光:これはダークな裏「秒速5センチメートル」だ

ようやく辞任を決意しましたね、某知事。さすがに力尽きたか。しかし無駄に悪あがきしたせいで、政治家生命は絶え果てたのではないでしょうか。「しくじり先生」は大歓迎でしょうが。海外出張の際に飛行機のファーストクラスを使用したり、高級ホテルに泊まったことを追及された際に、「トップが二流のビジネスホテルに泊まりますか?恥ずかしいでしょう」と言っていました。それだけならまあそうかなと思えないでもないですが、トップがホテル三日月宿泊やヤフオク落札に政治資金を流用するのはどうして恥ずかしくなんでしょうかねえ。

これでも止めなければ奈良のナチュラルボーンラッパー「引っ越しおばさん」ことMIYOKOにご登場願って「辞職!辞職!さっさと辞職!しばくぞー!!」と言って貰おうかと思っていました。某知事言うところの「トップ」の資質として本当に嫌われるのは、セコイこととみみっちいことだということがわかって、今後政治家を志す人の他山の石にはなったかも知れませんね。

さて本日は三浦しをんの「光」です。三浦しをんのエッセイはとくかく面白いし、「格闘する者に○」はユーモラス、「風が強く吹いている」は爽やかや青春スポーツものだったのですが、「光」はこれまでの三浦しをん作品のイメージを粉々に砕く作品でした。まさにダークしをん。例によって文庫本裏表紙の内容紹介です。
島で暮らす中学生の信之は、同級生の美花と付き合っている。ある日、島を大災害が襲い、信之と美花、幼なじみの輔、そして数人の大人だけが生き残る。島での最後の夜、信之は美花を守るため、ある罪を犯し、それは二人だけの秘密になった。それから二十年。妻子とともに暮らしている信之の前に輔が現れ、過去の事件の真相を仄めかす。信之は、美花を再び守ろうとするが――。渾身の長編小説。

「光」は「小説すばる」に2006年から2007年にかけて連載され、2008年11月に集英社から単行本が刊行され、2013年10月に文庫版が刊行されました。
おそらく伊豆諸島に所在しているのであろう架空の島・美浜島。昭和62年夜、この島を大津波が襲います。島民はほぼ死亡しましたが、夜、山の上の神社で逢い引きをしていた信之と美花、そして信之の後を付いていった輔だけが津波を逃れ、助かります。
信之は両親と妹と4人家族で平穏に暮らしていましたし、美花も民宿をやっている家の手伝いをするなど普通に暮らしていましたが、輔だけは父親に日常的に酷い暴力を振るわれていました。父から逃れられたことに大喜びする輔ですが、実は舟で客を夜釣りに連れて行ったせいで助かって戻ってきます。

美浜島ほど美しいところはない、美花ほど美しい女はいないと確信している信之。中二の信之と美花はまるで貴樹と明里のようにも思えるのですが、大きく違うのは、二人は既に体の関係があること。というか、他に大した娯楽もない島で、セックスに溺れている二人。イヤな中学生だなあ。羨ましくなんて、ないんだからねッ!(笑)
内容紹介にあるように、島を去って東京の親戚の元に向かう日の前夜、信之は輔の父の客だった男(自称カメラマン)が美花をレイプしているのを目撃、美花の言うがままに客を殺して崖から放り捨てます。なにしろ自衛隊の救出部隊が来ていたものの、津波の犠牲者を見つけるのに大わらわで、行方不明になった男を探す余力はなく、どさくさまぎれに信之と美花は島を離れていきます。しかし、二人だけの秘密は実は輔が見ていたのです。

そして20年後……。「秒速」の如く信之と美花は離れ離れとなり、信之は結婚して娘が一人おり、美花は女優となっています。じゃあ輔はどうしているのかと言えば、信之の妻の不倫相手になっているのです。
輔というキャラは三浦しをんのお気に入りらしいですが、美花という美少女には見向きもせず、ひたすら信之を慕いつつ、邪険にされ続けることで復讐をめぐらすという愛憎半ばする感情を持っています。信之の妻南海子との不倫(NTRだNTRだ)も、彼女の不満を見いだした輔が誘ったものですが、不倫相手として名前も出ないうちから、「あ、これ輔だ」と判ってしまうという。ちなみに美花も芸名を使用しているので美花とすぐには判らないのですが、登場するや「あ、美花だ」と判ってしまいました。別に推理小説ではないのでいいのですが。
実は信之は高校卒業以来美花に逢っていないのですが、川崎市役所に勤める傍ら、空っぽな心を満たせるかなと南海子と結婚したりしています。信之はいつも穏やかで優しくて表面上何の問題もない夫なのですが、南海子だけは、信之は実は愛するふりをしているだけだということに薄々気付いています。だから不倫に走ったりするのですが、信之の愛は、自分でもはっきり自覚しないままに美花にだけしか向けられていないというところが、まさに「秒速」です。
そして輔の父が輔の居場所を見つけ出し、金をせびりだしてから急変する状況。幼い頃に刻みつけ荒れた父への恐怖から、島での殺人をネタに美花を強請ろうとする輔ですが、美花は信之に連絡して「解決」を頼みます。信之が取った手段は…

多分こんなことを妄想するのは私だけなんでしょうが、本作は「ダーク秒速5センチメートル」なんではないかと思います。信之=貴樹、美花=明里、南海子=理紗、輔=花苗というところでしょうか。輔と花苗は性別が違ってしまっていますけど、言うなれば、貴樹が明里を忘れられないままに理紗と結婚していたら…というところでしょうか。ひたすら貴樹を慕いながら結ばれることのない花苗はまさに信之にくっついて歩きながら嫌われている輔のポジション。実は愛されていないことに気づいた理紗は花苗と百合に走るという。
本作、実は結末は全員死亡ないし全員不幸というバッドエンドになることしか思い浮かびませんでしたが、実際はそこまでダークではありませんでした。南海子だけが将来到来するかも知れない惨劇に怯えを見せていますが。
美貌と身体でもって、様々な男を渡り歩いて人生を切り開いているらしい美花がラスボス的存在のように見えますが、美花自身には全く自覚はなく、本人的にはその時その時を精一杯何とかしようとしているだけのつもりらしいというところも残酷というか悲しいというか。でもま、美人だから許そう。

美花と、美花のために犯罪に走る信之は「白夜行」の亮司と雪穂のようにも思えます。あれはダークだったけど傑作でした。「光」もダークなんですが、ラストに踏ん切りが付かなかったかのような印象があります。やはり惨劇エンドが良かったんじゃないでしょうか。
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