南極点のピアピア動画:初音ミク、長門有希化する

7月はカレー曜日はない。そう公約(?)しました。それはそれとして今日は6月30日。カレー曜日にして何が悪いということで、アスパラとトマト+チーズインハンバーグ(ビーフソース)をいただきました。やっぱり旨いですねココイチのカレーは。キレンジャーもさぞかし食べたかったことでしょう。

本日は野尻抱介の「南極点のピアピア動画」を紹介します。野尻抱介の作品は初めて読みました。野尻抱介は1961年生まれで三重県出身。計測制御・CADプログラマーやゲームデザイナーとして働いていましたが、1992年に「ヴェイスの盲点」で作家デビューしました。

以後、宇宙を題材にしたハードSFを書き続け、星雲賞の日本短編部門を5回、日本長編部門を2回受賞しています。古今東西の星座・星名を調べ上げ、特に星の和名の収集研究で知られる英文学者、随筆家、天文民俗学者の野尻抱影のファンで、ペンネームも彼に由来しています。

余談ですがこの野尻抱影という人、今や準惑星に“降格”してしまった冥王星の和訳命名者でもあります。「日本の民間には、星に関する伝説や名称に関し見るべきものがない」との当時の定説に疑問を持ち、星の和名の収集を始めるたところ、出演していたラジオ番組に全国から情報が集まり、後には同じ星の呼び名の地域による連続的な変移を論じられるまでになったそうです。

野尻抱介はSF作家である一方で、ニコニコ動画ユーザーとしても知られ、ファンが命名した「尻P」というハンドルネームで活動しています。投稿する動画はボーカロイドに関連したものが多く、「初音ミクはSFである」という持論を主張しています。

そんな野尻砲介が、趣味と実益を兼ねて執筆したような作品が連作短編集「南極点のピアピア動画」です。表題作「南極点のピアピア動画」は2009年の第40回星雲賞日本短編部門を、「歌う潜水艦とピアピア動画」は2012年の第43回星雲賞日本短編部門を受賞しています。

ハードSFというのは、「科学的考証のしっかりしたリアリティ重視のSF」であり、初心者にはとっつき難そうにも思えます(実際そういう作品もあります)が、野尻砲介はラノベル領域で活動していたこともあって、ハードSFとしては非常に読みやすく、ある思いつきや発見から大きなプロジェクトが動き出し、底抜けに明るく宇宙を目指すという希望に溢れた宇宙開発SFが野尻節の真骨頂だそうです。本作はまさにそれです。

「南極点のピアピア動画」は2012年2月23日刊行。例によって文庫本裏表紙の内容紹介です。

日本の次期月探査計画に関わっていた大学院生・蓮見省一の夢は、彗星が月面に衝突した瞬間に潰え、恋人の奈美までが彼のもとを去った。省一はただ、奈美への愛をボーカロイドの小隅レイに歌わせ、ピアピア動画にアップロードするしかなかった。しかし、月からの放出物が地球に双極ジェットを形成することが判明、ピアピア技術部による“宇宙男プロジェクト”が開始される……ネットと宇宙開発の未来を描く4篇収録の連作集

本作には「ニコニコ動画」そっくりな「ピアピア動画」があり、初音ミクそっくりの小隅レイというボーカロイドが人気を博しています。ファミリーマート(ファミマ)の代わりにハミングマート(ハミマ)があったりと、限りなく現実世界に近く、でも現実世界よりちょっとハッピーな世界のようです。そして連作らしく、各短編で主人公は異なりますが、起きた事件・イベントは連続しています。

まずは「南極点のピアピア動画」。内容紹介でほぼ触れられていますが、彗星の月面衝突で月探査計画が頓挫し、愚痴りまくっていたら同棲していた恋人奈美に去られてしまった省一が、友人から「電車男の宇宙版・宇宙男になってピアピア動画上でプロジェクトを立ち上げろ」と提案され、プロジェクトを始動し、ピアピア動画上で進行状況を報告します。音信不通ながらピアピア動画は良く見ていた奈美に「お前を宇宙に連れて行ってやる」とメッセージを送ります。アメリカの富豪がスポンサーになった民間宇宙懸賞に応募し、首尾良く合格した省一達は、奈美を待ちつつプロジェクトを進めていきますが…

