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墓地を見おろす家:「寺生まれのTさん」がいてくれたら…

墓地を見おろす家
 
 子細あって早朝の更新失礼します。本日は小池真理子の「墓地を見おろす家」です。小池真理子の本を読むのはおそらく初めてです。

小池真理子

 小池真理子は1952年10月28日生まれで東京都出身。高校時代に仙台に転居し、宮城県第三女子高等学校に編入したそうですが、折から全共闘運動など学生運動が盛んだった時期であり、街頭デモに参加したり、高校で「制服廃止闘争委員会」を結成したりしていたそうです女子校でもヘルメットとかゲバ棒とか持ち出していたんでしょうか?その一方、多感な想いのなかで仙台の季節を味わいつつ、詩や散文を書いていたりもしたとか。

 高校卒業後は一年間浪人し、成蹊大学に入学しました。大学在学中に作家を志望し、卒業後は本に近い場所ということで出版社に就職しました。就職後1年半で出版社を退社し、失業中に企画を出版社に持ち込み、1978年にエッセイ「知的悪女のすすめ」を刊行して一躍マスコミの寵児となりました。エッセイを見た父親はショックの余り寝込んだと言われています。

「知的悪女」シリーズ

 その後1985年の「第三水曜日の情事」で小説家に転向し、1989年に「妻の女友達」で日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。1995年には恋愛小説の新境地「恋」で直木賞を受賞しました。さらに1998年には「欲望」が島清恋愛文学賞、2006年には「虹の彼方」が柴田錬三郎賞を受賞しています。

 最近では2012年に「無花果の森」で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2013年に「沈黙のひと」で第47回吉川英治文学賞受賞するなど、勢いがとどまりません。

 なお夫は同じく直木賞作家である藤田宜永で、夫妻で軽井沢に住んでいます。「知的悪女のすすめ」の際に自分をタレント扱いするマスコミを嫌うようになり、現在もマスコミ嫌いで知られ、受ける取材は雑誌など選ばれたものに限られているそうです。

 「墓地を見おろす家」は、1988年の作品で、それまでミステリーを中心に展開していた小池真理子が突如発表したホラー小説です。一度絶版になりましたが。1993年に改訂版は刊行されました。

墓地を見おろす家改訂版

 例によって文庫本裏表紙の内容紹介です。

 新築・格安、都心に位置するという抜群の条件の瀟洒なマンションに移り住んだ哲平一家。問題は何一つないはずだった。ただ一つ、そこが広大な墓地に囲まれていたことを除けば…。やがて、次々と不吉な出来事に襲われ始めた一家がついにむかえた、最悪の事態とは…。復刊が長く待ち望まれた、衝撃と戦慄の名作モダン・ホラー。

 主人公は加納美沙緒。かつては会社勤務でしたが現在は娘が幼稚園に通うようになってやや余裕が出てきたのでフリーのイラストレイターとしてぼちぼち仕事を再開したところです。夫の哲平は広告会社勤務。娘の玉緒は可愛い4歳の幼稚園児で、ペットにしろ文鳥の「ピヨコ」と雑種の室内犬「クッキー」を飼っています。
 
 このたび入居した「セントラルプラザマンション」は地上8階地下1階で14世帯とこじんまりとしたマンションですが、N区高井野(中野区高井戸がモデルでしょう)という利便性の高い場所にあって2LDK82.72㎡で3、500万円。バブル期でこの立地と面積でこの値段は破格といっていいでしょう。

 ちなみに私が外国で暮らしていた頃に住んでいたアパートはやはり2LDKでしたが120㎡以上あり、家賃は約20万円でした。物価差もあってまともな現地人は住めず、マフィアや外国人しか住めないと言われていました。私も家賃補助のおかげでなんとか住んでいたようなものでした。あの頃は車はBMWでメイドさんを雇ったりして、外形的にはリッチに見えたかも知れません。実態は中古車で日本車が手に入らない環境だったのと、メイドさんも週一の通いでしかもおばあさんに近いおばさんでしたが。日本人のイメージに刻み込まれた「メイドさん」は漫画・アニメ・ゲームの世界の他には現実世界にはメイド喫茶くらいにしかいません。それに現実の若いメイドさんは家事とか苦手そう。

墓地を見おろす家POPその1

 まあそんな私の過去はどうでもいいのですが、格安マンションはやはり「訳あり」であって、周囲を巨大な墓地が囲み、古い寺があり、火葬場まであって三方が不吉な施設で囲まれているのでした。しかも14世帯が入居可能なのに、実際に入居しているのは半分だけ。

 加納一家は入居早々に怪異に遭遇します。元気だった白文鳥のピヨコが突然死。玉緒はピヨコが夜になるとやってきて、ここは危険だから出て行った方がいいと言っていると言います。そしてテレビに映る謎の影。エレベーターでしか行けない謎の地下室とそこで遊んでいて“カマイタチ”で負傷する玉緒。そしてなぜか動かなくなるエレベーター。

 せっかく手に入れた快適なマンションということで、出て行く気のない夫哲平ですが、それとは裏腹に次々と住人達は引っ越していきます。頑なに怪異を信じない哲平と不安を抱えながらも夫に同調する美沙緒。

 実は二人、「訳あり」夫婦だったのです。出来ちゃった婚とかいうなまやさしいものではなく、美沙緒と不倫関係になっていた哲平の妻・玲子は自殺していたのですね。誰も恨まないという遺書を残して。だから加納家には仏壇があって、お盆やお彼岸には一家で墓参をしています。哲平の弟は玲子が好きだったので、今でも兄夫婦を冷ややかに見ています。

