旅のラゴス:人生は旅、旅は人生

昨日のプレミアムフライデー、いかがお過ごしでしょうか。てっきりお国の指示で3時で終業なのかと思ったら、自主的に有給休暇(時間休)を取れというショボい話で…。それなら自分の都合で休むっての。いっそ金曜日を半ドンにしてくれると嬉しいんですけど、自分の有給休暇使えって話だったらノーサンキューですね。

本日は筒井康隆の「旅のラゴス」を紹介します。筒井康隆というと、若い頃は貪るように読んだものですが、そのせいかドタバタ、エログロナンセンスといった黒い笑いのSF作品という印象が強いのですが、本作は全く違っていました。

そもそもそういった作品は作家としての経歴の初期の60~70年代のものが多く、80年代以降は前衛的な作品を発表しているんですよね。「虚構船団」とか「ロートレック荘事件」なんかを読んでいるので知らない訳でもなかったのですが。

そして断筆宣言(1993年)を経て断筆を解除した1996年以後はジュブナイル小説も復活させています。「愛のひだりがわ」はブログ記事にもしています(http://nocturnetsukubane.blog.fc2.com/blog-entry-71.html)。それでもドタバタ・ナンセンスというイメージを持ち続けているのですから、若い頃に持ったイメージの影響力というのはそれはそれは凄まじいものがありますね。

「旅のラゴス」は1986年9月に単行本が徳間書店から刊行され、1989年7月に徳間文庫から文庫版が刊行されています。また1994年3月には新潮文庫からも刊行されています。新潮文庫版が刊行されて以来、息の長いロングセラーとして読まれ続けてきた作品ですが、2014年初め頃から1年ほどで10万部を超える大増刷となったそうです。テレビで有名人が紹介したわけでも、新聞に大きな書評が掲載されたわけでもないですが、ネットで「面白かった小説」といったテーマの「まとめサイト」でよく見かけるようになったということで、ネットでの口コミということなのかも知れません。

私が手に取った図書館の文庫版も2015年8月発行の29刷なので、多分ネットで本書の存在を知った誰かがリクエストしたのでしょう。私もこれまで読んでいませんでしたし、特に注目もしていなかった作品なのですが、なるほど口コミどおりこれは当たりの作品ですね。例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

北から南へ、そして南から北へ。突然高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした「この世界」で、ひたすら旅を続ける男ラゴス。集団転移、壁抜けなどの体験を繰り返し、二度も奴隷の身に落とされながら、生涯をかけて旅をするラゴスの目的は何か?異空間と異時間がクロスする不思議な物語世界に人間の一生と文明の消長をかっちりと構築した爽快な連作長編。
まるで職業“旅人”なラゴスは、筒井作品の主人公として非常に理性的で真面目で、女性からモテまくるのですが、それも女たらしとかいうのではなく、好人物であるこということが周囲の人々にそこはかとなく感知されるが故のようです。だから男からも大体好意を持たれます。そんなラゴスが生まれ育った先進的な北部の都市から野蛮かつ治安の悪い南部に旅を続けていきます。
その過程で、ラゴスが旅するのがグループ全員がテレポートする「集団転移」、家畜と心を通わせる「同化」、その他予知能力、読心術などが当たり前の技術として存在する世界であることが明らかになっていきます。内容紹介に登場する「壁抜け」は、大道芸人ただ一人にしかできない技とされていますが、ラゴスも試しにやって成功しているので、しっかり体系化されれば誰でも出来るのかも知れません。
そういった超能力が存在する反面、文明レベルは現代以下、というか16、17世紀レベルなこの世界。途中で奴隷にされて7年もの間、銀鉱山で働かされたりしながら、なおも南へと向かうことを止めないラゴスの旅の目的は一体何か? 以後ネタバレになります。未読の方はご注意を。

ラゴスが目指したのは海を渡ってさらに南方の別の大陸にある「着地点」。そこは2000年以上前に宇宙を旅してきた先祖の宇宙船が着陸した場所でした。1000人いた乗組員は全員高度な技術の専門家でしたが、コンピューターやロボットの支援が必要な技術ばかりだったので、未開の地では継承することができず、その子孫達は遥かに後退した文明で拡散していくほかありませんでした。

