三屋清左右衛門残日録:そろそろ人ごとじゃなくなってきたりして

明日は土用丑の日。うなぎの大量虐殺が行われる日ですが、美味しいから仕方がない。しかし美味しい生物って、進化的にどうしてそっちの方向に行ったんでしょうかね。いや、和牛みたいに美味しい方向に人為的に持っていったのはまだわかるんですが、うなぎとかマグロとか、各種野性の食材にもやたら美味しい連中がいるわけですが、食べると美味しいということに何か利点とか意義とかがあるんでしょうか。むしろクソまずい方が誰も食べないので生存戦略的に有利なんじゃないかと思いますが。

それはさておき、先日一足早く和食ファミレス華屋与兵衛で「黄金うな重」を食べてしまいました。うな重の上に卵焼きが乗っているという豪華版で、およそファミレスメニューではダントツの値段でしたが、うなぎ専門店に行けば3000円~5000円程度は軽くふっ飛ぶので、まあお得かと。今年初めてのうなぎでしたが、おそらく今年最後ですよきっと。

さて本日紹介するのは藤沢周平の「三屋清左衛門残日録」です。そういえば昔読んだなあと、半分くらい読んでから気づいたのですが、ブログを開始する前だったのと、なんだかんだと最後まで読み切ったので別にいいですよね。これでついにカテゴリ的に「本」が再び首位を奪回します。いや、ホントに北海道では本を読まなかったことです。
「三屋清左衛門残日録」は、藤沢周平著の連作短編時代小説です。「別冊文藝春秋」1985年夏季号から1989年新春号に連載され、1989年に文藝春秋から単行本が刊行され、1992年に文春文庫から文庫版が刊行されました。収録されている各短編は時系列に並んでいますが、それぞれの独立したエピソードを記しつつ、藩の大規模なお家騒動の成り行きが描かれています。例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

日残りて昏るるに未だ遠し―。家督をゆずり隠居となった元用人・清左衛門は、日録を記すことを自らに課した。世間から隔てられた寂寥感、老いた身を襲う悔恨。しかし、藩の執政府は紛糾の渦中にあったのである。老いゆく日々の命のかがやきを、いぶし銀にも似た見事な筆で描く傑作長編小説!
藤沢周平の時代小説ではよく「海坂藩」という架空の藩が登場します。藤沢周辺の出身地にあった庄内藩と、その城下町の山形県鶴岡市がモチーフになっていると考えられています。「海坂藩」は藤沢周平の描く架空の小藩の代名詞のように見なされていて、小藩を舞台にした一連の作品は「海坂もの」と呼ばれたりしていますが、実際には「海坂藩」と明記されることは以外に少なく、本作でも名称も地方も明示されていません。しかし、描かれている風物やハタハタなどの名物から、海坂藩であると推定する人もいます。

小藩といっても支藩を有していることが描かれているので、モデルとされる庄内藩程度、つまり14万石程度はあるんじゃないかと思われます。詳しい時代は不明ですが、一族に関わりのあるらしい仏様の100回忌をやるという話もあるので、江戸時代中期以降と思われます。
三屋清左衛門の家は120石取りの中級武士でしたが、身分秩序厳しい時代にあって立身出世に成功し、先代藩主の用人を長く務めました。役高50石を含めて320石になって上士格になっており、隠居すれば270石になりますが、それでも2倍以上に家禄を増やした訳なので、後世傑物だったと子孫から讃えられそうです。
用人とは有能で藩主の信任が厚い者から選任されることが多く、藩主と家老達の仲立ちを務めたりして執政に参画するので、様々なコネや権限・影響力を持ち得るポジションのようです。しかし激務でもあり、10年以上務めて疲れを感じていたところに、藩主が変わったので、これを契機に隠居を願い出て、国元で隠居生活に入ります。52歳での隠居は、現代の感覚ではちょっと若すぎる気もしますが、なにしろ平均寿命の短かった江戸時代ですから、特別早いわけではないようです。

家督相続は恙なく終わり、子供達も片付いて孫も生まれ、悠々自適かと思われましたが、世間から一歩引くくらいの気持ちでいたのに、むしろ世間からすっかり忘れ去られたような寂しさを感じる清左衛門。定年退職したサラリーマンと同じみたいですね。
ちょっと鬱気味になったりして濡れ落ち葉状態だった清左衛門ですが、息子の嫁の里江(妻は先立っています)がまた出来た人で、あれこれ世話を焼いてくれるのでだんだん元気になり、道場に行ったり儒教を学んだり、そして釣りに出かけたりと隠居生活も軌道に乗ってきたところに、友人で現役の町奉行である佐伯熊太が相談事を持ち込んだり、知人やかつての同僚が絡む事件の解決に奔走することになります。元用人で切れ者だし、権力筋に顔も効くし、隠居だから公にできないことも気軽に頼めるしということで、便利に使われている感もありますが、実は清左右衛門も暇なので結構頼られるのが嫌じゃなかったりして。
そうこうしている内に、藩を二分する権力闘争にも巻き込まれていくことになります。それにしても清左衛門、いろんな事件に首を突っ込んでいるからとはいえ、命を狙われすぎです。アル中でほとんど廃人みたいなのもいるのですが、それにしてもおっかないな江戸時代(笑)。

実は藩を二分する権力闘争というのは昔からあって、清佐右衛門は若い頃に勝ち組に乗ることができたので立身出世したという過去があります。用人時代は藩主直下ということもあって中立でいましたが、隠居するとまた勧誘があったりして。ただ、本書を読んでいると、一方の側はどうにも権力と陰謀が大好きなだけで藩とか民のことを全然考えていないダメダメ野郎共なので、どっちにつくかは自明の理なのですが、それでもダメダメ派に賭けてしまう藩士が少なからずいるという。現代でも笑えないのかなあ。
さらにかつて先代藩主の子供達の世継ぎ争いがあった際、出来物の次男を推す動きがあった際に、毅然として長男を推した清佐右衛門は、現藩主が長男となったこともあって、やけに藩主から好意を持たれているようです。選択を誤らない男ってうらやまですなあ。
藩主になれなかった次男は3000石の旗本となりましたが、未だ野望を捨てておらず、現藩主の子供が病弱と言うこともあり、自分の子供を養子にして藩を継がせるという計画を持っています。それにダメダメ派が結託したことで、事態は思いがけない方向に向かっていきます。

1993(平成5)年に「清左衛門残日録」として、NHKで連続テレビドラマ化されています。主演は仲代達矢。私が好きな里江さんは南果歩が演じました。なんか舅と嫁のヤバイ関係ができそうな二人ですが、別にそういうことはなかったぜ!(マニアックなAVじゃないんだから)

さらに2016(平成28)年2月には、BSフジで「藤沢周平 新ドラマシリーズ」の第4作目として放映されました。9月にはCSの時代劇専門チャンネルでも放送される予定です。こちらの清左衛門は北大路欣也。本編の清左衛門は若き日に剣術の素質有りと言われたものの、早くに藩の仕事が多忙になったせいで修行が足りていません。そのため身に危険が及びそうな時には剣術の優れた藩士に手を借りたりしていますが、北大路欣也だと一人でバッタバッタと斬りまくりそうな気がします。こちらの里江さんは優香。うーん…私なら嫁は南果歩の方が。

それにしても、隠居後の心理状態とか、日々老いゆく身体とか、身につまされる話が多いですね。誰もが年を取るし、いずれは死ぬんですけど、「ついに行く道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思はざりしを」(在原業平)というのは、時代が変わっても共通の認識なんじゃないですかねえ。
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