なきむし姫:“白重松”と言うべきか“甘重松”と言うべきか

今日は暑かったですね。仕事場に今年初めて冷房が入りましたよ。ところで暑さにボーっとして電車のドア付近を見ていたら、ドアの両側にこの広告が。これは比較広告なんでしょうか。公開処刑じゃあるまいかと思ったのはあくまで私の個人的感想です。

本日は重松清の「なきむし姫」です。主婦の友社の「Como」に2005年から2006年にかけて連載されたものに加筆修正した文庫版オリジナルということで、2015年7月に新潮文庫から刊行されました。例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

霜田アヤは、二児の母なのに大のなきむし。夫の哲也は、そんな頼りないアヤをいつも守ってくれていた。ところが哲也は一年間の単身赴任となって、アヤは期間限定のシングルマザーに。そこに現れたのは幼なじみの健。バツイチで娘を育てる健は、夫の不在や厄介なママ友に悩むアヤを何かと助けてくれて……。子供と一緒に育つママの奮闘を描く、共感度満点の愛すべきホームコメディ!
重松清という作家は実に達者な作家で、児童小説からR-18まで実に多彩に執筆活動を展開していますが、本作ではその中では真っ白というか、ホワイトの極みです。もし本作だけ読んだら「こいつぁゲロ甘だぜ、とっつぁん!」と言いたくなるかも知れませんが、かのダークの極みである「疾走(上下)」を読んでるので、重松清があえて白い小説を書いているのだということはよく分かります。

本作が連載された「Como」は、主婦の友社が隔月刊発行している、30代を中心とした、小さな子供がいるママ向けのオシャレなライフスタイル情報誌だそうです。「楽しい生活、大好き!いつまでも“きれいなママ”って言われたい!キッチン&リビングライフを楽しむための生活情報誌です」ということなので、そういう読者が共感できる作品を職人・重松清がこしらえたのでしょうね。

とにかく子供の頃から弱虫・泣き虫だったアヤには、頼りないけどいつもそばにいてくれる哲也と、やんちゃなガキ大将だった健という二人の王子様がいました。ところが小学校卒業と同時に健は引っ越して小食不明に。あれから20年以上が経過し、思わぬ再会を果たすこととなりました。
その間にアヤや哲也と結婚し、二人の子供(ブンこと文太とチッキこと千秋)を持っていますが、相変わらずの泣き虫ぶりで、哲也が神戸への単身赴任をギリギリまで言い出せないほどでした。しかし入れ替わるように現れた健の支えで、アヤは何とかシングルマザー状態でやってけるようになるのですが…

健はバツイチでやたらおませなヤッコこと七八子(七転八倒ではなく七転び八起きらしい)と二人暮らし。昼間からふらふらしていたらして職業不詳ですが、そんなちょい悪ぶりがまた魅力に思えたりして。二人の幼馴染みの間で揺れる恋心…という話だと一気に不倫の香りがしてくるのですが、なにしろ連載誌が連載誌だけに気配だけで終わります。
夫である哲也の同僚の朋之は同じマンションに住んでいて、男同士は仲がいいのですが、朋之の妻留美子は年上でやたら勝ち気。その子供の和彦を優等生にすることに血道を上げていますが、もはやモンスターペアレントと化してします。当然振り回されるアヤですが、意気地の無いアヤには反論したり抵抗したりする術もなく。
新卒の女先生をフルボッコにして辞職寸前に追い込んだり、無茶苦茶暴走する留美子ですが、健が上手く立ち回ったりして騒ぎを収めてくれます。でもアヤ的にはそれに依存しすぎてて、ちょっと釈然としない感じもします。
途中、留美子の暴走ぶりに辟易した朋之が、神戸の単身赴任を交代して欲しいと哲也に言い出したり、健の離婚理由が判明したりと、男達の側にもいろいろエピソードが入ってくるのですが、若いママ向けの小説のせいか、そっちの方はあまり掘り下げられていません。
健という男も自由人すぎて、結局嫌いではなかった妻とも別れ、娘とも別れるハメになるのですが、そこまで多大な犠牲を払ってまで自由でいたいのであれば、最初から結婚なんかするなよと思ったり。ちょい悪オヤジは女性から見ると魅力的かも知れませんが、男の視点からはちょっと…。「自由であるとは、自由であるよう呪われていることである」(byサルトル)ということかも知れませんが。

私ならですね、このシチュエーションなら思いっきりダークというかエロい方向に持っていくんですがね。アヤは泣き虫だけどナイスバディで美人ということにして、夫が単身赴任でいなくなるや否や狙ってくる夫の同僚とバツイチの幼馴染み。一方哲也には神戸支店の美人OLが急接近!なんて。アリスソフトが作りそうなNTRシチュです。何しろ哲也、忙しいせいでしょうが、夏に一泊二日で帰ってくるくらいでろくに家族といませんからね。そりゃあ30過ぎて熟した身体をもてあますアヤもよろめくというものですよ、げっへっへ。ああ、ゲスい妄想はいくらでも展開できますねえ。どこまでゲスくなってもゲスの極みの川○絵○には敵いませんが。

本編は一年の間にアヤや子供達が成長して、哲也が晴れて帰って来て大団円なのですが、朋之と留美子夫婦に吹いた隙間風はどうなったとか、ナッコは新しい家庭になじめるのかとか、いろんな問題は置き去りになっているんですよね。多分このままだと留美子は家庭で浮き、クラスで浮きで孤立していくので、ますますアヤに依存して来そうなんですが、言いなりにならない勇気みたいなものまで示して欲しかった。それとも泣き虫姫を守る王子様である夫が帰ってきたからもうどうでもいいのかしらん。
漫画と違い、小説だとどこまで編集者が影響力を及ぼすのか判りませんが、「うちの雑誌の読者層の傾向からしてよろめきはまずいすっよ」「そう?じゃあ雰囲気だけちらっとで流しますか」みたいな会話が作者と編集者の間にあったんじゃないかなんて思ってしまいます。
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