パプリカ:終わりなき悪夢世界を描く筒井ワールドの映像化

冨田勲が去る日に亡くなりました。84歳ということで大往生といっていいかも知れません。日本のシンセサイザー奏者といえば、一に富田勲、二に喜多郎、三四がなくて五にYMOという感じでした。これは偉大さとか売れ行きの順とかではなく、私が認識した順番です。三四がないのは文枝になっちゃったから…なーんちゃって。それは三枝だろうと突っ込んで下さい。

1975年度日本レコード大賞で企画賞を受賞した「展覧会の絵」とか、 1977年2月19日付けのビルボード(クラシック)で1位にランキングされた「惑星」とかは名盤でしたね。音楽賞は多数受賞していますが、今まで叙勲されていなかったとは驚きです。文化勲章ものだと思うのに。ご冥福を心からお祈りいたします。

本日は私がゴールデンウィークに見たアニメ映画「パプリカ」を紹介したいと思います。2006年11月公開というほぼ10年前の作品ですが、今さら見て今さら感想を書くのが安定の筑波嶺クオリティー。

原作は筒井康隆の同名SF小説です。1991年から93年にかけて「マリ・クレール」誌に連載され、1993年に刊行されました。

アニメ映画版の監督は今敏。1997年の「PERFECT BLUE」や2002年の「千年女優」などで知られます。監督として実績も経験も積んで脂も乗ってきてさあこれからという2010年に46歳のさで逝去してしまいました。

「自分のエンジンはアルコールとカフェインとニコチンで動いている」とで公言するほど不摂生な生活を送っていたそうです。死者を批判したくはないですが、ナンシー関といい、不摂生な生活は自慢出来ることではありません(別に自慢してなかったかもしれませんが)。養生してもっと長く生きて、我々を楽しませて
欲しかったというのは当方のエゴでしょうか。

原作者の筒井自身が監督の今敏との対談で映画化をして欲しいと語ったものが実現したもので、二人とも映画に特別出演しています。

精神医療研究所の天才科学者時田浩作が開発したDCミニ。それは他人の夢に侵入できる最新のサイコセラピー機器です。時田の幼馴染みにしてサイコセラピストの千葉敦子は、DCミニを用いてクライアントの治療を行う極秘のセラピーを行うことがあり、そんな時は小悪魔風の少女の姿をしたペルソナ“パプリカ”となって他人の夢に入り込み、心の秘密を探り出していくのでした。

ある日、DCミニが盗まれる事件が発生します。DCミニは悪用すれば他人の人格を破壊する危険があるので、その行方と犯人を捜そうとする敦子達。しかし、既に精神医療研究所内では次々と犠牲者が出始めてしまいます。他人の夢に強制介入し、悪夢を見せ精神を崩壊させていく犯人。敦子達は犯人の正体・目的、そして終わり無き悪夢から抜け出す方法を探りますが…

犯人は時田の助手だった氷室だと判明するのですが、精神医療研究所所長の島が真っ先に精神崩壊を起こしてしまいます。悪夢のパレードで王様のように振る舞う島所長。その姿が怖くてキモイので、その後正常に戻ってからもいつヤバいことになるのかとヒヤヒヤしました。目が怖いんですよねこの人。


醒めない悪夢らしく、このパレードは本編で何度も登場しますが、さしずめ現代の百鬼夜行のようです。

百鬼夜行は、日本の説話などに登場する、深夜に徘徊をする鬼や妖怪の群れ、或いは長い年月を経た道具などが変じた付喪神の行進です。今昔物語や宇治拾遺物語に登場するほか、大鏡には右大臣藤原師輔が藤原氏に恨みを持って死んでいった蘇我入鹿、蘇我馬子、蘇我倉山田石川麻呂、山背大兄王、大津皇子、山辺皇女などの亡霊の行列に遭遇し、仏頂尊勝陀羅尼を読んで難を逃れたという話があります。

仏頂尊勝陀羅尼は、唱える事によって滅罪、生善、息災延命などの利益が得られるとして日本でも古くから知られ、特に百鬼夜行に巻き込まれた場合は特効薬のような効能があります。そんなに有り難いものなら覚えておきたいところですが、長すぎて私は一瞬で諦めました。根性のある方はどうぞ。

時田は天才ですが、精神的には子供のままで、しかも超肥満体。CVは古谷徹ですが、声のイメージに悩んでいた際、スタッフに「アムロのままでいいですか?」と尋ねたところ、快く了承されたそうです。なのでアムロ声です。時田も「親父にもぶたれたことないのに」タイプなんだと思います。ガンダムに乗らなかった10年後のアムロ?

