今日からワーキングプアになった:ひたすらガクブルな「他山の石」

私が一年で一番好きな11月がやってきました。何が好きって、なんにもイベントがないところがいいですよね。七五山とかボジョレー・ヌーヴォー解禁とかはまあ大したことないですし、気候も比較的穏やかだしまだそれほど寒くないし。

本日は増田明利の「今日からワーキングプアになった」を紹介しましょう。サブタイトルは「底辺労働にあえぐ34人の素顔」です。一億総中流と言われた日本。いつのまにか変わったのか、それとも最初から単なる幻想だったのか。

増田明利は1961年生まれで80年都立中野工業高校卒。ルポライターとして取材活動を続けながら不動産管理会社に勤務しています。96年に「壊れかけの高校生」で作家デビューしました。

03年からホームレス支援者、NPO関係者と交流を持ち、長引く不況の現実や深刻な格差社会の現状を知り、声なき彼らの代弁者たらんと取材を行っています。

08年の「今日、ホームレスになった 平成格差社会編」が20万部のベストセラーになりました。近著に「今日からワーキングプアになった」ね「仕事がない! 求職中36人の叫び」(平凡社)などがあります。「仕事がない!」は 吾妻ひでおが表紙を書いていますね。

「今日からワーキングプアになった」は2015年10月5日彩図社から刊行。裏表紙が目次になっていて内容紹介がないので、今回はAmazonの内容紹介です。

累計40万部突破のベストセラー「今日、ホームレスになった」シリーズの著者が取材対象に選んだのは「ワーキングプア」。
正社員でも生活できない人たち、突然の失業で追い込まれた人たち、女性ワーキングプアの実態、底辺労働に希望が見いだせない若者たちなど、現代社会のいびつな構造を明らかにするノンフィクション。

ということで、作者が34人のワーキングプアな人々に取材して、その主張を収録しています。特に作者の思想・主張といったバイアスがかかっていないので、描写は淡々としていますが、シビアでリアルな現実を見せつけられる思いがします。

正社員なのにブラックな企業のせいで低所得に喘ぐ人達、会社が倒産して派遣労働者やパートやアルバイトに“堕ちた”人達…。ダブルワークや夫婦でアルバイト・パートにいそしんで現在の生活を維持する人がいれば、正社員→派遣→日雇い→ホームレスと、とことん堕ちてしまった人あり。そうなるにあたっては、その人自身に何らかの原因・理由がないとはいえませんが、「最初に入った会社が健在なら…」という嘆きを聞くと、本当に運次第なのかなあとも思ってしまいます。バブルの頃はそれなりに羽振りが良かった人もいて、一瞬先は闇と言わざるを得ませんね。

08年のリーマン・ショックからの世界的金融危機と、11年の東日本大震災が日本の経済に大きな影響を与えたことが読み取れます。リーマン・ショックに関しては、日本は長引く不景気からサブプライムローン関連債権などにはあまり手を出していなかったため、直接的な影響は当初は軽微でしたが、世界的な経済の冷え込みから消費の落ち込み、金融不安により急速なドル安が進んだことで、米国市場への依存が強かった輸出産業から大きなダメージが広がり、日本経済も大幅な景気後退に繋がっていきました。東日本大震災についてはもはや言うまでもないでしょう。

「おわりに」で作者は、政府や自治体の無策を糾弾するでも、政治運動を煽るでもなく、中流以上のポジションにいて本書を読んでも「ほーん」と危機感が希薄であろう人達が危ないと警告しています。管理職として働き、平均以上の収入を得ていた人が、賃金体系の変更、リストラ、倒産などで突然、ワーキングプアに転落するという事例は掃いて捨てるほど転がっており、決して「対岸の火事」ではないそうです。そして一度ワーキングプアに転落してしまうと、雇用慣行や社会福祉の貧弱さから、ワーキングプアから脱出するのが極めて難しいのが現状であると。

先に書いた「一億総中流」の「中流」ですが、中流階級ってどのあたりなんでしょうかね?平成26年度の内閣府の世論調査によれば、「上・中・下」のなかで、自分が「中の上」「中の中」「中の下」に当てはまる(つまり中流)と答えた人は、依然として90%を超えています。格差社会だの貧困問題などといいながら、程度の差はあれ、未だに「一億総中流」の幻想は健在なのかも知れません。

