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失われし書庫:古書店主クリフォード・ジェーンウェイ・シリーズ第三弾

葡萄畑も紅葉

 秋が深まり葡萄も紅葉しています。もうハロウィンの季節ですね。あれはそもそもキリスト教とは関係ないケルト系のイベントのようですが、それを言ったらクリスマスだってゲルマン系の冬至の祭りに由来しているようなので、ま、いいか。キリストが12月25日(ないし24日)に生まれたなんて、聖書のどこにも書いてありませんしね。ただ人に迷惑を掛けないようにして貰いたいものです。
 
カボチャの夜 

 本日はジョン・ダニングの「失われし書庫」を紹介しましょう。ジョン・ダニングについては当ブログで初めて取り上げることになります。

失われし書庫

 ジョン・ダニングはアメリカの推理作家で、1942年にニューヨークで生まれ、サウスカロライナ州チャールストンで育ちました。1964年に独立してコロラド州デンバーに移り住み、競馬場の廏務員や新聞記者など様々な仕事を経験しつつ小説の執筆を開始しました。出版社とのトラブルがあって一旦執筆活動を休止し、古書稀覯本専門書店を開いていましたが、作家仲間の強い勧めもあり1992年に「死の蔵書」で小説界に復帰しました。

ジョン・ダニング 

 寡作な作家で、中断期があるとはいえ、これまでにノンフィクションも含めわずか11冊しか刊行していません。有名なのは「本」をテーマにしたクリフォード・ジェーンウェイ・シリーズで、5冊が出ています。

死の蔵書 

 私がこれまでに読んだのはネロ・ウルフ賞受賞作のシリーズ第一弾「死の蔵書」と、執筆活動中断前の「名もなき墓標」でした。「名もなき墓標」は新聞記者が主人公で、「死の蔵書」は古書店主が主人公ということで、共にジョン・ダニングの経歴を生かした作品ということができるでしょう。

名もなき墓標 

 ただし、シリーズ第三弾の「失われし書庫」や「死の蔵書」の主人公であるクリフォード・ジェーンウェイは最初から古書店を開いていた訳ではなく、最初は殺人課の刑事でしたが、故あって職を辞して念願だった古書店を開くのですが、刑事時代から本好きで古書に関して博覧強記を誇っていたので、まさに天職に転職したといえるでしょう。

 しかし本好きとかいうと穏やかそうな印象を受けますが、実際は少年時代はギャングになりそうだった(幼馴染みはギャングになっている)ほど荒れており、刑事としても色んな意味で“やらかす”タイプだったクリフォードが関わる事件は、必然的にハードボイルド色が強くなるのでした。

 前回の記事で取り上げた「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズが日本における古書と古書マニアを取り上げた作品だとすれば、アメリカの古書と古書マニアを取り扱ったのが「クリフォード・ジェーンウェイ・シリーズ」で、ジョン・ダニングは三上延の20年以上前から「稀覯本」とか「せどり」といった古書マニアにまつわるあれやこれやを取り上げていたのでした。「ビブリア」では稀覯本を巡っては人を傷付けることも厭わない古書マニアが登場しましたが、「クリフォード・ジェーンウェイ・シリーズ」では稀覯本を巡って殺人事件が起きているので、やはりアメリカはいろんな意味で一歩先を行っているというべきか。

 ジョン・ダニング作品は、基本的に長編で、上下巻に分けてもいいくらいのボリュームを持つ物が多いですね。寡作な分、一冊当たりのボリュームでカバーしているのか。最初は読み切れるのか不安に思うほどの分量なんですが、面白さと読みやすさでぐいぐい読めるんです。多分スティーブン・キングが説くところの、受動態を使うな、副詞を使うな、会話はシンプルにといったルールに適合しているのでしょう(別にキングの言うことを聞いたわけではないでしょうが。それでは例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

