封印作品の謎(その2):抗議と差別の狭間で

文庫版
 
 今日も比較的暑さは控えめでしたが…今週また山場が来そうですね。何度目だ!どんなに北風と太陽のエピソードのように、ここで涼風でも吹かせた方が、「夏が好き」って人を増やせそうなものなんですが。

 花村萬月の「ゲルマニウムの夜」読了。芥川賞受賞作ということで、敵は純文学と構えて読んだのですが…なんだ、普通に読めるじゃん。純文学ってのはもっとつまらないものだと思ってました。純文学がつまらないのではなく、つまらない純文学があるということでしょうか。感想はまた後日に。

 今夜は、昨日に続いて「封印作品の謎」の後半です。これまではテレビ・映画が取り上げられていましたが、今回は漫画・ゲーム関係です。まずは手塚治虫の超有名作品「ブラックジャック」。

ブラックジャック

 ブラックジャックといえば、1973年から83年まで連載(79~83年は不定期夫の読み切り連載)された、手塚治虫の漫画家生活30周年を記念して連載された傑作ですが、実際には「死に水」を取るための短期連載が想定されていたそうです。

 トップクラスの人気を誇っていた手塚治虫も、1960年代の終盤になると少年漫画では「過去の漫画家」と見なされるようになり、経営していた虫プロダクションの倒産もあって、どこの雑誌社も使おうとしなかったとも言われています。当時の「週刊少年チャンピオン」編集長の壁村耐三(吾妻ひでおの「失踪日記」にも登場しています。業界では非情に有名な編集者だったようです)が花道を飾ろうと、数回分の連載枠を用意したのが連載開始のきっかけと言われています(壁村耐三は手塚治虫自身が持ち込んだ企画だったと証言しているそうです)。

 連載が開始されると読者の反応も良く、連載の続行が決定しました。その後「週刊少年マガジン」で連載した「三つ目がとおる」とともに手塚治虫の少年漫画における1970年代の最大にして、少年漫画家としては最後のヒット作です。またこの作品によって現代まで続く「医療マンガ」のジャンルが形成されるきっかけにもなりましたなった。

 内容的には、医学的リアリティと大胆なフィクションが並存していて、相棒でもあるピノコの誕生譚を始め、異星人やミイラ、幽霊、コンピュータをも手術するなどの突飛な設定の話もあり、また架空の病気も登場していますが、総じて高い物語性があるため、単行本の売り上げは手塚治虫の他作品を大きく引き離し、なお新たな読者層を開拓し続けていると言われています。

植物人間

 そんなブラックジャックには、少年チャンピオンに連載されたにもかかわらず単行本未掲載の作品がいつくかありました。それは作品内容に手塚治虫が納得しなかったからとも言われ、手塚治虫の死後に刊行された作品集などで取り上げられたりしてほぼ解消されたのですが、なお掲載されない2本の作品があります。それが本書でも取り上げられている第41話「植物人間」と第58話「快楽の座」であり、いずれも脳手術を取り扱っています。

「植物人間」のワンシーン

 「植物人間」は、事故で脳死状態(劇中では「植物人間」と呼んでいます)になった女性患者の脳と息子の脳を直結して電流を流して脳死の再判定をするという話ですが、頭蓋骨切開のフリガナに「ロボトミー」という単語を使用しています。ロボトミーというと、一般には1930年代から70年代まで行われた精神疾患患者に施された前頭葉切断術を指します。1949年にはノーベル生理学・医学賞が与えられていますが、抗精神病薬の発展やロボトミーのもたらす重大な副作用が問題視され、日本では昭和50年以降は精神医学上の禁忌とまでされています。

