影法師:ベストセラー作家・百田尚樹初の時代小説

電車の広告でこれでもかと腋見せポーズを取るRIZAPのモデル知見玲さん(25歳)。おおーとは思うのですが、この劇的改装ビフォーアフターみたいなネット広告はちょっとあからさますぎませんかね。「ビフォー」の方は太ってるというだけ以上に髪型とか表情とかを盛りすぎているような。宣伝とはこういうものだと言われればそれまでですが。

本日は百田尚樹の「影法師」を紹介します。百田尚樹といえば出す作品出す作品ベストセラーという売れっ子作家ですが、実は今回初めて著作を読みました。

百田尚樹は1956年2月23日生まれで大阪市出身。同志社大学法学部中退で、同大在学中はテレビ朝日系の朝日放送(ABC)制作のゲーム形式の恋愛バラエティ番組「ラブアタック!」に何度も出場していたそうです。

おお懐かしいぞ「ラブアタック!」。良く見ていました。1975年11月2日から1984年10月14日に放送されていましたが、確か二部構成で、第一部は様々なゲームを勝ち抜いた男性(ほぼ大学生)が「かぐや姫」のいるステージで愛の告白をし、かぐや姫は男性の好みのタイプであるかどうかをスイッチで判断するという。観客と敗者達の「落ちろコール」の中、カップルが成立するとファンファーレが流れてくす玉が割れ、ダメだと歓声と拍手の中、ステージ下の「奈落の底」へ落ちていきました。このせっかく勝ち上がったのに奈落の底に落ちるというのが面白かったですね。

第二部は参加者がそれぞれ自己PRやパフォーマンスを披露して、男性全員が1人ずつかぐや姫に愛の告白を行いますが、カップルが成立した時点で残りの参加者は奈落の底へ強制降下させられていきました。こっちの方がチャンスがあるといえばありますし、かぐや姫も好みの男性をチョイスできて良さそうな気がしていました。

百田尚樹はいわゆる「みじめアタッカー」の常連だったそうですが、なんと奥さんは「ラブアタック」の「かぐや姫」だそうです。ゲットできるのは結局のところ一人だけなので、つまるところ勝者じゃないですか。百敗しようと最後の最後に一勝できればそれでいい。劉邦みたいですな。

大学中退後に放送作家となり、「探偵!ナイトスクープ」のチーフライターを25年以上に渡り務めたほか、「大発見!恐怖の法則」などの番組の構成を手がけました。

2006(平成18)年に「永遠の0」で作家デビューし、2012年に100万部を突破しました。私は未読ですが、本作は映画化もされれいるのでご存知の方も多いでしょう。

2013平成25)年、「海賊とよばれた男」で本屋大賞を受賞しました。その際、「直木賞なんかよりもはるかに素晴らしい、文学賞の中で最高の賞だ」と発言し、注目を集めました。

政治的発言の多いことで知られ、よく物議をかもしていますが、特にNHK経営委員(2013年11月11日~2015年2月28日)時代には左派とされるマスコミ・陣営から批判されました。やしきたかじんを巡る裁判など、思想的なものは異なるものもありましたが。私も保守系かなとは思うのですが、個人的にはこの人の過激に過ぎる右派的言動は「ちょっとなあ」と思います。作家が発言していけないことは決してないのですが、作家なんだからペンでものを言えばいいのとか思ったりして。

ノンポリ路線なのでそれはさておき「影法師」です。2010年5月に単行本が講談社から、2012年6月に文庫版が講談社文庫から刊行されています。先述のとおり百田尚樹初の時代小説です。例によって文庫版裏表紙の内容紹介をどうぞ。

頭脳明晰で剣の達人。将来を嘱望された男がなぜ不遇の死を遂げたのか。下級武士から筆頭家老にまで上り詰めた勘一は竹馬の友、彦四郎の行方を追っていた。二人の運命を変えた二十年前の事件。確かな腕を持つ彼が「卑怯傷」を負った理由とは。その真相が男の生き様を映し出す。『永遠の0(ゼロ)』に連なる代表作。
江戸時代中期頃の北陸地方にあるらしい茅島藩という8万石の小藩が舞台となっています。この藩は上士中士下士の身分格差が非常に大きく、下士が上士と行き会ったら土下座しなければならないというルールがあります。町人は別にしなくていいらしいのでちょっと異様ですね。関ヶ原の戦いで加増されて当地に移封された際に、新に抱えられたのが下士、従前からいたのが上士中士になったそうです。
主人公勘一の家は、先祖が小早川家浪人から新規に召し抱えられたという20石の下士で、幼い日に無礼をとがめられた際に父が上士に斬殺されてしまいます。現場近くに屋敷があり、いろいろ面倒を見てくれた中士の磯貝家の次男が彦四郎で、二人は同じ剣術道場、藩学校で学び、友情を育んでいきます。