 R・バートンの稀覯本を入手して一躍時の人となった古本屋クリフを、それは私の書庫から盗まれた本だと主張する老婦人が訪れた。彼女の祖父はバートンと交流があり、献本で埋め尽くされた一大書庫を持っていたが、祖父の死と同時に騙し盗られたという。彼女の頼みで失われた蔵書の探索を始めた矢先、クリフの周囲で強盗殺人が。だが元刑事のクリフの勘はこれは計画的犯行だと告げていた…本好き垂涎の古書蘊蓄ミステリ。

 「ビブリア」との大きな違いは、アメリカの(或いは英語圏の)稀覯本の作家というものに疎いということで、日本なら例えば太宰治は、私のようにあまり読んだことはなくても名前くらいは誰でも知っているのですが、英米の作家となるとメジャー以外はなかなか…ということになってしまいます。本書で取り上げているリチャード・バートンも正直知りませんでした。

リチャード・フランシス・バートン 

 リチャード・バートンは19世紀のイギリスを代表する冒険家で、探検家、人類学者、作家、言語学者、翻訳家、軍人、外交官と様々な側面を持っています。しかし普通に検索すると20世紀のイギリスの俳優であるリチャード・バートンが先に出てきてしまいます。

俳優のリチャード・バートン 

 こっちのバートンもイギリス映画界を代表する俳優ということなんですが、没後30年以上が経過しているので私にとってもこちらもよく知らない「過去の人」です。判別するためには、本書で取り上げているバートンの方は、リチャード・フランシス・バートンとミドルネームまで入れて検索すると良いようです。

ジョン・ハニング・スピーク 

 バートンの生涯の前半は完全に冒険野郎マクガイバで、インド駐留軍の将校を務めたり、巡礼者に扮装して異教徒なのにメッカ巡礼を行ったり、クリミア戦争に従軍したりしています。そして当時まだ未踏破地域(ただし欧州人から見ての話)が多かったアフリカと関わりが深く、ソマリアで左頬に一生大きな傷を残した重傷を負ったり、ナイル源流探索の旅を行ったりしています。ナイル源流探索は友人だった探検家のジョン・ハニング・スピークと行いました。
ナイル流域 
 ナイル川は上流部分で青ナイル川と白ナイル川に分かれますが、源流は航路の難所があって古代から不明のままでした。青ナイル川については18世紀にタナ湖が源流であることが知られましたが、白ナイルについては不明のままで、19世紀中盤のアフリカ探検のテーマの一つとなっていました。

ナイル川上流部
 
 バートンはタンガニーカ湖を発見し、これがナイルの源流だと考えましたが、スピークはこれに納得しませんでした。そして熱病に倒れたバートンを残して一人で探検を続け、ビクトリア湖を発見してこちらが源流だと考えました。バートンを残して先に帰国したスピークは、この2人の冒険について王立地理学会で講演し、ビクトリア湖こそがナイル川の水源であると主張しました。この冒険については「愛と野望のナイル」という映画になっています。残念ながらタンガニーカ湖はナイル側と繋がっていないので、スピークの方が正しかったということになりましょうか。

愛と野望のナイル 

 バートンがアメリカに渡ったのは、スピークの抜け駆けにより二人の友情にひびが入った後のことで、折しもアメリカは南北戦争前夜という状況でした。本書では時間軸から100年以上過去になるアメリカでのバートンの軌跡が大きなテーマとなっています。

バートン版千夜一夜物語 

 現地の人間に完璧に化けることができ、40カ国語を話したとされる高い語学力を持ち、奇人変人と好んで交際し、蓄財には縁がなく、軍人や外交官を務めながら上司に敬意を払わずに遠慮無く物を言うため出世せずと、非常にエキセントリックな魅力に満ちた人物だったようですが、日本で一番知られているのは「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」の翻訳者としてということになるでしょうか。これは邦訳されて「バートン版千夜一夜物語」として刊行されています。特徴は、他のどの版よりも収録物語数が多く、「もっとも完備している」と言われていることと、特に性風俗に関して充実している詳細な訳注だとされています。東洋の性技の研究をしたり、そっち方面は大好きだったようですね。

