新参者:加賀恭一郎シリーズの連作短編は大傑作です

西日本はアツゥイ!、東日本は台風&ゲリラ豪雨と、究極の選択的状態になっている日本ですが、西の方に向かうかと思われた台風10号まで日本に直撃コースの怖れが出てきたとか。「こっち見んな」ならぬ、「こっち来んな」ですね。勘弁して欲しいですねえ。雨でダムの貯水率が増えて取水制限が緩和されたのはいいですけど、電車が止まるのがなあ。

本日は東野圭吾の「新参者」を紹介します。「加賀恭一郎シリーズ」と言われる作品群の第8作となります。東野圭吾の作品群の中では、物理学者湯川学のガリレオシリーズと双璧となっていると思われます。
湯川学は本業が大学の准教授で、警察に依頼されて推理を行っているのに対し、加賀恭一郎は自身が刑事を職業としています。東野圭吾は、実験作に挑む際に登場されることが多い、頼りになるキャラだとしていますが、私がこれまで読んだ作品では「どちらかが彼女を殺した」「私が彼を殺した」といった本格ミステリ的趣向の作品に登場していました。

「新参者」は、講談社の「小説現代」2004年8月号から5年にわたって連載された9作の短編から構成されており、単行本は2009年9月18日に講談社から刊行され、2013年8月9日に講談社文庫から文庫版が刊行されました。先述の東野圭吾の言葉どおり、非常に意欲的な実験作といえるでしょう。まずは例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。
日本橋の片隅で一人の女性が絞殺された。着任したばかりの刑事・加賀恭一郎の前に立ちはだかるのは、人情という名の謎。手掛かりをくれるのは江戸情緒残る街に暮らす普通の人びと。「事件で傷ついた人がいるなら、救い出すのも私の仕事です」。大切な人を守るために生まれた謎が、犯人へと繋がっていく。

加賀恭一郎はシリーズ第1作「卒業」では学生でしたが、その後警視庁捜査一課の刑事→練馬署捜査一係巡査部長と移動し、本作では日本橋署の警部補となっています。まさに日本橋に着任したばかりということで「新参者」なんですね。
本作が興味深いのは、刑事が主役の推理小説だと、通常現場捜索と遺留品などの証拠の発見、被害者の検死状況、関係者の証言、浮上した容疑者の供述とそのアリバイといった状況が描かれるのですが、そういうことがほとんど描かれないことです。

9作の短編は、一番最後の「日本橋の刑事」を除いては、それぞれの主人公が被害者の家族だったり、友人だったり、或いは容疑者と目される人物の関係者・知り合いといった事件との関連性が薄い人物だったりしており、当然彼らは事件の詳細とか遺留品・浮上した容疑者などについては一切知らされていません。
加賀恭一郎は、それらの人々の前に出現しては、事件捜査の中で発見された不思議な「日常の謎」の解明に努め、それは結果的に謎に関わった当事者達の様々な想いを解きほぐすことにつながり、それらの解決を通じて殺人事件そのものの真相にたどり着いていきます。

不思議な「日常の謎」とは、例えば被害者の部屋にあった人形焼きの中にわさびが仕込まれているものがあったのはなぜかとか、キッチンバサミが2本あったのはなぜかとかいう、直接事件とは関係していないような謎から、被害者はなぜ日本橋に住むことにしたのかとか、事件直前に被害者の携帯に公衆電話から架電してきたのは誰かといった、事件に深く関わりそうな謎まで様々ですが、各短編で「日常の謎」を解きつつ、それが最終的には殺人事件の犯人に辿り着くという構成は見事としか思えません。

また各短編は一連の捜査の中で時系列的には重複して行われているもので、例えば第一章「煎餅屋の娘」で加賀恭一郎が煎餅屋から買った煎餅を第三章の「瀬戸物屋の嫁」で瀬戸物屋に渡したりしています。つまり事件が解決するまでの一週間位の間に、加賀恭一郎は他の8つの事件(事件というよりは家族間の問題だったりしますが)を同時並行的に解決しているという。八面六臂とはこのことでしょう。

その小説としての高度な技術と完成度の高さにより、本作は「このミステリーがすごい!2010」並びに「週刊文春ミステリーベスト10」で1位を記録していますが、「まあそうなるな」(by「艦これ」の日向)と思います。江戸情緒がなお残る日本橋界隈が舞台となっていることもあって、殺人事件の捜査をしながらも加賀恭一郎の活躍には非常に人間味というか人情を感じます。事件によって傷ついた人、事件には直接関係ないながらも家族の問題で悩んでいた人などを、結果的に救う働きをしている加賀恭一郎は、むしろ刑事としての捜査活動よりも多大な貢献をしているように思えます。
そして第九章「日本橋の刑事」では、警視庁捜査一課の刑事に働きかけることで、犯人の真の犯行理由を解き明かし、刑事の心まで救うことになります。凄いな、こういう人が傍にいたら実に有り難いですね。

当然この傑作をテレビ業界が無視するはずがなく、2010年4月18日から6月20日まで、TBS系「日曜劇場」枠で阿部寛主演で放送されました。当然私は未見です(キリッ)が、第8章「清掃屋の社長」に登場する宮本祐理を誰が演じたのかは気になったので調べたら、マイコでした。2011年のNHKの朝の連続ドラマ「おひさま」に、満島ひかりと共に井上真央の女学校時代の親友として登場していましたね。最近妻夫木聡と婚約したそうです。

結構豪華キャストで驚きましたが、視聴率も平均15.2%となかなかのものだったようです。前後の「特上カバチ!!」と「GM~踊れドクター」が視聴率的には振るいませんでしたから余計目立ちます。阿部寛の加賀恭一郎は好評だったらしく、以後「新参者」の名を含んだ阿部寛主演のシリーズとして、「赤い指」「眠りの森」を原作としたドラマ2本、「麒麟の翼」を原作とした劇場版が1本制作されています。

被害者の息子の彼女という、一サブキャラに過ぎなかった青山亜美が、加賀の後輩の記者へと変更され、黒木メイサがキャスティングされてメインキャラとなっているのには驚きです。黒木メイサの強すぎる目力では、とても「市井の一住民」では収まらないでしょうから、こうでもしないとミスキャストになってしまうかも(笑)。

現時点で、東野圭吾マイベスト3を挙げろと言われたら「白夜行」「秘密」そして「新参者」になると思います。ガリレオシリーズも捨てがたいですけど…

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