〈完本〉初ものがたり:本所深川の大親分・茂七の捕物噺

薄が原

 めっきり秋らしくなってきました。ありがたいことです。3月の風と4月の雨が美しい5月(新緑)を作るそうですが、半年経つと、9月の雨と10月の風が美しい11月(紅葉)を作るんでしょうか。

完本 初ものがたり 

 本日は宮部みゆきの「〈完本〉初ものがたり」を紹介しましょう。先日の「ぼんくら」で名前のみ登場し、既に米寿を越えて引退状態の茂七親分がまだ50代の頃の物語です。つまり「ぼんくら」の30年以上前の時代ということになります。

 実は「初ものがたり」は大分前に読んだことがあるのですが、本書は文庫本に未収録だった三編を加えたものです。その三編は当然未読だったんですが、他の短編もほぼ初読のように楽しんでしまいました。もう昔読んだ本は片っ端から読み直した方がいいのかも知れません。

初ものがたり 

 「初ものがたり」は1995年7月に単行本が刊行され、1997年に文庫版が刊行されました。「〈完本〉初ものがたり」は2013年7月に刊行され、1996年から2003年にかけて発表された三作品が追加されました。例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

 文庫本未収録の三篇を加え、茂七親分の物語が再び動き始めた!茂七とは、手下の糸吉、権三とともに江戸の下町で起こる難事件に立ち向かう岡っ引き。謎の稲荷寿司屋、超能力をもつ拝み屋の少年など、気になる登場人物も目白押し。鰹、白魚、柿など季節を彩る「初もの」を巧みに織り込んだ物語は、ときに妖しく、哀しく、優しく艶やかに人々の心に忍び寄る。ミヤベ・ワールド全開の人情捕物ばなし。

「ご隠居」という生き方 

 50代の茂七親分は年だ年だと言いながらも元気いっぱいですが、現代ならいざ知らず早婚早産の傾向が現代よりずっと強かったはずの江戸時代、乳幼児の死亡率が高かったため平均年齢は40歳に達しませんでした。本書でも子供は7歳までは(すぐ死ぬかもしれないので)仮初めの生だ認識していたという話がでてきます。それが多産の理由でもあったのでしょうが、20歳そこそこで結婚して子供ができた場合、40代に入れば子供が成人していることになります。そこで、代替わりに首尾良くいった大店の商人などは、40歳くらいで家督を子供に譲り、趣味三昧の隠居暮らしをしたとか。50代で隠居はごく普通だったようです。

 そこから考えれば、茂七親分が50代を過ぎてもバリバリ現役なのは、今で言えば70歳を過ぎても現役というのに近いのかも知れません。もちろん健康で元気なら一行に構わないのですけどね。ちなみに隠居といっても引きこもっているわけではなく、旅だグルメだ趣味の集まりだと積極的な活動をしていたようです。趣味が多い人は、若いうちは隠居を楽しみに働き、成功したらとっとと家督を譲って早々に隠居して、好きな事をしながら余生を過ごしたとか。茂七親分は岡っ引きが転職みたいなので、そもそも趣味と実益を兼ねている状態なので、隠居なんか眼中になかったりして。

楽隠居のすすめ 

 江戸時代の捕物帖といえば、時代劇でおなじみのように、事件発生→探索→下手人捕縛というのがパターンですが、本作は捕物帖とはかなり傾向が違います。自殺案件か→トリック解明→下手人捕縛というような捕物らしい事件も発生しますが、棒手振りの魚屋の初鰹に千両出そうとする大店の話のような、「日常の謎」に近い話もあってバラエティ豊かです。

 また真相は判明したけど事件としては取り上げないことも多く、そこが内容紹介で言うところの「人情捕物」なんでしょう。「ぼんくら」の本所深川方同心の井筒平四郎もそうですが、茂七もとにかく犯人捕縛に地道をあげるということはなく、一番穏便に済む方法を探そうとする人情派です。

 そしてタイトルにある「初ものがたり」は、茂七親分がしばしば通う稲荷寿司屋に由来します。深川で丑三つ時まで店を開け、翌日は昼前から店を開いているという謎の稲荷寿司屋。まるで本所七不思議の「燈無蕎麦(あかりなしそば)」みたいですね。

