戦闘妖精・雪風(その1)

いつから存在するのか判らない南極上空の「通路」。そこを通って地球に現れた謎の異星体ジャムの攻撃を受けた人類は逆襲に転じ、「通路」を突破した戦闘機は謎の惑星「フェアリィ」に辿り着いた……
戦闘妖精雪風は、宇宙のどこにあるのかも判らない惑星フェアリィ上空で繰り広げられる国連軍(フェアリィ・エア・フォース、略称FAF)とジャムとの「終わりなき戦い」を描いた連作短編のSF小説です。
作者の神林長平は、1984年の星雲賞(SF大会でSFファンが選ぶ文学賞)の短編部門を本作の最終短編「スーパー・フェニックス」で、長編部門を「敵は海賊・海賊版」で受賞し、翌1985年には改めて「戦闘妖精・雪風」で長編部門の受賞を受けています。「敵は海賊」シリーズも面白いので後日紹介したいと思います。
この作品も私の従兄弟から紹介されて知ったのですが、内容・文章スタイルには大きな影響を受けました。
ジャムの地球侵攻から30年余り。地球再侵攻を防ぐため、惑星フェアリィでは日夜FAFがジャムを相手に奮戦しているのですが、当初はエースパイロットクラスを投入していた各国も、何年経ってもらちの明かない泥沼の戦況に嫌気が差し、犯罪者や社会生活不適格者などを多数送り込んでくるようになっており、主人公である深井零もそんな一人です。
彼の属する特殊戦第五飛行戦隊は、15機の偵察機で構成され、あらゆる戦場に出撃しては様々なデータを採集して帰還することを任務にしていることから、通称ブーメラン戦隊と呼ばれています。生き延びて帰還することが最優先とされているため、高性能の機体(最新鋭戦闘機シルフィードを改造した戦術戦闘電子偵察機スーパー・シルフ)に強力な武装を有しながらも味方を援護することはなく、じっと戦況をみつめているだけなので、味方部隊からは「死神」と呼ばれて忌み嫌われています。
本書の魅力は、超音速の空中戦のような短く歯切れのよい書きぶりにあります。センテンスにあります。例えば第一話「妖精の舞う空」の一節はこんなかんじです。
「敵機」フライト・オフィサーが告げた。「10時の方向。低空を高速で接近中」
零はレーダー・モードをA/A(空対空)のルックダウンに入れ、探す。ディスプレイ上にブリップが八、八機か、八機編隊。コンピューターが目標データをはじき出す。敵、速度、高度、加速度、接近率、脅威の度合い―「足の長いミサイルは持ってないな」
「攻撃しますか」
「対空戦闘用意」
フライト・オフィサーは電子妨害と対電子妨害除去の点検。零はストア・コントロール・パネルを見る。RDY GUN,RDY AAMⅢ-4、RDY AAMⅤ-4、RDY AAMⅦ-6―対空兵装は完全装備。
上昇を始めた、と後席。HUD上にはHマークが出ている。「第一種射程距離。敵機八、距離250、ヘッドオン、接近中」
どうでしょう。航空機用語などわからない単語がいくつもあると思いますが、いかにもスピーディーな感じがしませんか。私もこんな文書が書きたいと強く思いました。
それから、ジャムと言う敵の正体は一切不明です。ジャムという名前も人間側が勝手きに付けたに過ぎません。戦闘する航空機があるのですが、どんな姿をしているのか、何が目的で攻めてきたのかなどは謎のままです。そもそも惑星フェアリィが彼らの母星なのか、単なる中継地なのかも皆目見当がついていません。そして次第に、そもそもジャムは人間を認識しているのか、この戦いは人間に対してではなく、地球のコンピューターに対して行われているのではないかという疑問が生じていくのです。しかし最終盤、ジャムは何と意外な対人間兵器を繰り出してきて…
以後「グッドラック、戦闘妖精・雪風」「アンブロークンアロー 戦闘妖精・雪風」と物語は続いているほか、本作はOVAにもなっています。メカはカッコいいのですが(ここの画像はOVAのものです)内容自体にはいろいろな批判もあって…うーむ。

今回は笑いがなくてすいません。しかし本書には思い入れがあるので、明日も雪風について語らせてもらう予定です。
最後に、本書はエピグラムがとてもかっこいいので紹介します。あらすじにもなっちゃってたりして。
妖精を見るには、妖精の目がいる(全体のエピグラフ)
様様なものを愛し、ほとんどに裏切られ、多くを憎んだ。愛しの女にも去られ、彼は孤独だった。いまや心の支えはただそれのみ、物言わぬ、決して裏切ることのない精緻な機械、天駆ける妖精、シルフィード、雪風。(第一話)
彼にとって地球は生命をかけて守るべき対象ではなかった。地球防衛の使命感に燃える者がそんな彼の心を知ったなら、激しい口調でこう言っただろう。「そんなことでは地球は滅びてしまうぞ」彼はそんな批難に対してこのようにこたえる男だった。「それがどうした」(第二話)
ジャムは雪風を狙う。雪風は自己能力を最大限に発揮してジャムに対抗する。しかし彼には、そのジャムと雪風の戦闘が感じられなかった。だがジャムはたしかにいた。雪風が彼に警告する。<ジャムはそこにいる>と。(第三話)
涙とは眼球表面を洗う体液である。彼にとって涙とはそれ以外のものではなかった。彼は悲しみを意識しない。戦いに感情は無用だ。(第四話)
雪風を守らなければならない。雪風の前に立ちふさがるものは消さなければならない。たとえそれが味方であろうとも。彼はそう思っていた。同時に、地球型コンピューターもそのように行動していることを彼は知った。(第五話)
雪風の潜在能力は彼の予想を超えていた。無人で飛ぶ雪風は、乗員保護装置のすべてを切り、設計限界を超えた能力を発揮した。彼はそんな雪風を手なずけようとしたが、雪風は彼の命令をエラーと判断し、自在にフェアリィの空を舞った……(第六話)
久しぶりに彼は祖国の人間と話す機会を得た。だが彼は日本語を使わなかった。彼は自分の言葉がうまく祖国の人間に伝わらないことに苛立った。苛立ちながらも彼は母国語は口にしなかった。自分の意志は日本語では表現不能だと彼は思った。彼は祖国の言葉を忘れた。(第七話)
ジャムは人間を直接狙ってはこなかった。だがジャムがその戦略を変更したとき、雪風は彼を護ろうとしなかった。雪風は彼や人類を護る武器ではなかった。彼はそのときはっきりとその事実を知る。雪風は燃え上る機体を捨てて、その炎の中から不死鳥のようによみがえり、彼から独立した。(第八話)
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