人間の性はなぜ奇妙に進化したのか:利己的遺伝子論に基づく繁殖戦略の果てに辿り着いた結論

昨日は一日中雨でしたがGW初日の今日は一転して晴天。行楽日和というやつですね。どんどん緑が溢れてきて、色濃くなっていく頃です。

本日はジャレド・ダイアモンドの「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」を紹介しましょう。ジャレド・ダイアモンドは1937年9月10日生まれのアメリカの進化生物学者、生理学者、生物地理学者、ノンフィクション作家で、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)社会科学部地理学科の教授です。

ジャレドの名を有名にしたのは、1997年出版の一般向けの書籍「銃・病原菌・鉄」です。各国語に翻訳され、世界的なベストセラーとなったこの本は、ニューギニアでフィールドワークを行っていた際に、あるニューギニア人からの「なぜヨーロッパ人がニューギニア人を征服し、ニューギニア人がヨーロッパ人を征服
することにならなかったのか?」との疑問に対する回答として書かれたそうです。ダイアモンドは、ユーラシア大陸の文明がアメリカ大陸の文明よりも高くなったのは大陸が東西に広がっていたためだから等、「単なる地理的要因」であるという仮説を提示し、「ヨーロッパ人が優秀だったから」という根強い人種差別的
な偏見に対して反論を投げかけ、大きな反響を呼びました。

ユーラシアは東西に長く、アメリカ大陸は南北に長いですが、その違いが重要なのだとダイアモンドは言います。なぜならば、東西に移動しても気候はあまり変わらないのに対し、南北に移動すると気候ががらっと変わり、作物や家畜の地域間伝播が困難になるからです。人類誕生の地とされ、時間的に一番長く発展する時間の余裕があったはずのアフリカ大陸についても、やはり大陸が南北伸びていて気候帯が変わるほか、乾燥地帯や熱帯ジャングルが占める割合が多く,交通も分断されていたなどが発展阻害の原因とされています。

「銃・病原菌・鉄」は1998年にピューリッツァー賞(一般ノンフィクション部門)を受賞しています。「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」も1997年に出版されました。原題は非常に直接的で「セックスはなぜ楽しいか」(Why is Sex Fun?)。訳者あとがきによれば、米国の書店から原書を取り寄せようとしたところ、「貴国では通関できない可能性があるのでお送りできません」とポルノ扱いされてしまったそうです。文庫化にあたっては女性や学生も手に取りやすいように改題したとか。まあ確かに原題のままだと図書館で借りるのもちょっとためらいますね。例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

人間は隠れてセックスを楽しみ、排卵は隠蔽され、一夫一婦制である―ヒトの性は動物と比べてじつは奇妙である。性のあり方はその社会のあり方を決定づけている。ハーレムをつくるゴリラや夫婦で子育てをする水鳥、乳汁を分泌するオスのヤギやコウモリなど動物の性の“常識”と対比させながら、人間の奇妙なセクシャリティの進化を解き明かす。「銃・病原菌・鉄」の著者による性の謎解き本。「セックスはなぜ楽しいか」改題。

ダイアモンドによれば、人間の性はほかの動物が知ったら驚くような奇妙な特徴をもっています。具体的には、
① 夫婦の長期的なペア関係
② 夫婦共同での子育て
③ 排他的なテリトリーを築かず他の夫婦と経済的に協力しあう ④ セックスは隠れて密かに行う
⑤ 排卵は本人にも覚知できず、もっぱら楽しみのためにセックスを行っている
⑥ 全ての女性が迎える閉経
などです。

本書は、そうした他の動物と比較してひどく奇妙で独特な特徴が、どのように進化してきたのかを明らかにしています。生物の最大の使命は自分の遺伝子の後世への伝搬だとすると、どのような方法が最も効率が良いか。あらゆる動植物が独自の戦略で生存競争を戦っている中、人間はどのような戦略を持つに至ったかが説明されています。そう、上記の奇妙な特徴は、人間の生存戦略の結果だとダイアモンドは言うのです。

この戦略が功を奏しているかどうかは…現在の人間の繁栄ぶりを見ればほぼお判りいただけるかと思います。もっと言えば鋭い爪や強大な牙、素晴らしい身体能力の代わりに脳を発達させていったというのも人間の生存戦略なんだと思いますが、結果出産は他の動物以上の一大難事となり、出産後の育成期間も非常に長くなってしまいました。犬猫のように、雄が交尾後は雌や子をほったらかしにした場合、その遺伝子を継承した子が生存する可能性は小さくなります。育児の代わりに様々な雌と交尾して子を増やそうとしても、その子が全然育たないのであれば繁殖戦略は破綻してしまいます。少なく生んで沢山育てるという戦略が生まれるまでの説明が非常に巧みです。

閉経…つまり繁殖力を失った雌が、人間の場合なぜ長期間生き続けるのかも、出産・育児の補助や知識の保存と伝達といういかにも人間らしい特性から説明されています。人間は自分の遺伝子を継承していない子供も「養子」にして育てたりしますが、『ヒト」としての種の存続という、より広い視野を持つというのも人間ならではなのかも知れません。

ダイアモンドは進化生物学者なので進化論に乗っ取って説明していますが、SF界でも人間に見られるさまざまな加齢現象や、出産適齢期を過ぎた後でも長い寿命が残っている理由をフィクションの観点から説明しようとした人がいます。それはラリィ・ニーヴン。

ニーヴンの「ノウン・スペース」シリーズに登場するパク人は幼生、ブリーダー、プロテクターの順に感化し、プロテクター段階になると生殖能力が失われる代わりに皮膚が硬質化し、歯が抜け落ちて口は嘴状になり、脳は非常に増大します。このパク人は地球に移民してきて、人間の直接的先祖なのですが、地球ではプロテクター段階になるのに必須な「生命の樹」が育たず、プロテクターは死に絶え、ブリーダーは本来の種から現生人類へ進化することになりました。

現生人類は「生命の樹」がないためプロテクターになることはできません(逆に言えば「生命の樹」さえあればプロテクターになります)が、その名残はあります。関節痛、循環器疾病、皮膚の皺、性欲の減退、歯が抜け落ちるなどといった現象は、すべてブリーダーからプロテクターへの変化を経た場合に利点となるのですが、「生命の樹」がないため単なる老化現象となってしまったのです。つまり老化とは不完全なプロテクターへの変化なのだというオチです。

それにしても、あらゆる犠牲を払い、あらゆる手段を尽くして行われる繁殖戦略…その先には一体何があるんでしょうかね。つまり生命を存続させる目的ってなんなんでしょうか。我々の身体を構成する細胞なんかもそう疑問に思っていたりして。偉大なる存在に進化するとか、宇宙の存続に役に立っているとか、神を構成する要素なんだとか、色んな解釈が主にSF方面にありますが、同時に宇宙船の壊れた小さな部品を製造できるようにするため(「タイタンの妖女」)とか、地球に漂着して脱出できなくなった超知性体が、ごく一部の人間の魂を地球を脱出するための乗り物(霊船)とするため(「妖星伝」)とか、かなり人類にとってはトホホなオチの作品もあります。そういうオチを考えられるというのもまた人間の偉大な知性なんでしょうけど。

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