聖女の救済:ガリレオが敗北を覚悟した執念の“完全犯罪”は崩せるか?

“冬至冬中冬はじめ”てなことを言いまして、冬はこれからが本番なんですが、今週は暖かくて助かっています。まるで秋が戻ってきたかのようですが、11月にやたら寒い日があったので、差し引きゼロというところでしょうか。
本日は東野圭吾の「聖女の救済」を紹介しましょう。「ガリレオ」の異名を持つ物理学者で帝都大学准教授の湯川学を主人公とした「ガリレオシリーズ」の第五弾です。2008年10月24日に単行本が文藝春秋社から刊行され、2012年4月10日に文春文庫版が刊行されました。ガリレオシリーズは短編が多いのですが、本作は直木賞受賞作「容疑者Xの献身」に続く長編となっています。

資産家の男が自宅で毒殺された。毒物混入方法は不明、男から一方的に離婚を切り出されていた妻には鉄壁のアリバイがあった。難航する捜査のさなか、草薙刑事が美貌の妻に魅かれていることを察した内海刑事は、独断でガリレオこと湯川学に協力を依頼するが…。驚愕のトリックで世界を揺るがせた、東野ミステリー屈指の傑作!
IT社長の真柴義孝はその孤独な出生故か、自分の子供を持つことに非常な執着を持っており、子供を持つことこそを最優先のライフプランにしていました。パッチワーク作家として高名な妻綾音との1年間の結婚生活で子供はできず、期限を間近に控え、義孝は結婚前の約束どおり離婚を言い渡します。

実は綾音の助手である若山宏美と義孝は交際を開始しており、宏美は妊娠していたのでした。離婚を言い渡された綾音は北海道の実家に帰りますが、その間に義孝は亜ヒ酸で毒殺されてしまいました。
容疑者としては極限られた人物しかいない中、義孝の子を妊娠していた宏美には殺害の動機がなく、動機がある綾音は殺害時に北海道にいたことが確定しており、実行は不可能。毒はいかにして使用されたのか?

湯川の友人で警視庁捜査一課の草薙刑事は綾音の美貌に魅了され、綾音以外の容疑者の発見を優先していきます。一方前作「ガリレオの苦悩」から登場した女刑事内海薫(柴咲コウが演じたテレビドラマシリーズオリジナルキャラが小説に逆輸入されたもの)は動機から綾音の犯行と睨みますが、犯行方法は皆目検討が付きません。
綾音が何らかの方法で離れた場所から義孝を毒殺したと考える薫は、そのトリックを解明するために単独で湯川に協力を要請します。当初は消極的だった湯川は、草薙が容疑者に恋をしていると聞いて俄然興味を持って捜査に協力しますが、ケトルにゼラチンで固めた亜ヒ酸を入れたのではないかという仮説は実験してもうまくいかず、トリック解明は大苦戦します。

湯川が導き出した答えは「虚数解」。理論上はあり得ても、現実にはありえないという実に奇妙な答えでした。湯川をして「おそらく君たちは負ける。僕も勝てない。これは完全犯罪だ」と言わしめた驚愕のトリックは?
一方、綾音以外の容疑者を求め続ける草薙は、義孝の過去の女性関係を徹底して洗い出します。そこに浮かんできた元カノの絵本作家の女性。しかし彼女は2年前に自殺していました。容疑者ではあり得ない彼女は、しかし亜ヒ酸を飲んで自殺していたのでした。同じ毒物が使われたのは果たして偶然なのか?

確かにこのトリックは驚きです。殺害を計画するのではなく、命を救い続けるのを停めたという逆転の発想にも驚きますが、その状態をキープし続けた執念が怖いです。
被害者の義孝は、「妻は子供を産んでこそその意味を持つ」という極めて偏った価値観の持ち主で、色々とこだわりの多い鬱陶しい人物に思えますが、なぜに次々と女にモテるのか。世の中か間違っている!殺されて当然だ!なんて思ってしまいますが、漁色家とはいえ二股はかけないというポリシーは持っていたそうで、子供が出来なければ別れて他の女性に行くということを繰り返していたようです。

世の中には望まないのにすぐにできちゃう人もいれば、必死に妊活しても妊娠しない人がいるという不条理。義孝の理想は子供最優先故に「できちゃった婚」だったそうです。だったら妾とか愛人とかたくさん持ってとにかく数打ちゃ当たったんじゃないかと思うんですがねえ。とにかく子供は欲しいくせに一夫一婦制は守ろうとするのが無理があるような。
まあどんなに奇妙であってもポリシーはその人の自由なのでいいっちゃあいいのですが、二股はかけないとしながら、綾音と離婚する前に宏美とできちゃった(色んな意味で)というのはそのポリシーに反するのではないかいな。綾音にしてみれば目を掛けていた助手に夫をNTRされちゃったようなもので、激おこプンプン丸になっても当然かと思われます。

恋は盲目といいますが、綾音の無実を晴らそうとしつつも、事件の真相をつかむため、刑事としての立場を全うした草薙は立派でした。でも刑事として生きなければ愛に生きられたかもしれないのになあ。
なお、東野圭吾は当初湯川学を佐野史郎をイメージして作ったそうですが、テレビシリーズでは福山雅治が演じ、しかもハマリ役だったため、途中からは福山雅治でイメージするようになったそうです。そのせいか、内海薫はiPodで福山雅治のアルバムを聞いたりしています。メタだメタだ。
「聖女の救済」はフジテレビのテレビドラマ「ガリレオ」第2シーズン(2013年)の最終章として前後編で放映されました。当然私は見ていません(いばるな)が、美貌の綾音役は天海祐希が演じています。テレビドラマ版には内海薫のほかに吉高由里子演じる岸谷警部補というキャラがいて、入庁2年目で警部補に登り詰めたキャリア刑事ということになっていますが、本当のキャリアは入庁時に警部補ですぐに警部に昇進するらしいので、設定がちょっとおかしいような。濱嘉之に監修してもらえばいいのに。

天海祐希は確かに美人ですが、宝塚では男役トップスターだったせいか、個人的には全然そそられません。同僚とか部下とか上司としては、さばさばしていて良さそうに思いますが、恋愛が考えられない。まああっちだってアウトオブ眼中だろうから、そもそも関わりすら持てないので考える必要もないのでしょうけど。
しかしガリレオ湯川すら窮地に追い込む猛者としては適役なんじゃないかと思ったりします。こう書いてしまうとネタバレになってしまいますが、本作は犯人が誰かが問題なのではなく、トリックとか動機が問題なので構わないでしょう。そんなクズ男にどうしてそこまで執着するんだと言いたいのですが…蓼食う虫も好き好きという奴なんでしょうかねえ……。金か?結局は金なのか!?
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