相棒を務める千葉敦子は時田に「あっちゃん」と呼ばれていますが、その度に怒っているツンタイプです。引っ詰め髪で白衣でと、いかにも知的で冷たい印象ですが、彼女はなかなかに美人で魅力的ですよ。

敦子のペルソナであるパプリカは小悪魔チックで、冷静かつ禁欲的な敦子とは対照的に自由奔放な雰囲気です。二人は似ても似つかないように見えますが、パプリカのセラピーを受けた刑事の粉川は敦子を見てすぐにパプリカだと気付いた模様。

やはり元は同一人物だから?パプリカに言わせれば「敦子があたしの分身だって発想はないわけ?」だそうです。「我は汝、汝は我」だとまさしくゲームの「ペルソナシリーズ」です。

DCミニは他人の夢を見ることができ、記録できるだけでなく、その夢の中に入り込んで介入することが可能という画期的な装置です。似たような装置は1983年のSF映画「ブレインストーム」にも登場していました。

こちらに登場する「ブレインストーム」という装置は、人間の記憶・知覚を他人に伝達する装置でした。研究中に心臓発作に襲われた女性研究者はブレインストームを起動し、死の瞬間を記録しつつ亡くなります。そうして記録された臨死体験の世界を見ると…という話でした。こちらはDCミニと違って介入することは出来ませんが、人間の脳から直接命令を行うことができるということに軍部が注目して、軍事転用しようとするというくだりがありましたっけ。


生粋のサイコセラピストのパプリカをもってしても、あまりに深い悪夢の世界は手に余り、犯人の手中に堕ちたりパプリカから敦子を抜き出されたりしますが、仲間の支援を得てなんとか戦いを継続していきます。


最後は敦子とパプリカが同時に併存し、犯人を追い詰めようとするパプリカと、時田を救おうとする敦子が別行動を取ったりします。時田にツンツンだと思った敦子、実はツンデレであることが発覚。こんないい女は時田にはモッタイナイ……時田、もげろ!結婚後は当然敦子の尻に敷かれるんでしょうが、「我々の業界ではご褒美です」ってやつでしょうな。チッ!!

千葉敦子とパプリカは林原めぐみが演じています。この人についてはもう流石としかいいようがないのですが、敦子役なんで田中敦子にやらせてみるというのも面白かったんじゃないかと。草薙素子のイメージが強く、クールビューティー専門のようにも見られがちですが、パプリカみたいな役をどう演じるのか興味があります。

夢を題材にしているだけに、いかにもドリーミングな映像が続きますが、悪夢にやられた人の戯言がいかにも筒井康隆作品らしくていいですね。例えば…

「蛙たちの笛や太鼓にあわせて、回収中の不燃ごみが後から後から吹き出してくるさまは圧巻で、まるでコンピュータグラフィックスなんだそれが!総天然色の青春グラフィティーの一億総プチブルを私が許さないことぐらい、オセアニアじゃ常識なんだよ!さぁ!今こそ青空に向かって凱旋だ!絢爛たる紙ふぶきは鳥
居をくぐり、周波数を同じくするポストと冷蔵庫は先鋒を司れ!」

「賞味期限を気にする無頼の輩は花電車の進み道にさながら死人となって憚る事はない」

「魂の肥満はダイエット知らず、進め!超人!何処までも!有史以来の待ち人、その笛の音はニューロンの癒し、香しき脂肪分は至上のランチ、スパイシーに不足、欠如はパプリカ!円満成就に足りない一振りのスパイス」

パプリカって、日本ではピーマンに似た形の肉厚で辛みが無く甘い品種の野菜のことを言いますが、ヨーロッパなどでは滅茶苦茶辛いトウガラシやそれから作られる辛い香辛料をパプリカと呼びます。青唐辛子のピクルス…滅茶苦茶辛かったっけ。

赤い唐辛子だと見た目にヤバイのがわかるんですが、青唐辛子はシシトウみたいで一見辛そうに見えないので騙されてしまいます。本作のヒロイン・パプリカは髪や服の色、そして言動からして当然香辛料のパプリカですね。

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