続いて「コンビニエンスなピアピア動画」。 片田舎のハミマでバイトする上田美穂は、「ピアピア技術部」を名乗る桑野隆と出会います。入店音チャイムを小隅レイに歌わせた新曲のサビに変え、お客の耳にこびりついたところで曲を売り出して大ヒットさせます。起業家として羽振りの良くなった桑野は、ハミマの真空殺虫器に新種の蜘蛛を発見します。強い紫外線と真空に耐え、カーボンナノチューブのような強靭な糸を作るその蜘蛛の生態に興味を持った桑野は、ピアピア技術部のプロジェクトで、小型の人工衛星を使って宇宙で繁殖させる実験を始めます。それはなんと蜘蛛のよる自律的な軌道エレベーター制作の様相を示していき…

お次は「歌う潜水艦とピアピア動画」。海洋研究者の中野は潜水艦で鯨の群れを追跡調査するという計画を提案しますがあえなく却下されます。友人からソナーの替わりに小隅レイに歌わせることにし、ピアピア動画に投稿しろとアドバイスされたところ、あれよあれよという間にとんとん拍子で話が進み、海自から貸与された退役予定の潜水艦「かざしお」でプロジェクトは実行にこぎつけます。中野は非オタなんですが、えらいさん達がほぼ全員オタで、小隅レイが登場した途端にノリノリになるのが笑えます。ザトウクジラの群と接触し、コミュニケーションを進めてたいところ、なんと海底に異星文明の宇宙船が沈んでいるのを発見します。なにしろ先方が非常に賢いのでコミュニケーションに成功すると、「あーやきゅあ」と名乗り、地球文明の調査に来ているとのことでした。調査用の端末らしき「あーやきゅあ移動体」が出現し、「かざしお」と接触しますが、なんとその姿と声は現実化した「小隅レイ」そのものでした。

最後は「星間文明とピアピア動画」。小隅レイそっくりさんの「あーやきゅあ」(略称あーや)によれば、あーやの目的は地球文明の調査と報告ですが、事故により7000万年前に母船ごと地球に突入してしまったそうです、地球人が様々な困難を自らの手でどう解決するのかを観察して報告し、一定の水準に達したら、星間文明から加盟を認められるそうですが、手を貸すことはしないそうです。

あーやは調査という目的を達成する手段として「自己を大量に複製して人類の中に溶け込み交流する」事を望みますが、あーやの存在を知った日本政府は吃驚仰天し、あーやを隔離しようとします。「かざしお」は人類は星間文明と接触すべきと判断し、あーやを連れて秘かに上陸。ピアピア動画の運営母体ピアンゴ社に協力を仰ぎ、あーやの大量複製を実行します。官憲に察知されて踏み込まれる前にあーやの人数が圧倒的に増やさなければならないのですが、そのためにはどうするか?その時閃いたのがハミマでした。最終作らしくオールキャストが登場します。

かつてハードSFでここまで陽気で脳天気な作品があったでしょうか?私は記憶にないのですが、読後感は非常に爽やかです。カワイイは正義とか世界中の人がオタクになれば戦争はなくなるとかいわれますが、もしかしたらそうかも知れないなあなんて思ってしまったりします。

なお物語の最終版で宇宙に飛び立つ小隅レイが歌った「ハジメテノオト」は実在しています。ニコニコ動画から引用すればいいのにあえてYouTubeから(笑)。
あーやは一体何者なんだという話で、「要するに長門有希」という説明で一同納得してしまうところが割られます。アニオタばかりかこの世界。だがそれがいい。なお本作は、日本国内の大学の文芸部、文芸サークルなどのノミネートと投票より選出され、大学生に最も読んでほしい本を選ぶことを目的とした文学賞「大学読書人大賞」20113年(第6回)に受賞しています。

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