誰か-Somebody:やっぱり羨ましいぞ、杉村さん

誰か 文春文庫版
 
 突如来た秋を満喫していますか?しかし明日は関東地方暑くなるようで、30度を超えてしまいそうです。夏の残党がデラーズフリーとの如く茨の園から出てくるというのでしょうか? 

ソロモンよ私は帰ってきたっ!

 いや、帰ってこなくていいし。そもそも夏に掲げるような理想があるかいっ!

なまくらと申したか

 いいえ言ってません。今年の夏はそりゃあもう十分に強うございました。岩本虎眼先生の如きです。

狂気の岩本虎眼先生

 虎眼先生、それは恐すぎです。

 それはさておき、今日は、先日図書館で借りてきた宮部みゆきの「誰か-Somedoby」をご紹介します。

 私が図書館で見かける未読の本のうち著者名だけで、内容をチェックせずに見つけ次第借りてくるというのは、今のところ東野圭吾と宮部みゆきの二人だけです。私個人にとっては、これまで読んできた作品群に対する評価がそれだけ高いということです。

 あらすじについては、Amazonの内容紹介を一部修正して引用させていただくと、

 杉村三郎35歳、妻子持ちのサラリーマン。妻の父親は大財閥「今多コンツェルン」会長で、三郎は会長室直属のグループ広報室で記者兼編集者として働いている。妻の実母(故人)は嘉親の正妻ではなく、三郎も後継者として婿入りしたわけではないが、「逆玉の輿」であることに変わりはなかった。

 ある日三郎は義父から妙な依頼を受ける。義父の個人運転手を長年務めてきた梶田信夫が自転車に轢き逃げされて命を落とし、残された二人の娘が父親の想い出を本にしたがっているので、編集者として相談に乗ってやって欲しいというのだ。姉妹に会うと、妹の梨子は本を出すことによって、犯人を見つけるきっかけにしたいと意気込んでいるが、結婚を間近に控えて父を失った姉の聡美は、そう上手くいくはずがないと出版に反対しており、結婚の延期も考えていることがわかる。

 ところが、聡美が反対する真の理由は別にあった。運転手になる前の父は職を転々とし、よくない仲間とも付き合いがあったらしい。聡美が4歳の時、彼女は『誘拐』され、怖い思いを味わった。そのあと一家は玩具会社をやめ、タクシー運転手となるまで再び不安定な暮らしを余儀なくされた。そんな父の人生を梨子に知られたくない――と。

 さらに聡美は、父の過去の悪い縁が今も切れておらず、「あれは偶然に起こった轢き逃げなんかじゃなくて、父は狙われていた。そして殺されたんじゃないかと思うんです」と訴えるのだった。三郎は、姉妹のそんな相反する思いに突き動かされるように、梶田の人生をたどり直し始めた……。

 といったところです。過去の犯罪の真相を解明するという話は、アガサ・クリスティの「五匹の子豚」や「象は忘れない」を彷彿とさせます。どちらも依頼人が幼少の頃に起きた事件の真相に名探偵ポアロが迫るというものでした。これらの作品でポアロは、「過去に起きた事件は長い影を引く」ということを主張します。事件は事件の発生した時点に留まらず、残された人々の先々の人生にも大きな影響を与えるということですが、確かに梶田姉妹の姉・聡美の性格には過去の『誘拐』事件は大きな影を落としているようです。

 しかし、死亡した父親の過去はこの物語の本筋にはなりません。死亡した原因も少年による純粋な交通事故で、警察の動きが鈍いように思われたのも容疑者を特定していたものの、少年なので人権に配慮して自主的に出頭してくるのを待っていたということで、事件そのもののも故意によるものではありませんでした。杉村さんが素人探偵(しかも探偵としての才能は明らかにない)として探った父親の過去も、何もなかった訳ではなく、犯罪行為だといえばそう言えることはしていたのですが、動機は義憤とか善意によるものでしたし、とっくに時効も成立しており、怨恨などを買う要素もありませんでした。つまり聡美が危惧したようなことはなに一つなかったのです。

 ですが、杉村さんは別な秘密を知ることになってしまいます。それは過去ではなく、まさしく現在進行形の事実なのです。犯罪とは言い切れないでしょうが、暴露されれば単にみっともないという以上に世間から後ろ指を指されかねない事実です。それが発覚してからのある登場人物達の「真の姿」のあさまさしさにはあきれかえるばかりです。そればかりではなく、誰にも知られたくない秘密を知られた杉村さんに対し、急所を突くようなというか一番言われたくないような罵声を浴びせる訳です。曰く「奥さんが妾の娘なら、杉村さんは男妾じゃない!」。曰く「あいにくあんたみたいに、愛情なんて厄介なものを抜きにして、これと狙いを付けた有利な結婚相手を確実に射落とすような根性がないんです。もっともっと生身なもんでね。」(一部省略しています)。

 これらの罵声は、財閥の娘(非嫡子)と結婚して「逆玉」に乗った杉村さんについて、周囲は本当はどう思っているのかを改めて浮き彫りにするものでもあります。事件とは関係ない杉村さんの周囲の人物達も、心の奥底では同様な気持ちを抱いている可能性があります。