墓地を見おろす家POPその2

 そういう訳で、死者は死者と割り切らなければやっていけない精神状態にある二人なのですが、怪異はさらにエスカレートしていきます。美沙緒が調べたところ、どうやらかつて墓地を移転して再開発する計画があり、合意のないままに地下トンネルを掘るなど強引なことも行われていたようです。結局計画は中止となりましたが、トンネルがその後どうなったのかは不明のままです。もしやあの地下室は……

 動かなくなったエレベーターを“気”で動かしてくれたちょっと胡散臭いインドかぶれの男も、ここはやばいと引っ越していきます。遂には管理人夫婦も引っ越しを決め、さすがの加納一家も移転を決意するのですが、新居にするはずの一軒家が火災を消失したり、近々結婚予定で出て行くはずの若い女性が住んでいたマンションは、その女性が急死するなどして転居ができません。これは何者かの力が働いているのか。

寺生まれのTさん

 遂に一世帯だけ取り残された加納一家。明日はようやく引っ越しということで、弟夫婦もやってきた日に事件は発生します。開かず、破壊することもできない窓。いっぱいの手形で真っ白になったエントランスのドア。地下室の壁に開いた穴。その向こうは空洞が…。閉じ込められ、電気も止まったマンションで命の危機に直面した彼らがとった行動は…

 この小説は謎の嵐です。

① なぜ加納一家が襲われるのか
 マンション入居者は多かれ少なかれ怪異を感じておじけずき、次々と引っ越していくのですが、なぜか加納一家は引っ越しすらできません。「ここに住むな」ということならなぜ彼らだけは閉じ込めるのか。「出て行くな」ということなら、他の入居者にはどうして移転を許すのか。よくわかりません。加納家と因縁があるとすれば前妻・玲子なのですが、玲子の影が直接的にも間接的にも姿を見せることはありません。

② 襲ってくるのは何者なのか
 普通に考えれば墓地にトンネルを掘ったことにより眠りを妨げられた死霊達が怒っているということにでもなるのでしょうが、ここに住んだということ以外に因縁のない加納一家を襲うのはなぜか。また住んだということでは同罪の他の住人にはなぜ手を出さなかったのか。

③ 加納一家がメインターゲットだとして、一体彼らをどうしたいのか
 殺したいというのであればすぐにやればいいのになかなか手を出さないのはなぜか。その一方、加納一家の引っ越しに関連してやってきた引っ越し業者や電気・電話会社の人間は一瞬で殺害しています。そんなことが可能だというのになぜ悠長に兵糧攻めをしているのか。加納一家に恐怖を与えたいのだとすれば、その理由は何?

④ ピヨコ(文鳥)はすぐに死んだのにクッキー(犬)はぴんぴんしているのはなぜか
 クッキーは怪異に対して常に戦闘態勢でいます。役に立つとは思えませんが、勇敢でいいです。ピヨコはすぐに死んでしまいますが、度々その魂が玉緒のところにやってきては警告していたようです。口がきけるんだというのも驚きですが、それならそれでもっと具体的な手助けはできなかったものか(たかがペットに依存しすぎでしょうか)。

⑤ 墓地の再開発計画を知った美沙緒ですが、肝心なお寺を訪ねなかったのはなぜか
 再開発計画にはお寺が強硬に反対していたことが判っています。そのあたりの理由をはっきりさせることが可能なら、もっと対処方法もあったのでは。もしかすると「寺生まれのTさん」が助けてくれたかも知れませんし。「破ッ!」。

⑥ 電気が止まったマンションで炊飯器でご飯を炊いた美沙緒
 これはガス炊飯器だったということにしなければ謎すぎます。また電気だけ止めてガスや水道は止めないのはなぜなのでしょう。夏の暑い盛りなので、暑気でダメージを与えたかったのでしょうか。とすると、そういういじめのような嫌がらせの理由は何なのか。

 中盤まではおどろおどろしい雰囲気があって非常にホラーな印象があるのですが、業者達に対する直接攻撃が何もかも無茶苦茶にしてしまったような気がします。どうしても「そんなことができるならなぜ彼らにはやらないのか」という疑問に回答がないからです。

 いっそ「恨んでいない」といいながら実は凄まじい恨みを持っていた前妻・玲子が中心となって死霊達が手を貸して恨みを晴らそうとしているというコンセプトにすれば、嫌がらせとかの理由がよく理解できるのですが。

 ラブクラフトとかが良く用いたホラー小説の手法に「朦朧法」というのがあります。これは怪異についてはっきりとした描写をせず、曖昧な描写や暗示や仄めかしを積み重ねることによって、読者一人一人が思い思いの恐怖のなかに落ち込んでいくことを狙った手法で、枯れ尾花を幽霊と誤認するような、想像力の大きい読者ほど恐怖を感じるという表現手法です。この小説も中盤まではこの朦朧法が結構効果的だったと思うのですが、やはり終盤に業者を瞬殺したあたりで破綻してしまったなあと思います。

 加納一家がターゲットにされたというのも理不尽ですが、彼らよりも周辺の人達のほうがひどい目に遭うのがちょっと…。業者さん達は何かに遭遇して恐怖に駆られて逃げていった位にしておけば良かったかと思います。

 だから墓地の近所は嫌だなんて感想もありますが、この地球上に誰も死んでいない土地などあるでしょうか?誰も知らないだけで大昔は墓地だったところに住んでいたりするかも知れませんし、古戦場だったりすることもあるでしょう。そもそも霊になるのは人間だけではないとしたら、どこかで何かが必ず死んでいるのが命の溢れた地球ではないでしょうか。その割に三葉虫の幽霊とか恐竜の幽霊という話を聞かないのは、霊にも寿命みたいなものがあるんでしょうかね。

墓地を見おろす家初版
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