星を継ぐもの:ハードSFの謎解きミステリー

いよいよ明日からゴールデンウィークですね。予定はバッチリかい、ベイビー!?久々にリアル明里パパンから明里ちゃん近影も届いてラッキーです。熊本ではそれどころではないでしょうが、及ばずながら熊本の物産を買うなどして支援していきたいですね。

本日は名作SF「星を継ぐもの」を紹介しましょう。イギリスのSF作家ジェイムズ・パトリック・ホーガンのデビュー作です。原題は「Inherit the Stars」なのでほぼ直訳ですね。

ジェイムズ・P・ホーガンは1941年6月27日生でロンドン出身。工業専門学校で電気工学、電子工学、機械工学を学び、設計技術者やセールスエンジニアとして欧州中で働きました。1977年に米国ボストンに移住し、仕事の傍らで「星を継ぐもの」を書いて作家デビューしました。1979年には作家専業となり、ハードSFの名作を発表し、巨匠の名声を馳せました。晩年はアイルランドで暮らしましたが、2010年7月12日、心不全で69歳で逝去しました。

日本では本作を含めて3度にわたって星雲賞を受賞するほどの人気を誇っています。「涼宮ハルヒ」シリーズに登場する、メインキャラの一人・長門有希は、情報統合思念体によって作られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース(要するに宇宙人)ですが、大変な読書家でいつも本を読んでいます。

角川書店の「ザ・スニーカー」2004年12月号は、“SOS団の部室で顔をあわせるたび、必ず本を読んでいる有希。「いったい何を読んでいるんだろう?」とみんなも気になっていたはず。今号は特別に、彼女がおすすめの100冊を選んでもらった。これを読めば、長門が普段なにを考えているかわかるかも? ”として、「長門有希の100冊」を紹介しています。SFとミステリーが多いのが特徴ですが、ラブクラフトの「真ク・リトル・リトル神話大系」なんかも入っています。そのリストの97番目に「星を継ぐもの」も入っています。私はこのうち25冊しか読んでいなかったのですが、おかげで26冊目ができました。
例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

月面で発見された真紅の宇宙服をまとった死体。だが綿密な調査の結果、驚くべき事実が判明する。死体はどの月面基地の所属でもなければ、ましてやこの世界の住人でもなかった。彼は五万年前に死亡していたいのだ!一方、木星の衛星ガニメデで、地球のものではない宇宙船の残骸が発見される。関連は?J・P・ホーガンがこの一作をもって現代ハードSFの巨星となった傑作長編!
Amazonには小野不由美の推薦文も載っています。「SFにして本格ミステリ。謎は大きいほど面白いに決まっている」

時は2028年。科学技術の進歩によってもたらされた全世界的豊饒と出生率の低下によりイデオロギーや民族主義的に根ざす緊張は霧消し、均一に豊かな地球世界が形成されています。やけに薔薇色の未来で羨ましいですが、この世界はあと12年でそこまではとても行けないですね。悲しいけどこれ、現実なのよね。

世界的に軍事予算は削減され、余った資金は宇宙開発に投入されました。すでに月は観光も可能になっており、木星までの内惑星にも探索の手が伸びています。そんな折、月面で発見された5万年前の遺体。ルナリアンと呼ばれ、個体名チャーリーと名付けられた彼は一体何者なのか?

本作はあり得ない現実と事実を突き付けられ、その謎を解き明かしつつ人類の生い立ちを解明していくミステリー仕立てのハードSFです。人類進化上の謎として知られていたミッシングリンクや、火星と木星の間にあるアステロイドベルト(小惑星帯)、月の起源と表と裏で大きく異なる様相の理由などについて、SFの視点から解釈を与えていきます。
著名な生物学者ダンチェッカーは、チャーリーがあまりに人間そのものなので、チャーリーは地球人であり、5万年前に月探検ができるレベルの文明があったと主張します。しかしそんな痕跡は地球のどこにもないじゃないかと反論する主人公の原子物理学者ヴィクター・ハント。

その後ルナリアンの基地の残骸が発見され、そこから見つかった食料らしい缶詰からは魚が発見されます。その魚は地球には存在しない種でした。ルナリアンが地球人だとすると、この魚はどこから入手していたのか?
地球の科学者が総力を挙げた調査が続き、チャーリーの遺物や基地から発見された文書からルナリアンの文字の解析も進み、ついにルナリアンはアステロイドベルトの軌道にかつてあった惑星「ミネルヴァ」からやって来たのだという仮説が生まれます。しかしダンチェッカーは別の惑星で進化した知的生命体がこれほど地球人そっくりになるはずがないと反論します。激論が戦わされる中、新たな発見はガニメデからもたらされます。