幻の特装本 

 おそらく未読の「幻の特装本」で5万ドルのあぶく銭を得たクリフォードは。その使途として、オークションでのバートンの美麗稀覯本の入手を行います。3万ドル出して競り勝った「メッカ巡礼」には「チャールズ・ウォレン」なる人物への献辞が添えられていましたが、それは全く知られていない人物でした。しかし、80歳を越えた老婦人がクリフォードの元を訪れ、その本は自分のものだと主張しました。彼女によれば、チャールズ・ウォレンは彼女の母方の祖父で、バートンと親友になってアメリカ南部を一緒に旅したのだそうです。

メッカ巡礼 

 チャールズはバートンの書簡や献辞入りの書物で一杯の書庫を持っており、それは孫娘である老婦人が継承するはずだったのですが、祖父の死後、本の価値を知らない父が勝手に二束三文で売り払って酒代にしてしまったのだそうです。老婦人は容態が急変して死んでしまいますが、死の間際に唯一手元に残っていた「東アフリカ初踏破」を託し、クリフォードに「失われし書庫」の捜索を依頼します。

東アフリカ初踏破 

 その後、クリフォードは古書店を開いているコロラド州デンバー(中西部)から、老婦人の故郷であるメリーランド州ボルチモア(東部)に飛び、老婦人の世話をしていた女性と出会って老婦人を催眠術にかけて聞いた話を録音したテープを聞いたり、老婦人の書庫をその価値を知りながら二束三文でだまし取った古書店の子孫と出会ったり、古書店の子孫とつるむギャングに襲われたりすぐに逆襲したりと大立ち回りを展開します。

ボルチモア 

 その後、老婦人が子供の頃に祖父から聞いた話を元に、バートンの足跡を求めてサウスカロライナ州チャールストン(南部)に向かいます。ここでもまた大きな展開があるのですが、ボルチモアのギャングとのリターンマッチこそが白眉になるかと思いきや、これはそうでもありませんでした。

水辺のチャールストン 

 むしろすっかり忘れ去られたかのようだった、デンバーで起きた殺人事件(老婦人を保護していた黒人夫妻の妻が殺害された)の真相解明こそがラストのどんでん返しとなっています。その意外すぎる犯人は…そこはぜひ読んでいただきたいです。

デンバー 

 本書ではバートンの一言が南北戦争開戦のきっかけになったチャールストンのサムター要塞の戦いを引き起こしたのかも知れないという話になっています。日本人にとってはあまり馴染みのない南北戦争ですが、アメリカにとっては独立後唯一無二の内戦であり、史上初めて近代的な機械技術が主戦力として投入された戦争であり、双方合わせて62万人の死者を出した、最もアメリカ人が死んだ戦争でもありました。

サムター要塞攻略戦 

 なお、南北戦争終了後、余剰兵器となった中古小銃類は大量に日本に輸入され、戊辰戦争で使用されました。アメリカは幕府にも新政府側にも兵器を売ったので,アメリカ製兵器によって戊辰戦争は激化したともいえ、そういう意味では日本の近代史にも大きな影響を与えたといえるでしょう。

サムター要塞跡 

 おそらくクリフォードはジョン・ダニング自身が投影されらキャラクターだと思われますが、刑事時代の癖が抜けないために何事にも懐疑的で、わざと相手を怒らせるような態度を取り、一人で仕切りたがって女性を軽視する傾向がある(修羅場には邪魔だと思っている)せいでしばしば女性陣の不興を買っています。自身でも反省していますが、それでも惹きつけられる美女がいるんだから羨ましいですな。

国際稀覯本フェア 

 それにしても日本でもアメリカでも稀覯本蒐集家というのは始末に負えないなあというのが率直な感想なんです。私も本好きですが、読書が好きなんであって稀覯本集めには全く興味がありません。思えば何らかのシリーズをコンプリートしたいという欲望も薄いようです。一度知ってしまうと抜け出せなくなる魅力があるのかも知れませんが…麻薬と同じ気配を感じるので敬遠しておきましょう。くわばらくわばら。

稀覯本の数々 
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