中編集「Full Dark,No Stars」をに収録された4本の中編を二分冊にしたもので、その片割れの「ビッグ・ドライバー」は以前(2016年12月10日)紹介(http://nocturnetsukubane.blog.fc2.com/blog-entry-1427.html)しております。

本書も2本の中編で構成されていますが、表題作「1922」が4分の3ほどを占めて「Full Dark,No Stars」収録の4本中最大のボリュームを誇る反面、「公正な取引」は最短の作品となっています。原題からしてお先真っ暗、希望がなさそうなですが、特に「1922」の暗さはただ事ではありません。反面「公正な取引」はブラックだけど見方を変えれば…という作品です。それでは例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

8年前、私は息子とともに妻を殺し、古井戸に捨てた。殺すことに迷いはなかった。しかし私と息子は、これをきっかけに底なしの破滅へと落下しはじめたのだ…罪悪のもたらす魂の地獄!恐怖の帝王がパワフルな筆致で圧倒する荒涼たる犯罪小説「1922」と、黒いユーモア満載の「公正な取引」を収録。巨匠の最新作品集。

まず「1922」です。真っ暗な作品ばかりの「Full Dark,No Stars」ですが、特に絶望的に暗くて救いのない作品。アメリカのほぼ中央にあるネブラスカ州の農夫である主人公ウィルフレッドは、妻と息子と3人でトウモロコシ畑や乳牛で生計を立てていましたが、妻が遺産として100エーカーの肥沃な農地を受け継いだことで状況が一変してしまいます。

棚ぼたで農夫の妻という単調な生活が嫌になった妻は、食肉加工工場を建てたい大企業に土地を売って都会に住みたいと考えます。ウィルフレッドはその農地もトウモロコシ畑にしたいし、そこに食肉加工工場が建っては迷惑この上ないので大反対しますが、妻は離婚や裁判をほのめかします。なにしろ妻の土地なので、裁判沙汰では勝ち目がないウィルフレッドは、息子のヘンリーを味方につけ(都会に言ったら隣家のガールフレンドともお別れだぞ)、妻殺害を計画します。

妻を殺し、失踪したことにして殺人の疑いを回避したウィルフレッドですが、罪を犯して無事では済みませんでした。実は「ビッグ・ドライバー」と「素晴らしき結婚生活」も女性が殺人を犯す話でしたが、全編暗い展開ながらも女性は罪を逃れます。一方妻殺しの夫は破滅するというのは男女差別のようにも見えますが、「ビッグ・ドライバー」の場合はレイプされて殺されかかった女性の復讐譚、「素晴らしき結婚生活」は夫殺しですが、その夫は実は連続殺人鬼で10回位死刑になっても仕方ないような輩でした。

一方「1922」の妻は下品だしいけ好かない感じはあるのですが、殺されるほどの悪行はしていません。でも頑固で家業に固執したウィルフレッドは息子を抱き込んで殺してしまう。1922年といえば90年以上前で日本でいえば大正11年。今とは価値観とか様々なものが違ったのかも知れませんが、さすがに夫に逆らう妻を殺してもオッケーとはなりません。

涸れ井戸に妻の遺体を投げ捨て、井戸を埋めてしまってやれやれと思ったのも束の間、妻の亡霊というか無残な死体につきまとわれるウィルフレッド。その使者は、遺体を食い荒らしていたネズミです。それとは別に、母殺しに精神を病んでいく息子は、中学生の身で隣家のガールフレンドを孕ませてしまいます。カンカンに怒る隣家の主人。娘を「過ちの子」を孕んだ女性を収容する施設(生まれた子供は養子に出す)に入れ、その費用の一部を請求してきます。やむなく払う気になるウィルフレッドですが、息子の愛は予想を超えていました。

銃を手に入れ、行く先々で強盗をする二人は「恋する強盗」を名乗って逃避行。映画「俺たちに明日はない」のモデルになったボニーとクライドみたいですが、年代的にはそれより10年位前の話となります。でも生没年的には同世代。