ところが、平成25年の1世帯当たり平均所得金額は、「全世帯」で528万9千円となっています(「高齢者世帯」が300万5千円、「児童のいる世帯」が696万3千円)。すると300万~700万あたりが中の上から中の下までの中流階級と言えないこともないと思えるのですが、ここに達しない「200~300万円未満」が14.3%、「100~200万円未満」が13.9%となっています。

合わせて28%以上いるこの人達は下流と呼ばざるを得ないと思うのですが、上記世論調査で自身を「下流」だとするのはたったの4.6%しかいません。つまりそれ以外の人達は、実態として下流階級なのに中流階級だと思い込んでいるということに…

ちなみに上流階級とか中流階級といった言い方をすれば、「階級」というものが年収だけで測れるのかという問題が出てきます。実際欧州では

上流階級=食べる為、生活の為には働かない、又は働かなくてもよい人達。つまり王侯貴族や聖職者など

中流階級=生活の為に働く事によって、上流に近い生活が出来る人達。資産階級、ブルジョワ、頭脳労働者など幅広い人々が含まれますが、英語の“middle class”は、“一家の稼ぎ手が不慮の事故等で死亡した場合でも、残された家族は(それまでに築かれた資産により)従来と同じ生活レベルを維持でき、その子供達は、自分の望む最終学歴をまっとうできる”階層だそうですので、本来は日本で考える以上に裕福な階層のように思えます。

…するってえと、資産家のパパンが死んだだけで特別寄宿生から屋根裏部屋の使用人にまで堕ちた小公女セーラ・クルーは中流階級ではなかったんでしょうかね。まあパパンの死亡と共にダイヤモンド鉱山事業も破綻したということなので致し方ないのか。とりあえず「ダイヤモンド・プリンセス」はあんまりな異名だ(笑)。

セーラの場合は、失敗と思われたパパンの事業は実は成功しており、財産を預かっていた親友がセーラを探し求めていて、遂に出会った後は自身の財産まで継がせることにしてセーラの身元を引き受け、保護者になるので、再び「ダイヤモンド・プリンセス」にクラスチェンジするのですが、そういうことは現実にはまず起こりえないという。

閑話休題、下流階級=生活の為に働かなくてはならない人達で、いわゆる労働者階級

日本ではサラリーマンだって労働者じゃないかと思えますが、ここで想定されているのは単純労働者のことで、現代ではプレカリアート、すなわち不安定な雇用・労働状況における非正規雇用者や失業者が含まれるのだろうと思います。パートタイマー、アルバイト、フリーター、派遣労働者、契約社員、周辺的正社員、委託労働者、移住労働者、失業者、ニート等を包括し、貧困を強いられる零細自営業者や農業従事者等も含まれることがあったり。

日本ではあまり階級意識がない(本当はあるのかも知れませんが)ので、単純に所得で上流=金持ち、中流=並み、下流=貧乏と端的に分けられているのかも知れません。じゃあ自分はどこにいるんだろうかというのが問題になってきますな。

鬼の哭く街・A立区で育った私は、鬼の哭く街でもかなり貧乏な家の子だったので、当時の階級は下の中あたりだったのではないかと思います。働き出して今はどうかと言えば、おそらく中流のカテゴリーに入っているのではないかと思いますが、実感としては中の下ないし下の上という気がしてなりません。全然暮らしが豊かになったと感じないし。

鬼の哭く街を背負ってしまっては、中流なんて言うのはおこがましい気もします。「北斗の拳」のマミヤの肩に“UD”の紋章が(多分焼きごてで)押されていたように、私の心にも「A立区」の烙印が押されている気がします。UDと言ってもマクセルじゃないよ、と若い人にはさっぱりわからないボケをかましてみたりして。

他人から見て「お前は下流だよ」という生活をしているのに、自分では「俺中流」と思っているのと、他人から見て「お前は中流だよ」という生活をしているのに、自分では「俺下流」と思っているのは、どちらが幸せなんでしょうかね。

資産なんかを一顧だにせず、現在の年収だけで上中下と分類するんであれば、そりゃあ中流からでも倒産とかリストラで一気に転落しますよね。逆に資産があればニートだろうとヒッキーだろうと高等遊民だろうと十二分に暮らしていけるという。やはり上流階級とやらに生まれたかったなあ。明日の朝、目覚めたらA立区で底辺になっていたらどうしよう。

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