図書館の海:恩田陸の短編集はさながら長編予告編

9月になりました。札幌ではとっくに新学期が始まっているのであまりピンときませんが、かつての学生時代ならうちひしがれて登校していましたね。3年前(2012年)の札幌の9月はこのイラストのようだったそうですが、こういうのは勘弁です。平穏かつ涼しい9月を希求します。

本日は恩田陸の短編集「図書館の海」です。「図書館の海」は2002年に新潮社から刊行され、2005年6月26日に新潮文庫から文庫版が刊行されました。私が読んだのは文庫版です。1995年から2000年にかけての短編が10編収録されており、長編小説の番外編あるいは予告編といったものが含まれています。
例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

あたしは主人公にはなれない――。関根夏はそう思っていた。だが半年前の卒業式、夏はテニス部の先輩・志田から、秘密の使命を授かった。高校で代々語り継がれる〈サヨコ〉伝説に関わる使命を……。少女の一瞬のときめきを描く「六番目の小夜子」の番外篇(表題作)、「夜のピクニック」の前日譚「ピクニックの準備」など全10話。恩田ワールドの魅力を凝縮したあまりにも贅沢な短篇玉手箱。

ということで各話について。まず「春よ、こい」。これはユーミンの歌の方に影響されている作品です。香織と和恵、二人の女子高生に訪れる不幸とやりなおしの物語。この延長上に名作「ライオンハート」があるんではないかと思ってしまう時間ものです。二人が母と娘になったりして惨劇を防ごうとします。

「茶色の小壜」。こちらはグレン・ミラーの名曲「茶色の小瓶」に由来するタイトルです。親しいわけでもなかった有能なOLにふとした切っ掛けで興味を持ってしまった女性のお話です。看護師を目指していたはずの彼女はなぜ普通のOLになったのか、よせばいいのにあれこれ嗅ぎ回った結末は…というちょっとホラーな話。雉も鳴かずば撃たれまい。

余談ですがジャズのスタンダードの「茶色の小瓶」は洋酒の瓶を指しており、オリジナルの歌詞は「彼女はジンが、僕はラムが大好き (She loves gin and I love rum)」と言っており、本来は貧困に喘ぎつつも飲酒をやめられないアルコール依存症の夫婦を歌った歌だったのですが、メロディが明るく陽気なので、子供向けに歌詞が改作されており、こちらでは紅茶や牛乳、ジュースなど望むものが何でも出てくる魔法の小瓶になっています。当然酒だって出てくるんじゃないかと…

「イサオ・オサリヴァンを捜して」。今だ未完のSF長編「グリーンスリーブス」の予告編。ベトナム戦争の有能な戦士イサオ・オサリヴァンは本当は何と戦っていたのか…というお話。面白そうですが、まだ刊行されていないのが残念です。

恩田陸自身が言うには、“「イサオ・オサリヴァンを捜して」はベトナム戦争をテーマにした短編であったが、そもそもは世界各地のジャングルの奥に異質な生命体が埋もれており、それらが人類に接触して覚醒と進化を促し、文明の基を作らせたり、いわゆる超能力を持った新人類を誕生させたという設定であった。ベトナム編はこの「イサオ・オサリヴァンを捜して」を発展させた「グリーンスリーブス」を予定していたのだが、いわばその日本版として書いたのが「夜の底は柔らかな幻」だった。”とのことなので、「夜の底は柔らかな幻」が出たことで「グリーンスリーブス」は出ないのかも…

「睡蓮」。「麦の海に沈む果実」をはじめとする「水野理瀬」シリーズの一編で、小学生のチビ理瀬が登場します。従兄弟の稔(高校生)と亘(中学生)も登場。あと例のパパンとの物心ついてからの初遭遇も。亘の恋と破局が示唆されていますが、理瀬がそれに全く絡んでいないのが残念。