ボニーとクライドの如く、この「恋する強盗」も遂には命運尽きて二人とも死んでしまいます。ウィルフレッドはネズミの噛み傷で左手首を失い、隣家も妻が去って家庭崩壊。ウィルフレッドもあれほど執着した農場を手放すことになってしまいます。それでもつきまとうネズミと妻の影。8年後の1930年、最期を迎えたウィルフレッドの遺体の惨状は、「CHAOS:HEAD」や「CHAOS;CHILD」で言うところの「ニュージェネレーションの狂気」のようでした。警察は自殺と判断しますが、そうでないことは読者には明かで…。妻殺しのシーンの残忍さといい、その後の展開といい、全く救いのない暗黒小説ですが、平明なキングの文体でどんどん読んでいってしまいます。
「公正な取引」は、ある意味「Full Dark,No Stars」の中で一番明るい物語かもしれません。癌で死期も遠くない銀行員のデヴィッドは、ある日不思議な占い師に出会います。ジョージ・エルヴィッドと名乗る占い師はデヴィッドに悪魔じみた印象を与えます(エルヴィッド=ELVID→DEVIL)。

アメリカ版喪黒福造のようなエルヴィッドですが、喪黒福造なら、忠告するタブーを守ることを交換条件に客の願いを叶えるが、最終的には客が欲に溺れたり、自我に負けてタブーを破ってしまい、酷い目に遭うというオチになりますが、そこは資本主義の権化であるアメリカ。しっかり金を要求してきます。

エルヴィッドが言うには、彼は延長屋なんだそうです、何を延長させるかは依頼者の望み次第ですが、代償に魂などは望まず、替わりに年収の15%を毎年口座に振り込むことを要求します。ではと寿命の延長を望むデヴィッドですが、エルヴィッドが言うには金だけではなく、生贄が必要なんだそうです。つまり依頼者の「負」を消すことはできないので、代わりにその「負」を背負い込む者が必要だと。そこでエルヴィッドはデヴィッドに誰か憎む者はいないかと問います。デヴィッドが挙げたのは意外にも学生時代からの親友・トムの名でした。
その親友トムは学生時代から二枚目でスポーツのヒーローで、デヴィッドは勉強を手伝わされたり彼女をNTRされたりさんざんな目に遭っていました。銀行員になってから、デヴィッドはトムの無謀ともいえる事業に融資するため奔走しますが、それは実はトムを破滅させたいという黒い願望故でした。ですがトムは賭けに勝ち、今や大金持ち。息子娘も美男美女で成功への道まっしぐら。デヴィッドも別の女性と結婚して子供達がいますが、旗色は明らかにトムに優勢。
しかし、エルヴィッドと契約してから、一気に大逆転が起きます。あちことに転移していた癌は消え去り、娘も息子も成功への道を進み始めます。反面、知らない間にデヴィッドの「負」を背負い込まされたトムは、妻が癌で死に、子供達も相次ぐ不幸に見舞われ、事業まで破綻していきます。そばにいて、親友の不幸に同情し、励まし続けるデヴィッドですが、その不幸の元凶は自分であることは百も承知。
銀行員だけあって、毎年律儀に年収の15%を払い続けるデヴィッド。そのままデヴィッドにとってハッピーなままに物語は終わります。でもイマイチ読者を割り切れない気分にさせるのは、やはり罪を背負った幸せだからでしょうか。ま、デヴィッドにとっては復讐という暗い愉悦を含んだ幸せというだけかも知れませんが。
エルヴィッドによれば、寿命の延長と生贄の不幸は契約によるものですが、デヴィッドの家族が幸せになるかどうかはあくまで彼らの問題であって契約とは無関係だそうです。ということはデヴィッドの娘・息子の成功はあくまで彼らの努力の賜ということになります。でもデヴィッドが死んでいたら果たしてもたらされたかどうか判らないので、デヴィッドの生存と成功は大きな影響を与えていることでしょう。自分一人の力で成功したなんて思ったら大間違いで、何かが一つ狂っただけで全然違う人生が待っている…そんなことを思わせる作品でした。
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