万能鑑定士Qの事件簿Ⅰ:素敵ヒロイン凜田莉子登場

いかにも梅雨らしい一日でした。鬱陶しいですが、こういう日も一年の間には必要なんでしょう。7月に入る土曜日あたりから暑くなりそうですね。今年の夏は厳しい予感が…

本日はここのところよく読む松岡圭祐の「万能鑑定士Qの事件簿Ⅰ」を紹介しましょう。松岡圭祐は人気シリーズ物が多いですが、「Qシリーズ」は2010年から始まった比較的新しいシリーズで、「催眠」や「千里眼」でくどいほど言及されていた催眠に関する話は一切登場しません。
「Qシリーズ」は第一部「万能鑑定士Qの事件簿」(全12巻)、第二部「万能鑑定士Qの推理劇」(全4巻)、短篇集「万能鑑定士Qの短編集」(既刊2巻)が刊行されています。「Qシリーズ」は「千里眼シリーズ」とともに松岡圭祐の双璧シリーズと思われます。

キャッチフレーズは「面白くて知恵がつく 人の死なないミステリ」で、その通りシリーズを通し一件も殺人事件がなく、物語中では自然死も描かれません。私立探偵や刑事でないフリーランスの職業の、若く美人だが天然系の女性が広範な知識を武器に、少々頼りない男性助手と共に「人の死なないミステリ」を解決していきつつ、恋模様も描かれるというライトミステリ・シリーズで、三上延の「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズや西尾維新の「掟上今日子の備忘録」シリーズ等の先駆けとも言われています。
実は「万能鑑定士Qの事件簿Ⅰ」は、シリーズのプロローグであり、さあこれからが大変だというところで終わっており、事件の結末は次巻「万能鑑定士Qの事件簿Ⅱ」に持ち越されているのですが、これまで読んでいるとブログ記事に間に合わないので、一応一冊は読んだと言うことで強行紹介してしまいます。

「万能鑑定士Qの事件簿Ⅰ」は2010年4月25日に角川文庫書き下ろしで刊行されました。その後の刊行は極めてハイペースで、第一部「万能鑑定士Qの事件簿」全12巻が2011年10月までに連続刊行されています。例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。

東京23区を侵食していく不気味な“力士シール”。誰が、何のために貼ったのか? 謎を追う若き週刊誌記者・小笠原は、猫のように鋭く魅惑的な瞳を持つ美女と出会う。凜田莉子、23歳──瞬時に万物の真価・真贋・真相を見破る「万能鑑定士」だ。信じられないほどの天然キャラで劣等生だった莉子は、いつどこで広範な専門知識と観察眼を身につけたのか。稀代の頭脳派ヒロインが日本を変える!書き下ろしシリーズ第1弾!!

ヒロインは凜田莉子。出身地は波照間島。九州から遥か南西にある沖縄県ですが、沖縄本島からさらに南西にある石垣島を中心とする八重山諸島の一島で、人口は490人。有人島として日本最南端の島であるとともに、民間人が日常的に訪問できる日本最南端の地でもあります。沖縄本島よりも台湾の方がずっと近いという。

上京して5年、23歳にして万能鑑定士という凄まじい肩書きを持ち、警察や大学などにも知己を持つ凜田莉子は、相方となる「週刊角川」編集部の小笠原悠斗と出会いました。緩いウェーブのロングヘア、猫のように大きく円らな瞳を持ち、モデルのように長い手足を持つ掛け値なしの美人である莉子は、悠斗の目の前で他の依頼人による絵画の真贋鑑定を一発で、かつぐうの音もでないほど論理的に行ってその実力を見せつけます。莉子の事をよほどの大学を出た天才的慧眼の持ち主と思う悠斗ですが、ところがぎっちょんちょん。

石垣島の高校に通っていた莉子さん、もちろん美少女JKではありましたが、体育や音楽・美術を除いてオール1という万年最下位の凄まじい劣等生だったのでした。美貌とは裏腹に天真爛漫で明るく素直で、担任の先生も卒業を含めてその行く末を心から心配しているという状態でしたが、本人はあっけらかんとコネも伝手もないままに上京すると言います。

実は慢性的な水不足に悩む故郷の波照間島の生活環境をなんとかしたいという高邁な夢を持っており、純粋かつ真摯な莉子の姿勢に打たれた先生は、おそらく莉子の高校卒業に多大な貢献をなしたと思われ、晴れて莉子は18歳にして上京することができました。中野の三畳一間のボロアパートという、「SHIROBAKO」の新人アニメーター安原絵麻以下の住環境に甘んじながら(まさに掃き溜めに鶴)就職活動を行いますが、なにしろ一般常識も知識のないため大難航することになります。