燈無蕎麦 

 「燈無蕎麦」は、本所南割下水付近に夜になると二八蕎麦の屋台が出たが、そのうちの1軒はいつ行っても店の主人がおらず、夜明けまで待っても遂に現れず、その間、店先に出している行灯の火が常に消えているというものです。この行灯にうかつに火をつけると、家へ帰ってから必ず不幸が起るのだそうで、そのうちこの店に立ち寄っただけでも不幸に見舞われてしまうという噂すら立つようになりました。

消えずの行灯 

 夜に灯が消えているのなら閉店ガラガラだと寄りつかなければいいようにも思いますが、逆に「消えずの行灯(きえずのあんどん)」という話もあり、店の主人がいないのは同じですが、誰も給油していないのに行灯の油が一向に尽きず、一晩たっても燃え続けているという伝承もあります。この店も立ち寄ると不幸に見舞われてしまうとか。

本所深川ふしぎ草子 

 「燈無蕎麦」や「消えずの行灯」の正体は狸の仕業ともいわれ、浮世絵では狸が描かれていますが、本書の稲荷寿司屋もちょっと怪しいと言うことで茂七親分が自ら出かけていくのですが、こちらは狐狸の類いではなく、普通の人間が営業していました。

 ただ、元は武士のような親父は、地回りのヤクザも手を出さず、何やら曰く因縁があるようです。茂七親分はかなり気にしていますが、特に犯罪性がないこともあって敢えて身分を糾そうとはしません。というよりこの見せに足繁く通うようになっていきます。

置いてけ堀 

 というのはこのお店、稲荷寿司も旨いのですが、他にもいろいろこしらえて出すという小料理屋のような場所で、しかも旨いのです。この店で季節折々の初物を食べながら、親父の一言にインスピレーションを受けた茂七親分が事件解決に向かうというのがパターンとなっています。

 稲荷寿司屋の親父の供する食べ物がやたらおいしそうで、夜中に読むのはやばいかも知れません。池波正太郎の小説と同様の危険があります。うどん汁ではなく味噌汁にすいとんを落とすなんて小洒落たものも出てきます。酒は出しませんが、途中から酒屋のじいさんと組んで酒も提供するようになります。これは流行るというものです。

送り拍子木 

 この親父、結局本書では正体が明らかにされません。そのままでもいいから、茂七親分の良き相談相手兼いきつけの店として、よだれが出そうな旨いものを出してくれる続編を出して欲しいと思います。

 なお本書では本所深川の地図(古地図)が添付されているので、登場人物の足取りを追うことが容易で、「あ、こっちに行ったのか」とか「この辺りに住んでるのか」というのが一目瞭然で楽しいです。ついでに縮尺もついていればなお良かったですけど。

足洗邸 

 先ほど言及した本所七不思議ですが、これを取り上げた宮部みゆきの作品に「本所深川ふしぎ草紙」があります。本所七不思議は「燈無蕎麦」のほか、有名な「置行堀(おいてけぼり)」、「送り提灯(おくりちょうちん)」「送り拍子木(おくりひょうしぎ)」「足洗邸(あしあらいやしき)」「片葉の葦(かたはのあし)」「落葉なき椎(おちばなきしい)」「狸囃子(たぬきばやし)」別名「馬鹿囃子(ばかばやし)」
「津軽の太鼓(つがるのたいこ)」があります。あれ、七不思議と言いながら九つあるじゃないかと思いますが、伝承によって登場する物語が一部異なっていることからこういうことになっています。

津軽の太鼓 

 「津軽の太鼓」なんて、普通の火の見櫓では火災を知らせるときは板木を鳴らすのに、本所にあった津軽越中守の屋敷の火の見櫓には太鼓がぶら下がっていて、火災の時は太鼓を鳴らしたのですが、その理由は誰も知らないというだけの話で、怪異譚とも言えない話なので、七不思議からは省かれることもあるとか。ただ、越中守屋敷の火の見櫓には通常通り板木があるのだけど、これを鳴らすと太鼓の音がするというパターンもあって、こっちだとちょっと不思議ですね。

ふしぎ草紙1 ふしぎ草紙2ふしぎ草紙3

 NHKの金曜時代劇枠で、2001年から2003年にかけて「茂七の事件簿 ふしぎ草紙」というテレビドラマが放映されました。主演の茂七役は高橋英樹で、「初ものがたり」のほか、「本所深川ふしぎ草紙」「かまいたち」「幻色江戸ごよみ」「堪忍箱」を原作としており、本来茂七の登場しないエピソードも原作にしていました。
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