嫉妬した理瀬が初めて「黒理瀬」になって破局を導いていたりしたら良かったのに。少女の美しい容姿と裏腹の醜い感情とか想念といったものをぜひ見たかった。暗黒のような泥から生じて、それでいて汚れ一つない美しい花を咲かせる睡蓮はまさに理瀬のイメージですね。

「ある映画の記憶」。一色次郎の小説「青幻記」(太宰治賞受賞)を映画化した「青幻記 遠い日の母は美しく」(1973年)を巡るお話。この映画の一シーンが忘れられない主人公が思い出した「過去の犯罪」とは。「遠い過去の事件は長い影を引く」というのは“ミステリーの女王”アガサ・クリスティーが好んだテーマですが、忘れていた事件の真相に辿り着いてしまった主人公はこれからどうする?どうもしない気がひしひしとしますね。

「ピクニックの準備」。既に紹介しました第2回本屋大賞、第26回吉川英治文学新人賞受賞作「夜のピクニック」の前日譚です。細かい設定は本編と微妙に異なっており、その後いろいろ構想を練ったことを窺わせます。なお、雑誌の2001年1月号用の原稿として1日で書いたそうですが、独立した作品でないとダメと言われてボツになったのだそうです。故に未発表でこの短編集の描き下ろしという扱いになっています。

「国境の南」。これもナット・キング・コールの同名のスタンダードナンバーから取られてタイトル。今では村上春樹の「国境の南、太陽の西」の方が有名だったりして。

どこにでもありそうな喫茶店のちょっといいお姉さん風の店員が行っていた恐るべき行動とは。彼女は何のためにそんなことをしていたのか。平凡そうな人間の奇怪な行動は妙な人間のより怖いですね。そしてそんなことをするのが一人だけでなかったとしたら…という恐怖。

「オデッセイア」。「ピクニックの準備」がボツになったので代わりにまた一日で書いたという作品。移動する都市「ココロコ」の話ですが、これを読んで思ったのは……

「ココロコ」って「ママトト」じゃないの?ということです。操縦しているか自発的に移動しているかの違いはありますが、要するに移動要塞ですよね「ココロコ」も。発想は全く違うようですが、作者も「旅する城塞都市」って言っているし。実は水上も空中すらも移動できる「ココロコ」はママトトよりも高性能なので、これさえあれば「ママトト」世界の天下統一も夢じゃなかったりして。

「図書室の海」。表題作で、恩田陸の処女作「六番目の小夜子」の番外編です。まだ読んでいないので今後機会があったら読もうと思っていますが、1992年の作品ですが、後に大幅に加筆されています。「図書館の海」は予告編ではなく番外編とも言うべきもので、「六番目の小夜子」の4年前の学校を描いています。

主人公の関根夏は「六番目の小夜子」の主人公関根秋の姉にあたるようです。なお2000年4月から6月まで全12回のテレビドラマとしてなんとNHK教育で放映されています。高い人気を誇り、5回もの再放送が行われ、ビデオ化・DVD化もされています。鈴木杏や栗山千明、山田孝之などが出演していたようです。

「ノスタルジア」。1995年の作品で短編集で最も古い作品。「懐かしさ」を呼び起こすエピソードをそれぞれが語る中で“私”が思い浮かべたのは…というちょっとホラーな作品ですがあまり怖くありません。幼馴染みですがあまりに真摯な姿勢がうっとうしくなっていった女友達由紀子と再会することなった主人公。疎遠になっていたのに今さらと憂鬱になりながら指定の宿に向かいますが…。「春よ、こい」のように時間軸が違うパラレルワールドな話かも知れませんが、ちょっと漠然としてよくわかりません。

本書は2005年の「新潮文庫の100冊」の一冊に選ばれているそうです。各話とももっとボリュームがあればと思ってしまうのは、恩田ワールドの予告編的な色合いが強いからでしょうか。特に理瀬シリーズはもっともっと読みたいのですが。もしアニメ化するなら、理瀬のCVはぜひ早見沙織でオナシャス!

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