娘は娘:一卵性母娘の“愛と憎悪”を描いたクリスティの名作

神戸ルミナリエ2016

 まるで11月のような穏やかな一日でした。12月はもうちょっと寒くてもええんやで…と言いたくなりますが、11月が結構寒かったのでこれもまたありでしょう。12月は恒例のライトアップ画像になりますが、早いところでは11月から始めてますね。クリスマスと直接関係ないといえばそうなんですが、でもネタはクリスマスであることが多いようです。

娘は娘 

 本日はアガサ・クリスティの「娘は娘」を紹介します。これは傑作でしょう。クリスティを取り上げるのはもしや今回が初めて?図書館にあったクリスティものはブログ開始前にガンガン読んでしまってましたからね。

アガサ・クリスティ 

 アガサ・クリスティはフルネームがアガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティ(Dame Agatha Mary Clarissa Christie)。生没は1890年9月15日~1976年1月12日で、イギリス生まれの推理作家です。名探偵エルキュール・ポワロ、ミス・マープルを中心とする推理小説の多くは世界的にベストセラーとなっており、「ミステリーの女王」と呼ばれています。

少女時代のアガサ

 いわゆる欧米で言うところの中産階級出身で、三人兄弟の末っ子でしたが年齢が離れていたので幼少期に共に過ごす機会は少なかったようです。父フレデリックは事業家でしたが商才に乏しく、祖父の残した遺産を投資家に預けて、働かずに暮らしていたそうです。節子それ事業家と違う、高等遊民や!でも羨ましい。。母クララは父の従妹で、少々変わった価値観を持つ「変わり者」として知られていたそうですが、夫には生涯愛され続け、アガサも母を尊敬し続けたそうです。

エルキュール・ポアロ 

 「7歳になるまでは字が書けない方が良い」として字を教わらなかったり、同年代の子供がパブリックスクールで教育を受ける間、学校に入ることを許されなかったりと、クララはかなり奇妙な信念を持っていましたが、アガサは父の書斎で様々な書籍を読みふけって過ごして幅広い知識を得て、教養を養うことが出来たほか、一家が短期間フランスに移住した時、礼儀作法を教える学校に入って演劇や音楽を学んだりしたそうで、正規の教育を受ける機会はなかったものの、アガサ自身は自らが受けた教育について誇りを持っていたそうです。

ミス・マープル 

 第一次世界大戦中は薬剤師の助手として奉仕活動に従事し、終戦後の1920年に「スタイルズ荘の怪事件」で推理作家としてデビューしました。85歳で亡くなるまで長編小説66作、中短編を156作、戯曲15作、他名義の作品6作などを執筆しました。「アクロイド殺し」(1926年)、「オリエント急行の殺人」(1934年)、「ABC殺人事件」(1936年)、「そして誰もいなくなった」(1939年)等は特に名高く、世紀をまたいで版を重ねています。いや~、それらは全部読みましたね。

 アクロイド殺し

 ファンが作る「アガサ・クリスティ協会」によると、彼女の作品は全世界で10億部以上出版されており、聖書とシェイクスピアの次によく読まれているという説もあるとか。ユネスコの文化統計年鑑(1993年)では「最高頻度で翻訳された著者」のトップに位置しているほか、ギネスブックでは「史上最高のベストセラー作家」に認定されています。

 オリエント急行の殺人

 他名義の作品があると書きましたが、メアリ・ウェストマコット (Mary Westmacott) 名義の小説が6作品あります。クリスティと言えばミステリーという定評が確立した中、殺人事件の起きない小説をクリスティ名義で刊行しては読者が混乱するだろうという配慮によるもので、「愛の小説シリーズ」というロマンス小説をこの名義で発表していますが、日本では最初からアガサ・クリスティー名義で翻訳されています。

ABC殺人事件 

 今日紹介する「娘は娘」は1952年発表のシリーズ第5作です。シリーズ第3作「春にして君を離れ」(1944年)と最終作「愛の重さ」(1956年)と共に三部作を成すとも言われています。殺人とか大事件は一切起きませんが、心理の動きと真相に迫る様子は、サスペンスといっていいほどだと思います。

そして誰もいなくなった

 「春にして君を離れ」は、良妻賢母を自認する中年女性が、鉄道の事故で砂漠にしばらく滞在するはめになり、何もすることがないままに自省考察モードに入り、それまでの親子関係、夫婦の愛情に疑問を抱きはじめるという作品です。