ただし、宇宙船が運んできた各種の書物はポロという森の中の村の一隅の宇宙船の一部を使ったと見られるドームの中に集められ、散逸の処置を執られて保管されていました。学者達は誰でもここに来れば好きなだけ書物を読むことができますが、持ち出すことは禁じられているほか、危険極まりない旅をしなければならないので、知識の継承より書物の風化が先でないかと憂慮されているのでした。
ラゴスはここで15年以上を過ごして、書物を読み続けますが、その間にコーヒーの木が野生化して繁殖しているのを知ってコーヒーの作り方をポロの村に伝授し、村はそれを交易品とすることで繁栄していきます。ラゴスがドームに籠もっている間にポロは豊かになり、商人が大挙して訪れるほか、周辺からその繁栄ぶりを狙われるようになっていきます。

ラゴスの教示により大砲を備えて襲撃者を撃退するポロは遂に王国となり、ラゴスは王に据えられます。二人の妃に2人の王子、1人の王女を持ったラゴスは奴隷から王様までという、ドラゴンクエストⅤの主人公のような流転を経験しますが、ラゴスにとっては身分などどうでもいいものでした。
ラゴスは旧文明のエッセンスを羊皮紙に書き込み、王国を密かに出てそれを生まれ故郷である北部に伝えようとします。しかしその途中でまた奴隷に商人に捕らえられて奴隷にされ、せっかくの羊皮紙は愚かな奴隷商人によって散逸させられてしまいます。

しかし、奴隷売買のために連れて行かれたのはラゴスの一族が市長を務める北部の都市でした。しかも既に北部では奴隷制は廃止されていたという。時代錯誤な奴隷商人は哀れお縄となり、ラゴスは解放されて両親の元に戻ることができました。
そこで穏やかな暮らしができるかと思われましたが、ラゴスが伝える旧文明の知識は周辺のインテリ達の評判を呼び、あちこちにひっぱりだこになります。そしてあまりうだつがあがらず、「兄よりすぐれた弟など存在死しねえ!!」的な(ジャギ兄さんほどひどくはないですが)兄との不和や、幼馴染みでもある兄嫁が寄せる密かな愛情(プラトニックですが)などにより、故郷にして生家にも居づらくなっていくラゴス。

そんな時、世界中を旅したという画家が残した放浪記を読んだラゴスは、北にいるという「氷の女王」の挿絵に驚愕します。それは旅の初期、恋に落ちた遊牧民族の少女が成長した姿に他なりませんでした。その少女はラゴスを待っていましたが、強い読心力を持つが故に傷つきやすく、何かというと暴れて厄介者扱いされていた青年を見かねて結婚し、二人で集落を去ったという話でした。盗賊の頭になったという噂もありましたが、その後の消息は不明となっていました。
ラゴスは、「氷の女王」に会おうとして、今度は北へ北へと向かいます。既に70歳を超えたラゴス。少女もとっくにBBAを通り過ぎているはずですが、ラゴスのイメージは可憐な少女のまま。といって耄碌したとか痴呆症だとかいう訳ではありません。

「わたしは、そもそもがひとつ処にとどまっていられる人間ではなかった。だから旅を続けた。それ故にこそいろんな経験を重ねた。旅の目的はなんであってもよかったのかもしれない。たとえ死であってもだ。人生とおなじようにね」というラゴス。吹雪の中に踏み出すラゴスのシーンで物語は終わり、ラゴスは果たして氷の女王に会えたのかどうかわかりませんが、きっと会えたんじゃないかと思います。そこは天国かも知れませんが。

これは「パプリカ」のように、劇場アニメ化とかありじゃないでしょうかね。というか是非制作して貰いたいです。世界各地の奇妙な光景、奇妙な人々。そしてラゴスが出会ういろいろな美女達……きっと絵になると思うんですよね。
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