上京後一ヶ月で、家賃すらままならないほど困窮することになった莉子は、不要品を売ろうとリサイクルショップを訪れます。そこの社長瀬戸内陸は、かつて牧師になって孤児院をやろうと思った人物ですが、そのためにまず財をなそうとリサイクルショップを始めたものの、人助けに追われて経営も火の車という人物でした。が、莉子にとってはまさに神様。困窮する莉子の話を聞いて援助してくれたばかりでなく、莉子に合った勉強法を伝授してくれたのでした。

実は莉子、非常に感性豊かで音楽や絵画・小説にのめり込むと他の事を全て忘れて感動するタイプでした。そういう人が勉強のために淡々とクールに教科書を読むというのがそもそも間違っていたということで、まずは感性にフィットしやすい歴史や国語から攻略し、以後理数系などでも勉強法を伝授されたことで、「賢く」なることに成功します。というか莉子は本来とても賢い子だったのですが、彼女に相応しい勉強法を教えて貰えていなかったのですね。

あらゆる商品カタログを高速で読み込み、しかも忘れないという特異な才能を発揮しだした莉子はリサイクルショップで働き始め、鑑定士に必要な知識を身に付けていきますが、莉子が20歳になった頃、いよいよリサイクルショップの経営が危うくなり、瀬戸内は独立を勧めます。
そして飯田橋の神田川沿いにある雑居ビル1階に、「万能鑑定士Q」の店を構える莉子。「万能鑑定士Q」の名称は瀬戸内が付けたもので、「Q」はクイーンを意味するそうですが、そのネーミングセンスは天然の莉子さえドン引くかせ、以後「Q」の意味を聞かれる度にとぼけるようになっています。なお莉子は特別な資格を持っているわけではなく、「鑑定士」はあくまで屋号ですが、絵画、骨董、宝石、ブランドは勿論、漫画や映画など広いジャンルの事柄について即座に鑑定するだけの知識、能力を有しているほか、高度な論理的思考(ロジカル・シンキング)法を駆使します。

で、そうした莉子が「万能鑑定士Q」を開業するまでの過去が描かれつつ、現在小笠原悠斗が持ち込んでいる鑑定ネタが入っていきます。悠斗は編集長から最近あちこちに貼られている謎の「力士シール」の謎を追うことを命じられており、その鑑定を莉子に依頼しようとしていたのでした。

「力士シール」とな!?それは冬季アニメ「CHAOS;CHILD」に登場した不気味なアレか!「CHAOS;CHILD」では猟奇的な事件(ニュージェネレーションの狂気の再来)の現場付近に多数の力士シールが貼られているのが確認されていました。この「力士シール」、私はてっきり「CHAOS;CHILD」のオリジナル設定だと思っていたのですが…なんと実在していたのでした。

「力士シール」は、2008年頃から東京都内の壁や電柱、ガードレールなどの至るところに大量に貼られ始めたという、謎のシールで、力士の顔を二つ繋げたようなデザインをしていることから「力士シール」と呼ばれるようになりました。シールの枚数が数百枚と大量に見つかっていますが、シールの制作者が誰なのか、貼っている目的が何なのかが一切不明なことなどから、インターネット上では様々な憶測が飛び交ったそうです。き、気付かなかった…このリハクの目をもってしても(いやリハクだからだ)。

サイズやデザインは複数のバリエーションがあり、ネットでは「海外の犯罪グループによる、薬物取引の目印説」「カルト組織による、何らかの暗号・記号説」「カラーギャングによる、縄張り争い説」などの憶測がなされていたそうです。いやあ知らなかったなあ。
作中での「力士シール」は、莉子の鑑定により二種類のバリエーションがあること、描き手が異なることが判明しましたが、知り合いの早稲田大学准教授に依頼した科学的分析によると、前後関係はなく同時に描かれたもので、しかもスタンプを押すように瞬時に描かれたものであることが明らかになります。

さあそしてどうなると注目される「力士シール」の顛末ですが、実はそれどころではない事態が勃発します。莉子と悠斗が出会って数日後、日本を未曾有のハイパーインフレが襲い、町はヒャッハーな暴徒が暴れている始末。かつての日本の姿はもうどこにもありません。どうやらそれは、莉子が察知して警察に知らせた不法侵入事件を関係があるようなのですが、その概要については明らかにされていません。しかし混乱の中、莉子は故郷である波照間島に帰ろうとしています。単なる郷愁ではなく、彼女なりの思惑があるようなのですが…以下続巻となっています。

「千里眼シリーズ」の岬美由紀がスーパーウーマン過ぎて「さすおに」的な気分になってちょっと辟易しましたが、凜田莉子はいいですね。スゴイ美女ですけど、感受性が強くて涙もろいし、JK時代の天真爛漫さを持ち続けています。特別タフでもないので、ヒャッハーな環境に置いておいては危ないのですが、何しろシリーズが「人が死なないミステリ」なので、雌奴隷にされたりといった西村寿行的展開はないでしょう。莉子ちゃんには「そのままの君でいて」と思ってしまいます。
スポンサーサイト