愛の重さ 

 「愛の重さ」は未読ですが、姉妹の愛憎を描いた作品だそうです。図書館で見つけたらぜひ読みたいですね。そして「娘は娘」は、タイトルどおり母と娘の愛憎劇ということになりましょう。まずは文庫本裏表紙の内容紹介です。

ロンドン2016その1 

 若くして夫と死別したアンは愛情を注いで一人娘セアラを育ててきた。だが再婚問題を機に二人の関係に亀裂が。貞淑だった母は享楽的な生活を送るようになり、誤った結婚を選択した娘は麻薬と官能に溺れていく。深い愛情で結ばれていた母娘に何が起きたのか? 微妙な女性心理を繊細に描く。

春にして君を離れ 

 「春にして君を離れ」もそうでしたが、メアリ・ウェストマコット名義の作品は非常に繊細に女性心理を描いています。元の文章が平易なのか、翻訳した中村妙子が達者なのか、その微妙な表現がとっても判りやすく綴られており、翻訳ものにしてはとても読みやすいです。読みやすいから深みがないかといえば、決してそんなことはないし。
 
秒速のDVDパッケージ 

 ちょうど新海誠の(今では「君の名は。」で知られていますが)「秒速5センチメートル」が、特に大きな事件もなく、誰も死んだりする訳でもないのに、一部の視聴者の記憶の底に眠っていた心の傷を疼かせるように、「春にして君を離れ」や「娘は娘」は、自分でも、ある行動の背後にある、自分でも意識していない「心の襞」に潜んだ感情を、何気ない会話や行動からあぶり出してくるのです。

ロンドン2016その2
 
 夫が若くして死に、その後16年間を娘のセアラと過ごしてきたアン。まだ40歳を超えたばかりで瑞々しさを失っていませんが、セアラの成長を楽しみに生きてきました。セアラは亡夫に似たのか非常に活発で自己中心的なところがありますが、もちろんアンを深く愛していました。

ロンドンナイトライフその1

 そのセアラが3週間の予定でスイスにスキーに行き、久しぶりに自分だけの生活を取り戻した時、アンはリチャードという男性と出会って恋に落ちます。ビビビと来たという奴ですね。リチャードも若い頃妻を亡くしていてやもめ暮らしで、英国を出てビルマに行っていたのが帰国したばかりだそうです。

ロンドンのパブ 

 短期間で結婚の約束まで行ってしまう二人。セアラがいない間に何もかも決めてしまっていいのかと懸念するアンですが、婚約を知らせる手紙にスイスのホテルの住所をちゃんと書かずに投函したことで、セアラの帰国まで知らせることはできませんでした。

ロンドンの公園 

 帰国したセアラはアンの再婚話にびっくり仰天。しかし再婚自体は反対ではなく、これまでの知り合いの誰かかと思いきや、全く知らなかったリチャードだということで二度びっくり。しかも二人の相性は最悪でした。女性の扱いを知らないリチャードと男性の上に君臨したいタイプのセアラはなにかにつけ激突することになります。

ロンドンの公園その2 

 二人きりのラブラブな雰囲気はどこへやら、愛する二人の抗争におろおろするばかりのアン。リチャードは優柔不断なアンの態度にも腹を立てるようになり、三人一緒ではとても暮らせないということで、セアラを自立させようとします。セアラももう19歳だから、先立つものさえ保証してやれば大丈夫だろうと。

ロンドン中産階級のイメージその1 

 しかし、セアラからすれば母を奪い取られるようなものに感じ、リチャードは母に似つかわしくないと確信しているので、子供のように泣きじゃくってアンに家から出さないでと懇願します。進退窮まったアンは泣き叫ぶセアラを見捨てることができず、ついにリチャードが去ることになります。

ロンドン社交界のイメージその2 

 そして2年後、人が変わったように毎夜遊び歩くようになったアン。髪型も服も化粧も派手になり、調度品もすっかり派手になってしまいます。そんなアンの変わりように懸念を持ちながらも、若いセアラは大金持ちのロレンソと出会います。バツ3で、悪い噂が絶えないロレンスですが、悪魔的な魅力に惹かれていくセアラ。アンに相談しますが、自分自身で決めることだと優しく、でも突き放すアン。

ウエストミンスター寺院 

 実はアンにはジェリーという昔からのボーイフレンドがいるのですが、彼は英国に見切りをつけて一旗上げるためにアフリカに旅立ったのです。ジェリーについてはアンは以前から良く思っておらず、アフリカに行ったことで縁が切れたと喜んでいました。ロレンスとの結婚を思い悩んでいたところに届いたジェリーの手紙は、アフリカでの事業失敗の知らせでした。そしてそのショックもあってついにセアラはロレンスと…