「植物人間」問題のシーン

 この作品の場合、実際のロボトミーとは異なることは明らかなので、ロボトミーのルビを外せばいいようなものですが、実際にはもう一つ問題があります。電流を流した結果として、手術後に息子は母と会話し、まだ生きていることが判ったと言うのです。そして母を治療するために医者になることを誓うのですが……脳死を人の死と認め、脳死による臓器移植が普及しつつある現在、この息子の主張が正しいとすると、脳死状態でも意思疎通ができないだけで患者には意識があるということになり、現在の「死」の定義に波紋を投げる内容とも言えると思います。作品では患者が生きているのかしんでいるのかを明らかにしていませんし、母親と会話したというのも息子の幻覚だという解釈もできるのですが、「封印」を解くには少々危険な作品となっていると言えます。

快楽の座

 「快楽の座」は、精神病患者に超小型の電子装置(スチモシーバー)を装着させて治療を試みるという話です。手術を行うのはブラックジャックではなく、鬼頭教授という医者です。ブラックジャックは人間には危険だと反対するのですが、鬼頭教授は鬱病質の少年に装着手術を施します。少年が少しでも暗い気持ちになると装置が電波を出して暗い気持ちをかき消すというのですが、少年は笑いながら鬼頭教授を刺して逃亡、自宅でも手術を了承した母親を縛って笑いながら刃物をちらつかせます。

時計仕掛けのオレンジみたい

 結局はブラックジャックがすんでの所で救出し、電子装置を外す手術を行い、母親に勉強を押しつけたり将来を無理強いしないことなどの「処方箋」を渡します。

「快楽の座」の一部

 鬼頭教授は快楽中枢を刺激することで苦痛を取り除くことができると考えたのですが、実際には笑いながら暴力を振るう恐ろしい人間(「時計仕掛けのオレンジ」の主人公みたいですね)を誕生させてしまったというところに皮肉が聞いていてストーリー的にも面白いのですが、なぜ封印されてしまったのでしょうか。「封印作品の謎」によれば、「植物人間」同様脳手術を取り扱っていたからだということになります。

「快楽の座」ラスト

 実は手塚治虫はブラックジャックの他の作品で「ロボトミー手術」という単語を使っていますが、精神医学が禁忌としたロボトミー手術を美化し、障害者差別を助長したとして抗議を受けて「吊し上げ」を喰らった結果、全面的に謝罪をしているのです。当該作品は、他の手術にすることでも作品として成立するものだったので、内容を一部変えて単行本にも掲載されていますが、手塚治虫は明らかに脳手術を扱うことを恐れるようになり、内容が脳手術であり、改変すれば作品として成立しない上気ニ作品を封印したようなのです。

 手塚治虫は医学博士の称号を持っていましたが、実際には臨床の経験もなく、長い漫画家生活の中で医学的知識をアップデートする余裕もなかったのだと思われます。なお、「植物人間」は抗議事案の発生後に単行本から削除されたのに対し、「快楽の座」は一度も単行本に掲載されていないことから、抗議以前から手塚治虫が単行本掲載が不適切だと判断していたものと思われます。

PS2版水夏+

 最後は18禁ゲームの話です。厳密に言えば封印された訳ではないのですが、埼玉県医療整備課が監修に当たった病原性大腸菌O-157対策の教育ソフトに18禁ゲームのキャラクターが使われていることが発覚し、報道されたことにより抗議が殺到し、県が監修を降りたという話です。

 問題のキャラクターは18禁ゲーム「水夏」(すいか)に登場したキャラということで、メーカー側は開発費の節減のためと「水夏」自体が性描写を削ったコンシューマー版も発売(PS2用)していることから問題ないと考えたようですが、実際には「授業にAV女優が出てくるようなもの」と抗議を受けることになってしまいました。なお、ゲーム自体は県の監修がなくなってからも開発が続けられ、「水夏~おー・157章~」として発売されるに至っています。

水夏おー157章

 埼玉県が監修を降りた後、今度は逆の抗議「AV女優出身のタレントが授業に出演したらまずいのか」「ゲームの前歴の何が問題なのか」といった声が寄せられるようになったそうです。この話題は、作者の安藤健二が記者時代に起きたもので、元AV女優の飯島愛にコメントを貰おうとして取材拒否されたりしています。