頑固で思い込んだら命懸け的な勘一と天才肌で何をやらせても完璧な彦四郎は不思議にウマが合って親友となりますが、二人で殿様の命を受けて剣術達者な二人を上意討ちするべく向かった際、彦四郎は背中に刀傷を受けてしまい、勘一は二人を斬り倒すという「武勲」を上げます。
これによって勘一は中士の家の養子となり、さらに側用人に抜擢されて江戸に上がり、とうとう筆頭国家老にまで累進することになるのですが、彦四郎は背中に傷を受けたせいでそれまでの栄光を失ってしまいます。背中に傷を受けるということは、相手に背を向ける=逃走を図ったと解されてしまうのですね。
次男坊で部屋住みだった彦四郎は、それまでは婿入りの話も降るようにありましたが一気に落魄し、飲んだくれに落ちていきます。さらに美人で有名な上士の妻に白昼不埒なまねをして逐電し、以後消息不明となってしまいます。
筆頭家老に就任して20年ぶりに藩に戻った勘一は、家士を使って彦四郎の消息を探りますが、藩内の港町で2年前に死亡していたことを突き止めます。あれほどの才子がなぜこれほど不遇の死を遂げなければならなかったのか。次第に明らかになる真相に、勘一は妻のみね共々涙がとどまらなくなります。
ただ、読んだこちらがそこまで感動するかというと…。いや、感動している人もたくさんいるようなのでけちをつける訳ではないのですが、彦四郎の自己犠牲があまりにも凄すぎて、「いやそこまではせんだろう」とか思ってしまうのですよ、私は。立身出世した友を出世しなかった友が影ながら助けるというだけなら私もすんなり理解できたのですが、彦四郎は勘一が下士の時から身を捨てるのです。
勘一には干潟の干拓という夢があり、これは百年の大計ですが実現すれば藩は一気に豊になるというものなのですが、下士の分際では殿に直訴するにも命懸けとなります。彦四郎はこの夢に乗って、勘一を生かしたまま計画を実現させるためにその身を捧げた形なんですが、彦四郎は「魁!!男塾」の伊達臣人(江田島平八をして「なにをやらせても完璧。男塾300年の中でも奴ほどの逸材はおらん」と言わしめた人物)的な人物にも見えるのにこれは惜しい。実に惜しい。本当にやさぐれていたんだけど、友の危機に覚醒して駆けつけたというくらいのほうがリアリティがありそうな気がします。
勘一の妻となるみねは磯貝家の下女の娘で、「鄙には稀な」と言われる程の美人ですが、実は彦四郎とみねは相思相愛状態だったにも関わらず、勘一にみねが好きだと告白されたら嫁に差し出してしまう彦四郎。ここまで来るとちょっと彦四郎の自己犠牲度合いが理解できなくなります。メガザル男と呼ぶべきか。
ストーリー展開とか作風は山本周五郎とか山本一力に似ているなという感想を率直に持ちました。しかし異なる点は、山本作品であれば主人公が計画するだけで誰かに窘められたして未遂に終わる(そして結果的にその方が吉となる)ことを、本作ではあっさりやってしまうことでしょう。
つまりそれは、色々世話になってきた隣家の主人が重病の末死んでしまい、婿を迎えていなかったのでお家は断絶、借金で娘は高利貸しに連れて行かれるという状況で、勘一はなんと高利貸し一行3人を闇討ちして斬殺してしまうのですが、それしかないと思い詰めるところまではいいとして、13,4歳の少年が本当に実行して成功させてしまうのが凄い。しかもあんな悪人は死んで当然とばかりに自首もしないし罪悪感のかけらもないという。大丈夫かこの人。高利貸しを殺して平気なの?
そういう訳で、面白いのですが、ダブル山本作品ほど爽やかな読後感はありませんでした。まあ個人差の問題かも知れませんが。なお、下士から筆頭家老まで昇り詰めるという「今太閤」な勘一ですが、その反動も大きいのではないかと余計な心配をしてしまいます。生きている間はいいですが、死後家門が無事存続するかどうか…。没落は意外に早いかも知れないですぞ。
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