ビブリア古書堂の事件手帖6 ~栞子さんと巡るさだめ~:鎌倉はめくるめく“愛憎の泥沼”だった…

先日、世間では平幹二朗の死を大きく取り上げましたが、個人的には肝付兼太の死の方が衝撃を受けました。満80歳ということで早世とは言えないのでしょうが、70年代80年代のアニメ作品を語る場合に外せない方でした。

もう「好きな声優さん」で取り上げるしかないのですが、世間的に一番知名度が高いのは「ドラえもん」のスネ夫なんでしょうが、個人的には「銀河鉄道999」の車掌さんが印象に残っています。こういうキャラを名脇役というんでしょうね。「探検ロマン世界遺産」に登場した進行役の「Dr.ロマン」は車掌さんのパクリじゃないかと思いましたが、松本零士デザインなら仕方がない。

本日は三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖6」を紹介しましょう。去年買って終盤まで読んでから手つかずでいたのもをえいやっと読了しまた。図書館で借りた本と違って返さなくていいものでついつい。

本書についていた帯を見ると、「累計600万部突破!」とか「『本の雑誌』が選んだ40年間のベスト40第1位」とか派手な単語が並んでいます。6巻で600万部ということは単純計算で1巻100万部ということになりますが、バカ売れですね。ミリオンセラーとかメガヒットとかいう奴でしょう。


一冊で最も売れた小説は片山恭一の「世界の中心で、愛をさけぶ」の321万部だそうですが、そんなハーラン・エリスンのパクリみたいな小説は読んだことありませんし、今後も読む気がありませんな。テレビ版「新世紀エヴァンゲリオン」の最終回のタイトル(「世界の中心でアイを叫んだけもの」)は判っていてやっているのでいいのですが。あ、もしかしてエリソンからではなくエヴァからの孫パクリ?

「本の雑誌」については、2015年6月号で編集部が選んだ40冊のことですが、ランキング形式にはなっていてもあまり順位に意味はないそうです。このベスト40に私が読んだは…
7位「火怨」(高橋克彦)
11位「ぼんくら」(宮部みゆき)
29位「十二国記シリーズ」(小野不由美)
32位「蕎麦ときしめん」(清水義範)
36位「西の魔女が死んだ」(梨木香歩)
しか入っていませんでしたorz…。気を取り直して文庫版裏表紙の内容紹介です。

太宰治の『晩年』を奪うため、美しき女店主に危害を加えた青年。ビブリア古書堂の二人の前に、彼が再び現れる。今度は依頼者として。違う『晩年』を捜しているという奇妙な依頼。署名ではないのに、太宰自筆と分かる珍しい書きこみがあるらしい。本を追ううちに、二人は驚くべき事実に辿り着く。四十七年前にあった太宰の稀覯本を巡る盗難事件。それには二人の祖父母が関わっていた。過去を再現するかのような奇妙な巡り合わせ。深い謎の先に待つのは偶然か必然か?

古書マニアではない私にはわからないのですが、稀覯本を手に入れるためには人を殺傷することも厭わないというとんでもない人がいるようです。本書だとヒロイン栞子さんを急な石段から突き落とした田中敏雄がその最たるものですが、栞子さんのママンである智恵子も稀覯本を手に入れるためなら手段を選ばない性格だったとされており、古書マニア(というか古書に限らずなんであれマニアと呼ばれる人々には)には多かれ少なかれそういう“コンプライアンス無視”な傾向があるんでしょうか。
本書では栞子や主人公の五浦大輔の出自という、本人達にはどうにもできないものに驚愕の事実が判明していきます。そもそも大輔は活字恐怖症という「ホントにあんの?」と言いたくなる症状を抱えていますが、その原因は幼い頃に本好きだった祖母の本棚をいじりひどく殴られたというトラウマからです。1巻から言及されていたその事に意外な事実があったので、驚愕の展開を見せたとは言え、伏線は最初から張ってあったのですね。

祖母は田中嘉雄という人物から送られた夏目漱石の本をひどく大事にしていたのですが、その田中嘉雄の孫こそは栞子さん襲撃犯である田中敏雄だったのです。ところが祖母は若き日に田中嘉雄と不倫関係にあったということで、二人の間に生まれたのが大輔のママンでした。つまり大輔と田中敏雄は従兄弟関係(祖母が違うので普通の従兄弟関係より血縁は薄いですが)だったのです。

本書は基本的に過去の話が中心となっており、ビブリア古書堂を開いた栞子さんの祖父・篠川聖司が若き日に店員として働いていたのが久我山書房で、ここはまさにあくどい手段を取っても稀覯本を入手するタイプの書店だったようで、当時の店主の久我山尚大が田中嘉雄からあくどい手段で入手したのが太宰治の「晩年」(自殺用改め自家用)だったのです。田中敏雄の「晩年」への執着は祖父の無念といったものに由来しているのでしょう。

久我山書房のやり方が好きではなかった篠川聖司はビブリア古書堂を開き、その息子と智恵子が結婚して栞子と文香の姉妹が生まれています。栞子以上の目利きでありながら、稀覯本を入手するためには手段を選ばないとされる智恵子の出自は、なんと久我山尚大と愛人の間に生まれた娘というものだったようです。ということは智恵子の性質は久我山尚大ゆずりということに?それにしても不倫ばっかしてんだな古書マニアは(笑)。