 「AV女優を教育の場から外すことは差別なのか?」という疑問に対し、別なAV女優の意見を聞きたいと言うことで、作者が接触したのが元AV女優の小室友里でした。

小室友里当時の作品

 小室友里は「1990年代最後のAVクイーン」と呼ばれた人です。当初グラビアアイドルとしてデビューし、1996年にAVデビューし、持ち前の親しみやすさと美貌でファンが急増し、主要AVメーカーの代表的なシリーズ作品を総ナメにするなど、1999年にAV引退を宣言するまで、約4年間にわたってナンバーワンAV女優として君臨しました。

 AV引退後は成人指定作品を含む映画、Vシネマ等への出演を続けつつ、よりマルチタレント的な活動を展開し、2000年代前半には歌手、舞台女優としての活動にも力を入れた他、文才を生かしてスポーツ紙などに連載を持ち、2005年から2006年にかけては実業家を目指すブログを開設したりしています。

小室友里当時の作品2

 小室友里は肯定否定どちらの立場もわかるとした上で、AVは成人男性をターゲットとしていて子供を対象にしていないこと、AVはクレームに反論できたり、誰かに自慢できるようなことではないとした上で、「あの世界の人はどこまで行っても後ろ指を指される。『まして教育なんて』と思いました」と語っています。本人も元AV女優という肩書きを背負っている以上、様々な差別や偏見に晒されたそうですが、それでも改名しないで活動している理由について、最終的にはばれてしまうし、逃げたくなかった。AVに出演していたという過去は決してなかったことにならない。思った以上に大きな存在になった「小室友里」を背負っていくことが自己責任だという旨の説明を行っています。

小室友里当時の作品3

 AV女優=18禁ゲームキャラというものでは必ずしもないとは思いますが、やはり対象が限定的だったものを事実上限定解除にしてしまうことには疑問視・問題視の声が上がるのは必然的かもしれません。それは「差別」だという議論もあってしかるべきですが、行政や自治体がうかつに手を出すべき分野ではないと言えるでしょう。三鷹市水道局のように、考えに考えた末のアニメキャラ登用であれば10年以上続けることも可能なのでしょうが、それだけの知識も覚悟もなかったということでしょうか。
 あと、AVは需要があるのは確かなのですが、やはりうかつには進んではいけない「必要悪」の領域ですね。いろいろな理由があってAV女優という道を選択するのでしょうし、説教じみたことを言う柄でもないのですが、とりあえず壇蜜さん、AV方面だけはいかないでねという個人的メッセージで本日の記事は締めさせて頂きたいと思います。

壇蜜さん
↑そんな私の老婆心を不思議そうに見つめる壇蜜さん。目元の化粧が濃いですよ。AV業界はきっと虎視眈々とあなたを狙ってます。ご用心ご用心。
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非公開コメント

No title

『封印~』は労作ですね。面白かったし、抗議する側、自粛する側のそれぞれの事情が赤裸々になって面白かったです。
抗議側も決して善意の抗議だけじゃないんだな、とか。


まー、うちの県なんか、AVに出演していたらしいプロレスラーが県議会議員やってましたが(笑

「マスクしているから私だと断言できない」的な主張してました。
もっともマスク着用での議会参加に対しては「マスクをしているからこそ私だと有権者にわかる」てな説明をして・・・。
明らかに矛盾していて、そっちの方が明らかに教育に悪い(苦笑

No title

ブラック・ジャック! 懐かしいです。
あの本を児童館で全巻読んで、衝撃を受けて
「俺も無免許の外科医になる!」
と強く心に誓ったものです。。。
(全然なってないけど (^_^;)
ブラック・ジャックにも封印の作品が有ったんですね。
また読んでみたいなぁ。。。

Re: No title

こんばんは、いらっしゃい。

まあ家族でやってる変な団体とかもありますからね。抗議自体はいけないとは思いませんけど、吊し上げみたいなのはちょっと。

AV出演プロレスラーって、「Sスケのジュニアはヘビー級」に出てたザ・グレート・Sスケですか?現物は見たことないんですが、紹介記事は見ました。「私と断言できない」とか言ってる時点でほとんどカミングアウトじゃないかと(笑)。