バッキンガム宮殿 

 次第にはっきりしてくるのは、アンとセアラの互いに対する愛と憎しみ。アンはリチャードとの再婚をセアラがぶちこわしたことで、セアラのために自分の幸せを犠牲にしたと思っています。そしてロレンスと結婚することは不幸になるばかりだと判っていて、あえてセアラの行動を放置するアン。セアラはなぜ止めてくれなかったと怒るのですが、それは自分がリチャードとの再婚話を壊した報復だったと知って愕然とします。もっともお互いに自分の真意というものに気づくのは、本当に激突して怒りに任せて本音をぶちまけ合った時なのですが。

ロンドンのアフタヌーンティー 

 本作には二人、印象的な人物が登場します。まずはアンの娘時代からいたメイドであるイーディス。メイドらしからぬ小言を言い放ち、諺や、たくさんいる自分の親戚に起きた出来事を引用してはアンとセアラにしばしば警告をするのですが、基本的に使用人という分をわきまえているので、二人を心配しながらも差し出たマネはしません。なんとなくあまり頭の良くない(失礼)ミス・マープルという印象を受けます。

ロンドン塔 

 もう一人はローラ。ずいぶんと年上のアンの友人で、セアラの名付け親(ゴッドマザー)でもあります。著述家にして講演家で、海外にも出かけ、その社会的貢献からナイト(勲爵士)に叙せられて、男性で言う「サー(Sir)」の称号に等しい「デーム(Dame)」の称号を持っています。この人も人の人生に干渉することを好まず、アンやセアラを冷静な目で見て警句は発するのですが、二人ともそれに気づかない(あるいは気づかないふり)をしてしまいます。

ロンドン国会議事堂 

 結局のところ、カナダでもう一旗あげようとするジェリーがセアラを目覚めさせ、二人でカナダに向かうことになります。その前に大衝突をしてそれぞれの気持ちを理解し合ったアンとセアラは、どちらも相手に合わせる顔がないと思っていますが、最後の最後に使用人の分を超えたイーディスからの懇願により、ローラがポリシーを破ってアンに干渉します。これによりようやくお互いを許し合うアンとセアラ。大団円という感じではあるのですが…

大英博物館 

 おっさんの視点からすると、アンがのぼせたリチャードも、セアラが選んだジェリーも「なんだかなあ…」という男です。リチャードは常に上から目線で小娘一人手なずけられない不器用者です。ジェリーはいつも不平不満の塊で、仕事が長続きしません。叔父の会社で働いていたのにあっさりやめて、やったこともないオレンジ栽培をアフリカでやってみようとする、なんというか…意識高い系なんですよね。

ロンドン近衛兵 

 アンはリチャードと結婚したら幸せだったかも知れない。セアラはジェリーとカナダで幸せになるかもしれない。ですが…確かにアンとリチャードはうまくいったかも知れませんが、もはやそれは過去の話で二度と叶わぬこと。そしてジェリーとセアラの幸せは未来のことですが、本当にうまくいくのかなあ?ジェリーは何をやっても上手くいかない人で、傍らにセアラがいればと思っていますが、金持ちの暮らしに慣れたセアラはいつまで貧乏暮らしに耐えられるのか。愛があれば…なんて言いますが、本当の貧乏を知っているのかなあ?

テートギャラリー 

 それにしても思うのは、欧州の中産階級というか中流というのはお金持ちなんだなあということです。アンは働いている様子がないし、セアラはアルバイト程度のようですが、一人とはいえメイドを置いて優雅に暮らせるんですから。アンの亡夫がそれなりのものを残したのかもと思いましたが、ごく若い頃に死んでいるのでそれはなさそうです。つまりアンが両親から受け継いだ遺産がかなりのものだということなんでしょうね。いいなあ、優雅に暮らせて。

終わりなき夜に生まれつく 

 クリスティの作品は傑作揃いですが、個人的にこれまで読んだクリスティ作品のベスト3は「春にし君を離れ」「終わりなき夜に生まれつく」そして「娘は娘」です。「終わりなき夜に生まれつく」は、ミステリーとしては評価が高くなのですが、これはむしろサスペンスとかホラーとして読むべきなんではないかと。クリスティ自選のベスト10に入っていますし。

ロンドンの公園のリス 

 ミステリー作家として超一級なだけでなく、人間とか人生、運命とか業といったものに深い洞察と示唆を含んだ作品を描いているところがクリスティの凄いところだと思います。しかも平易で読みやすいときていて、世界でベストセラーになっているのもむべなるかなです。
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