 実際杉村さんの妻・菜穂子さんは生涯お金に苦労することのない生活が保障されていますし、二人の娘の桃子ちゃんも同様なのです。美しくてお金持ちの女性を上手いこと騙して何一つ不自由のない生活を手に入れた男であると、周囲が見るのは間違いではありません。

 しかし実際は、周到に準備して取り入ったわけではなく、菜穂子さんの正体を知らないままにある出来事を切っ掛けに普通に恋愛関係になったわけだし、その後も杉村さんとしては菜穂子さんとの恋愛を成就させるために様々な譲歩をした訳です。自分の親や兄弟すらが「別の世界に行ってしまった」と考えている生活は、結構苦労も多そうです。何しろ周囲のねたみややっかみも一身に受けることになるし、経営に参画することは絶対にない(婚外子の夫だし、義父には嫡出の息子が二人おり、息子達の一族が継承していくことは既定事実)判明、グループ企業に所属しているので親しい友人もできず(義父に直結するゲシュタポとかスパイ扱いされるので)、寄ってくるのは阿諛追従の輩とか何か利を得ようとする連中ばかりです。

 それでも杉村さんがうらやましいのは、菜穂子さんが病弱ながら美しく優しく、娘の桃子ちゃんが実に可愛らしいことと、家族の中には本当な愛情が存在していることでしょう。打算とか戦略ではなく、人と人として惹かれ合って結婚したのだから当たり前かも知れませんが、その幸せは「ふとしたことで崩壊してしまうのではないか」と常に恐れているほどで、まさに「幸せすぎて恐い」といったところでしょう。

 杉村さんが、ああした罵声を受けても怒らないのは、それが実際には的外れであるからでしょう。人が本当に怒るのは、自分でも本当はそうであると思っている事実を指摘された時なのです。

 そういう訳で、事件の究明とはあまり関係ないところで杉村さんは嫁や娘と睦み合ったり高級レストランで食事したりカラオケに行ったりしている訳ですが、そういう場面が余計だと感じないのは、杉村さんの置かれた立場や状況を説明するために必要だということの他にも、杉村さんがこの結婚によって得たもの失ったものを比較して、彼は十分満足しているのだということを明らかにしているからだと思うのです。それにしてもうらやましいぞ杉村さん。ほんのちょっとでも今の生活が嫌になったのなら、いつでも変わりますから。

 言葉に「蝮のような毒」を持っていたという杉村さんのお母さんの台詞

「男と女はね、くっついていると、そのうち品性まで似てくるものなんだよ。だから、付き合う相手はよく選ばなくちゃいけないんだ」

「人間てのは、誰だってね、相手がいちばん言われたくないと思っていることを言う口を持ってるんだ。どんなバカでも、その狙いだけは、そりゃあもう正確なもんなんだから」

は本当に胸に染みます。他山の石にしたいですね。

 杉村さんの場合はお互いにくっつく相手が良かったわけで、おかげで「いちばん言われたくないと思っていること」を投げつけられても耐えることができたわけですね。ああこんな奥さん欲しい。ミヤベセンセ、小説なんで、せめて杉村さん一家はずっと幸せにしておいてあげて下さい。辛い話は「模倣犯」でもう十分ですから。
 
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No title

私は新聞連載で杉村シリーズ最終作「ペテロの葬列」をつい先日まで読んでいたのですが・・・・

杉村さんにもそんな幸せな家族関係があったのか!と。
「ペテロ」の彼は不憫で仕方ありませんでした。

しかし、はじめてタブレットで投稿しましたが、仮想キーボードは使いにくいなあ・・・・

Re: No title

こんにちは、いらっしゃい。

え、新作では幸せではないのですか?何てこったい。職場とか周囲の問題が厳しいというだけなら、家に帰れば癒やしもあると思うのですが。家庭の方がどうかなっているとしたら辛いですね。

本作が「模倣犯」の後最初の現代小説だったそうで、ミヤベセンセもちょっと癒やしが欲しかったのかも知れませんね。「模倣犯」とか、「永遠の仔」(天童荒太)とか、「疾走」(重松清)とかは、読み続けられますけど読めば読むほど辛くなる小説でした。

No title

「ペテロの葬列」を読む限りでは、杉村夫人はただただやな女で。
いくらお嬢様でもこういう女性は奥さんに欲しくはないなあ、と。
そんな展開でした。
私は宮部作品をこの作品以外に全く読んでいないので、つい最近まで「杉村シリーズ」なんて物があることも知りませんでしたが。作品中の人間関係が説明不足な訳だ。

義父はいい男なんですけどね。閣下も。

Re: No title

こんばんは、いらっしゃい。

そうなんですか?あの菜穂子さんが!?

「誰か」から何年後のことなんでしょうね。「誰か」では娘の桃子ちゃんが4歳なんですが。この子に何かあったとすると「変貌」の理由として納得なんですが(何かあって欲しくはないですが)。

多分「名もなき毒」が二作目で、「誰か」の解説によると三部作にする意向だということで、「ペテロの葬列」で完結かも知れませんね。
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