いやいや、プロレスは子供の頃から見ておくと、世の中がわかっていいんじゃないかと(ルールはあるけど多少やぶっても平気とか、あんまりひどいとやっぱりダメとか、ばれなきゃ色々やってもいいとか)。

Re: No title

こんばんは、いらっしゃい。

ブラックジャックは今も新たなファンを生み続けている手塚漫画でも希有な作品らしいですよ。

今の若い人は信じられないでしょうけど、ブラックジャックを連載していた頃の少年チャンピオンは少年ジャンプより売れていたんです。がきデカとかドカベンとかマカロニほうれん荘とか、錚々たる漫画がそろっていて、「ヤング○○」という青年誌のない時期にその代わりを務めていました。まあその時期はあまり長くは続かなかったのですが…

手塚治虫って

神様なんでしょうが、自分は好きじゃなかったんですよね。
が、リアルタイムで「ブラックジャック」を見てテイストの違いにビックリ!
夢中になって読みました。
チャンピオンの黄金時代に一役買っていたのは間違いないでしょう。

この本、気になって調べたら2もあるんですね。
「キャンディ♡キャンディ」、「オバケのQ太郎」などが再販されない理由だそうですが、Q太郎の方は気になりますね(笑)
あと、内容がカブってますが「消されたマンガ」っていう本も面白そうです。

Re: 手塚治虫って

 junkyさんこんばんは、いらっしゃい。

 ブラックジャックは当時「古いマンガ家」というレッテルを貼られて人気を失っていた手塚治虫の「死に水を取る」つもりで企画したものが、予想以上にヒットして手塚治虫の復活に一役買ったらしいです。

> 夢中になって読みました。
> チャンピオンの黄金時代に一役買っていたのは間違いないでしょう。

 今の人は知らないでしょうが、当時(70年代後半)のチャンピオンはジャンプより売れていたのです。二度とは戻らない黄金時代…

> この本、気になって調べたら2もあるんですね。
> 「キャンディ♡キャンディ」、「オバケのQ太郎」などが再販されない理由だそうですが、Q太郎の方は気になりますね(笑)
> あと、内容がカブってますが「消されたマンガ」っていう本も面白そうです。

 「消えたマンガ家」は知っていましたが、そういう本もあったんですね。確かに面白そうです。オバQはWikipediaによると、F側とA側で著作権でもめたせいらしいと。2009年7月に刊行された「藤子・F・不二雄大全集」でFとAの共著扱いで、再び出版されているそうです。

 それはそうと、かつてアニメ化もされていた「ジャングル黒べえ」は今では完全アウトなんでしょうね。

オバQ

そうかぁ、Fの夫人はAがお嫌いなんですね・・・

このネタが出たついでに言いますと
ブラックテイストのAの方が好きです(笑)
プロゴルファー猿、魔太郎がくる!、笑うせぇるすマンとか。

Re: オバQ

junkyさんこんばんは、いらっしゃい。いつもありがとうございます。

> そうかぁ、Fの夫人はAがお嫌いなんですね・・・

 何があったかは知りませんが…。長いこと一緒にやってればそれは色々あるんでしょうね。当事者二人は決して不仲ではなかったそうですが。

> このネタが出たついでに言いますと
> ブラックテイストのAの方が好きです(笑)
> プロゴルファー猿、魔太郎がくる!、笑うせぇるすマンとか。

 子供の頃はブラックなのはあまり好きではなかったのでFの方が好きでしたが、成長していくとAの良さが分かってきますね。オカルト好きだったので、違うマンガ家の作品ですが「エコエコアザラク」とかも私は好きでしたね。

 もっとも魔太郎の場合は、よくあんな不気味な魔太郎を性懲りも無く構うなあと、次から次へと出てくる「いじめっ子」達に感心していました。軒並み酷い目に遭っているのに噂にならないんでしょうかね。
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