ガニメデの氷の中から発見された宇宙船は、地球のテクノロジーをこえる産物でした。そこにはガニメアンと呼称されることになる巨人の白骨が発見され、彼らの宇宙船であることが判明しますが、なんと地球の動植物のサンプルを満載していたのです。そしてその古さは2500万年前と判明します。
こうしたことからハントがダンチェッカーらと共に見いだした仮説は…というのが本書のキモ。というより、判明していく事実からいかに真実に辿り着こうとするかが見所です。
2500万年前にガニメアンによってミネルヴァに運ばれた地球の動植物。その中には人が類人猿から分岐する段階の「ミッシングリング」も存在しており、ミネルヴァで独自に進化したのが現生人類で、5万年前に地球に里帰りしたのだという、まさにセンスオブワンダーな仮説が楽しいです。

ミネルヴァにはガニメアンや缶詰の魚など、地球とは異なる生態系がありましたが、2500万年前に何らかの理由で二酸化炭素濃度が上昇し、生態系が破滅の危機に瀕しました。これを打開するため、ガニメアンは地球の動植物を移植し、二酸化炭層濃度の低下を試みました。「テラフォーマーズ」みたいですな。しかしそれは失敗し、ガニメアンは他の星に移住し、ミネルヴァの地上は地球産の動植物で満ちていきます。一方海中は二酸化炭素の影響を受けず、従来の生態系が保たれました。

ミネルヴァの環境は地球より遥かに過酷で、そこで生き延びるために進化は促進され、地球ではネアンデルタール人が登場した頃、既にミネルヴァでは原生人類が登場し、宇宙進出すら可能にしていました。彼らは闘争心に溢れ、乏しいミネルヴァの資源を奪い合った結果、二大勢力に別れて破滅的な戦争を展開し、遂にはミネルヴァを粉々に砕いてしまいました。そしてミネルヴァの月は軌道を離れて太陽系内部に向かい、地球の引力に捉えられて地球の月となりました。月で生き残ったルナリアンは一か八かで地球に向かい、持ち前の闘争心でネアンデルタール人を駆逐していき、地球人となります。

これがハントの描いた「仮説」です。大変エキサイティングで面白いのですが、今となっては若干MMRのキバヤシ臭を感じますね。まずアステロイドベルトが惑星の残骸という説は古典SFに良く出てくる話ですが、今では惑星があったにしては質量が小さすぎ、今では最初から小惑星帯だったとされています。

また月と地球の関係については親子説、兄弟説、他人説などありましたが、本作では他人説を採用しているのに対し、現代の主流はジャイアント・インパクト説(地球がほぼ現在の大きさになった頃、火星程の大きさの天体 (テイア) が地球にオフセット衝突し、その衝撃で蒸発・飛散した両天体のマントル物質の一部が地球周回軌道上で集積して月が形成されたとするもの)となっています。

また月の裏表の大きな相違も、月の形成初期の超巨大衝突によるとされています。本書のように核戦争の結果だということなら凄いことになるんですが。
なお、本書の中ではルナリアンは5万年前、ガニメアンは2500万年前ということで、間接的にはともかく、直接の関連はないとされていますが、冒頭、チャーリーとガニメアンらしい巨人コリエルが登場しており、ルナリアンとガニメアンが共存していたらしい状況が示唆されています。この謎は解明されていない…というかハント達はその事実を知らないままでいます。

実は「星を継ぐもの」は、「巨人たちの星」シリーズと総称されるシリーズの第一弾であり、続編に「ガニメデの優しい巨人」、「巨人たちの星」、「内なる宇宙」、「Mission to Minerva」(未訳)があります。きっとこの中で謎は解決されているのだろうと思います。あ、「巨人の星」シリーズとお間違えなきように(笑)。

なお、星野之宣によって漫画化され、小学館の「ビッグコミック」で2011年5号から2012年16号にかけて連載され、4巻の単行本に纏められています。未見ですが、内容は「ガニメデの優しい巨人」、「巨人たちの星」までを含み、独自の解釈や原作にないエピソードを加えており、2013年に星雲賞コミック部門を受賞しています。星野之宣はスケールの大きなハードSF的ストーリーを得意とする漫画家なので、相性も良かったんでしょうね。
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