「親の因果が子に報う」なんて諺がありますが、本書では祖父の因果が孫に報うことになっています。それがサブタイトルの「栞子さんと巡るさだめ」のいわんとするところなんでしょう。そういう訳で祖父世代の因縁が孫世代に大きな影響を与えていることが判明したので、智恵子が失踪してしまったのも結局のところこの問題が原因なんじゃないかと思われます。
それにしても古書ワールドのせいなのか、古都鎌倉のせいなのか、主要登場人物の泥沼のような血縁関係は一体どうしたことか。あんまりネタバレして何なのではっきり書きませんが、栞子さんにも大輔と田中敏雄の関係とそっくりな人物が存在しており、やはり含むところがあるのです。そしてそれを操る黒幕も。
この人達が良いか悪いかといえば悪いとしか言いようがないのですが、そこに至る過程には同情の余地はないではないです。それを言ったら田中敏雄だって情状酌量の余地はないではないですけど。

本来田中サイドと久我山サイドは不倶戴天の敵同士(一方的に田中サイドが恨んでいるとも言えますが)で、大輔と田中敏雄は血縁的には田中サイド、栞子さんは久我山サイドになるわけで、田中敏雄の栞子さん襲撃にも因縁というものがないではないのですが、大輔と栞子が惹かれ合って恋仲になったというところがこれまでの図式を崩しています。ロミオとジュリエットになるのか、シロー・アマダとアイナ・サハリンに鳴るのかは今後の展開を待つしかありません。21世紀にもなってロミジュリはないよな(汗)と個人的には思いますが…。「俺は生きる!生きてアイナと添い遂げるッ!」路線で行って欲しいですな。

今回登場する本の話がないじゃないかと文句を言われそうですが、今回は太宰治特集です。祖父世代の悶着のネタとなっているのが太宰治作品なら、栞子さんのお気に入り作家も太宰治。本書では「走れメロス」「駆け込み訴え」「晩年」がクローズアップされています。

「走れメロス」は確か中学校の教科書に掲載されていまし、授業でもやったような気がします。ギリシャ神話のエピソードとシラーの詩を元に創作された作品のようです。メロスの短絡的な行動には失笑し、せめて国王暗殺を謀るにしても妹の結婚式の後にやれよとか、そもそも大昔の話なら、暗殺(未遂)犯の妹だってただじゃすまないのじゃないか?九族皆殺しじゃないのか?とか思ったものでした。

創作の発端としては、太宰治が友人の檀一雄を溜まった宿代の「人質」にして、師匠である井伏鱒二の元へ金策に行ったところ、全然戻ってこず、檀一雄が井伏のもとに駆けつけると、太宰と井伏はのん気に将棋を指していたそうです。太宰としては、今まで散々面倒をかけてきた井伏に、さらに借金を申し出ることがなかなか言い出せなかったそうです。

檀一雄が激おこプンプン丸になったのを見て「待つ身が辛いかね。待たせる身が辛いかね。」 と言ったそうです。事情を知らなかった井伏が言うならともかく、お前が言うなよ太宰と思いますが。

うーむ。太宰治はなあ…栞子さんやファンには申し訳ないのですが、人間性がクズすぎてどうも私は好きじゃないんですよね。趣味は自殺未遂だし。最後の自殺だって本当に死ぬ気はなかったんじゃないかなあとか思ってしまいます。「走れメロス」の他には、確か高校の教科書に載っていた「畜犬談」、さらに「斜陽」くらしか読んでいません。

「駆け込み訴え」は、二番目の妻・美知子が太宰の口述を筆記したもので、美和子は「全文、蚕が糸を吐くように口述し、淀みもなく、言い直しもなかった」と証言しています。“裏切りの使徒”イスカリオテのユダを主人公とし、イエス・キリストに対してどういう感情を持っていたのかを述べるという形式を取っており、全体としてはイエスの薄情や嫌らしさを訴える内容となっていますが、その実質は、自暴自棄になったユダの愛と憎しみがないまぜになっていて、どちらがどちらかユダ本人にすらすでに判別がつかなくなり、混乱しながらも悲痛に訴えているというものです。太宰は「姥捨」という作品で、「ユダの悪が強ければ強いほど、キリストのやさしさの光が増す」と記しているそうです。それって自己弁護?しかし愛憎ないまぜという状況は本書の状況を暗示しているような。

「晩年」は1936年に刊行した処女短編集の表題で、これをもって悲願であった芥川賞(第3回)を狙いましたが、この時“過去に候補作となった作家は選考対象から外す”という妙な規定が設けられたため、候補にすらならなかったそうです。この頃、太宰は薬物中毒が嵩じたり、最初の妻初代の不倫が発覚したりで自殺未遂を起こしています。が、まあなんというか…太宰の場合は「身から出た錆」と言いたくなり、あんまり同情できませんな。

しかしまあ、私生活のドロドロ、ぐちゃぐちゃな部分も含めて太宰作品というのは存在し、その輝きは今も日本文学史に燦然たるものがあるのでしょう。太宰が取れなかったお笑い芸人にして芥川賞作家の又吉直樹も太宰治を敬愛しているそうですし、フィクションとはいえ美人の栞子さんにもひどく愛されているので、ま、いいじゃないですか(笑)。「文豪ストレイドッグス」では二枚目としても描かれてたりしますしね。

「あとがき」によると、次かその次でシリーズは終わるそうですが、ここでなぜか編集者が「週刊少年ジャンプ」モードになって、「もうちっとだけ続くんじゃ」からの「いつ終わるんだよ」的ぶっ飛び展開へ…なんてことになったら笑いますね。

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