朱色の研究:殺人事件のトリック解明から浮かび上がる過去の事件

今朝は冷え込みました。冬の気配が近づいてくるようです。もっと秋には長く居て欲しいのですが。秋といえば夕暮れ。夕暮れといえば朱色。ということで、珍しく季節にマッチした内容で行きたいと思いますよ。

本日は有栖川有栖の「朱色の研究」です。有栖川有栖の作品はブログで取り上げるのは初めてです。

有栖川有栖は1959年4月26日生。大阪市出身で小学5年生ではじめて小説を執筆し、中学3年のときに長編「大いなる殺人」を書き上げて江戸川乱歩賞に応募すなど、早熟な作家でした。同志社大学法学部に入学し、推理小説研究会(現同志社ミステリ研究会)に所属し、活発な創作活動を行っていました。
大学卒業は大手書店に就職し、1988年に本格的に作家デビューした後もしばらく兼業作家を続けていましたが、1994年に書店を退職して専業作家となりました。作風は、前期エラリー・クイーンの影響が色濃い本格推理を特徴としており、「読者への挑戦」が挿入される作品が多くあります。また有栖川有栖本人が小説登場人物として登場し、探偵役を務める臨床犯罪学者・火村英生(有栖川アリスが作家をしており、「作家アリスシリーズ」と呼ばれます)や英都大学推理小説研究会部長・江神二郎(有栖川有栖が学生で「学生アリスシリーズ」と呼ばれます)のワトソン役を務めています。
なお、「作家アリスシリーズ」と「学生アリスシリーズ」は、お互いにパラレルな世界で、「作家アリス」に登場する有栖川有栖が「学生アリス」シリーズを執筆、「学生アリス」に登場する有栖川有栖が「作家アリス」シリーズを執筆しているという設定になっています。

2003年に「マレー鉄道の謎」で日本推理作家協会賞、2008年に「女王国の城」で本格ミステリ大賞を受賞しています。「女王国の城」は「本格ミステリ・ベスト10」で第1位、「週刊文春ミステリーベスト10」で第1位、「このミステリーがすごい!」で第3位と高く評価されています。このほか、1992年の「双頭の悪魔」は、別冊宝島「もっとすごい!! このミステリーがすごい!」で発表された「このミステリーがすごい!」1988-2008年版ベスト・オブ・ベストで第8位に選ばれており、2003年の「スイス時計の謎」は「本格ミステリ・ベスト10」2012年版で発表された「2001-2010 新世紀 本格短編 オールベスト・ランキング」で第2位に選ばれています。

生まれ育ち、現在も居住している大阪への愛着が強く、大阪(または関西)を舞台とした作品が多いのですが、「朱色の研究」も舞台は大阪と和歌山となっています。本書は「作家アリスシリーズ」の一編で、1997年に角川書店から単行本が刊行され、2000年に角川文庫から文庫版が刊行されています。

前期のエラリー・クイーンにはいわゆる「国名シリーズ」という小説群があり、「フランス白粉の謎」「エジプト十字架の謎」といったように国名が入る本格推理作品なのですが、有栖川有栖の作品にも「英国庭園の謎」「ロシア紅茶の謎」などの「国名シリーズ」があります。大きな相違はクイーンが全て長編なのに対し、有栖川有栖のは短編集が多いというところでしょうか
例によって文庫版裏表紙の内容紹介です。
“2年前の未解決殺人事件を、再調査してほしい。これが先生のゼミに入った本当の目的です”臨床犯罪学者・火村英生が、過去の体験から毒々しいオレンジ色を恐怖する教え子・貴島朱美から突然の依頼を受けたのは、一面を朱で染めた研究室の夕焼け時だった―。さっそく火村は友人で推理作家の有栖川有栖とともに当時の関係者から事情を聴取しようとするが、その矢先、火村宛に新たな殺人を示唆する様な電話が入った。2人はその関係者宅に急行すると、そこには予告通り新たなる死体が…?!現代のホームズ&ワトソンが解き明かす本格ミステリの金字塔。

美人女子大生貴島朱美はその名とは裏腹に朱色の夕焼けをひどく怖れる「朱色恐怖症」です。それは彼女の不幸な過去に由来しているのですが、それはさておき、2年前に和歌山県で起きた未解決殺人事件の調査を依頼された火村は、着手直後に大阪の有栖川有栖の自宅に泊まります。そこに謎の電話が掛かってきます。バルブ期に建てられたもののバブル崩壊で住む人の少ない「幽霊マンショ」に早朝に来いというのです。なぜ火村が泊まっていることを知っているのか?そして幽霊マンションの指定された部屋に向かった2人は、他殺死体を発見します。それは貴島朱美の叔父でした。
2年前に起きた女性殺害事件、そして6年前に起きた貴島朱美の伯父の焼死事件(これを目撃してしまったために朱美は朱色恐怖症になりました)。彼女の周辺で相次いで起きる事件は一連のものなのか。そして犯人は一体誰なのか。
本書は大きく分けると大阪で起きたばかりの殺人事件を描く大阪編と、2年前の殺人事件を調べる和歌山編に分かれます。前半は容疑者として浮上した人物の不可解な供述と、「犯人ならそんなけったいな作り話はしないだろうけど、その話が本当なら犯人でしかありえない」という状況を如何にして火村が打開するかが描かれています。

後半の和歌山編は、2年前の女性殺人事件の再調査となりますが、この事件も撲殺した女性にさらに崖の上から石をぶつけているなど不可解な部分が多く、海岸から不法入国してきた外国人の犯罪かなどという見解すら出てきますが、岬を臨む大きな別荘とか、リゾート風な展開で前半とは全く色彩が変わっています。

場面場面で鮮やかすぎる夕焼けの朱色が描写され、それがタイトルとマッチするのですが、もちろんこのタイトル、かの有名なシャーロック・ホームズの処女長編「緋色の研究」のオマージュです。
ヒロイン(でいいのかな)の貴島朱美は両親が事故死し、伯母一家に引き取られます。裕福な一家だったので虐待とか生活の不自由とかな一切なかったようですが、そこでも伯母の夫である伯父(義理ですが)が焼死し、家屋が全焼するという不幸に見舞われています。そして別荘地では旧知の女性が殺され、今回叔父が死亡するなど、相次いで不幸が襲いかかっています。
悪夢を見て混乱する朱美に、火村は自分も度々悪夢を見る、そして誰かを殺したいと思ったことがあると彼自身の「過去」に言及して慰めています。火村は女性嫌いらしいですが、朱美には女性ではなく教え子として接しているのでしょう。そして事件の全貌を明らかにすることが「朱色恐怖症」を克服するための最良の薬であるとして事件に立ち向かいます。

「現場百回」なんて言いますが、やはり現地を見て回らないと判らない部分ってあるのだなあと感じます。特に早朝、ふと岬を見た火村の驚愕(それによって一気に謎が溶け解けたため)とかは現地にいないとどうにもなりませんから。警察も十二分に調べたという当時のビデオテープからも、それによって新たな証拠を見いだすことができましたし。
犯人がなぜ火村に挑戦するような電話をかけたのか、と言う部分がやや不可解ですが、これはミステリーにはよくあることなのでこの際目をつぶりましょうか。私が犯人なら絶対しませんけど。

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