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風が強く吹いている:箱根駅伝を熱く感動的に描いた傑作青春小説

ワルプルギス27号
 
 はいこんばんは。じわじわと近づいていくW台風。明日から天候も悪くなってきそうです。さっさと抜けていって欲しいものです。秒速5センチメートルなんて桜の花びらだけにしておいて。ところで、台風が近づくと風が強く吹くようになりますね。

風が強く吹いている

 ということで、本日は三浦しをんの「風が強く吹いている」です。

 三浦しをんにはいつも傑作エッセイで楽しませて貰ってますが、ちゃんとした小説も書いているのです。なにしろ「まほろ駅前多田便利軒」では2006年に直木賞を受賞しているし、「舟を編む」は2012年の本屋大賞だし。そのわりにこれまで私が読んだ小説は「格闘する者に○」と「きみはポラリス」だけというのはどういうことだ。

風が強く吹いている POP その2

 よし、しをんの小説も読むぞと思っていたところで図書館で見つけたのがこの「風が強く吹いている」です。箱根駅伝を目指す大学生10人の物語です。少女漫画やBLを極め、妄想に耽りまくっているエッセイを読んでいると、「ウホッ」とか「アッー」といったやばい方向にいかないかちょっと不安もありましたが(笑)、実に真っ直ぐでひたむきで深い感動を呼ぶ小説でした。

寛政大メンバー紹介

 例によって文庫本裏表紙の内容紹介です。

風が強く吹いている POP その3

 箱根駅伝を走りたい――そんな灰二の想いが、天才ランナー走と出会って動き出す。「駅伝」って何? 走るってどういうことなんだ? 十人の個性あふれるメンバーが、長距離を走ること(=生きること)に夢中で突き進む。自分の限界に挑戦し、ゴールを目指して襷を繋ぐことで、仲間と繋がっていく……風を感じて、走れ! 「速く」ではなく「強く」――純度100パーセントの疾走青春小説。

寛政大学の10人

 「風が強く吹いている」は 2006年9月に新潮社より刊行されました。直木賞受賞後第一作となります。新潮文庫の文庫版は2009年6月に刊行されています。

風が強く吹いている POP その4

 新潮社に執筆経緯は「2001年の正月、酩酊しつつテレビを見ていた三浦しをんの脳内に天啓のような閃きが駆け抜けた。『箱根駅伝いいっす。これは小説になる!』以来、駅伝経験者を訪ね、H大とD大に取材を申し込み、早朝の練習や高原の夏合宿に随行、記録会や予選会を見学、そして、もちろん正月は「箱根」へ、と徹底取材を敢行。構想・執筆6年、ここに本邦初の王道「青春小説」が誕生した。箱根駅伝をめざす若者たちを通して、自分と向き合い、ひとり孤独に戦いながらも、確実に誰かとつながってゆく生きるための真の「強さ」を高らかに謳いあげた青春小説!」となっています。

竹青荘の様子

 酒飲みながら箱根駅伝を見るというのは、現代の正しいお正月の過ごし方の一つといって過言ではないのですが、全国大会でもない関東ローカルの地方大会である箱根駅伝(正式には「東京箱根間往復大学駅伝競走」)の知名度は全国大会である出雲駅伝や全日本大学駅伝を凌いでおり、これらの大会を箱根駅伝の前哨戦と捉える風潮まであります。

風が強く吹いている POP その1

 関東学連所属の大学しか参加できないため、箱根駅伝に出場するには関東の大学に入るしかなく、長距離ランナーの人材が東京を中心に関東一極集中してしまうという現象も起きているそうです。

映画版「風が強く吹いている」

 箱根駅伝の位置づけとかその後の競技人生への影響を巡っては、門戸開放論とか不要論もあるようですが、私も正月に酒を飲んで母校を無責任に応援するタイプなので、ここでは深く触れないようにしておきます。ただ、正月に箱根駅伝がなくなったらとても寂しくなることでしょうね。

 ちなみに三浦しをんが取材したのは巻末に法政大学と大東文化大学と明記されているので、上記H大とD大はまさにこの二校です、選んだ基準は「箱根駅伝には出場するけれども毎回優勝するようなレベルではなく、徹底管理型ではない指導者がいて、若者をどう伸ばしていくかに腐心しているアットホームな小さな陸上部」を取材したいと関東学連に申し込んだところ、推薦されたのがこの2校だったそうです。舞台となる寛政大学はまさに法政大学から名前まで借りていると思われます。

コミック版「風が強く吹いている」1巻

 ストーリーは、ある春の日、寛政大学1年に入学予定の蔵原走は上京早々雀荘で一文無しとなり、高校時代にインターハイを制覇したスタミナと脚力を生かして、万引き犯として逃走します。その走りを見た清瀬灰二(ハイジ)につかまり、成り行きで清瀬が住むボロアパート、竹青荘(通称アオタケ)に住むことになり、そのまま住人達と箱根駅伝を目指すことになってしまいます。

 しかし、アオタケに住んでいる住人は、運動音痴のマンガオタク、25歳のヘビースモーカーなど、とても走れるとは思えないものばかりでした。練習を重ねるにつれ住人たちはタイムを縮めていきますが、走はどうせ不可能と思い「適当に話を合わせておけばいいや」ぐらいしか思っていませんでした。そんなある日、走と清瀬が衝突、その直後に清瀬は過労と貧血で倒れてしまいます。 清瀬は、「強くなれ」と走に言い続けます。白樺湖での夏合宿を経て、ついに予選会に出場し、走は甲府学院大の留学生イワンキを抑えて見事3位でフィニッシュ。ハイジ以下他の9人も力走を見せます。そして結果発表。たった10人、しかも寄せ集めの陸上部員たちは、果たして本当に「箱根駅伝」に出場できるのか?

コミック版「風が強く吹いている」2巻

 実は古いながらも大学に近く格安物件である竹青荘の正体は“寛政大学陸上部錬成寮”で、大家は元陸上の大御所でした。ハイジはここで3年間、金も取らずに賄いまでやって寮生達を手名付けて(あるいは脅迫のネタをつかみ)いましたが、仙台の高校で名を馳せた走るを得たことで野望に向かって突き進んでいきます。

 陸上経験者はハイジと走以外はタバコ漬けになっているニコチャン位ですが、双子の1年生ジョータとジョージはサッカーをやっており、現役で司法試験に合格した秀才・ユキは剣道をやっていたということで、必ずしも運動経験がないわけではないのですが、有り金を全て漫画に投入してきた王子(このキャラは三浦しをん自身を投影しているのではないかと思います)のような運動音痴キャラもいます。

コミック版「風が強く吹いている」3巻

 人数は全員で10人。これは箱根駅伝10区間に参加するギリギリの人数で、補欠も置けません。しかし、ハイジは監督兼主将兼トレーナー兼マネージャーとして全員を叱咤激励し、箱根に向けて突き進んでいきます。

 メンバーにはそれぞれ抱える事情があり、例えば走は走ることだけにひたむきなあまり徹底管理型のコーチを殴って高校陸上部を退部し、部員に多大な迷惑をかけたという過去があり、ハイジにしても父親が厳格な陸上指導者だったために故障してしまったという過去があります。

コミック版「風が強く吹いている」4巻

 前半は箱根駅伝に出場するまでの関門突破が描かれています。予選会に出場するには出場選手は全員1万メートルを17分未満で走っていなければならず、また予選会では10人の合計記録が9位までに入らなければならないところ、長距離どころかそもそも陸上部自体が弱小の寛政大学はインカレポイント(詳しくはググって下さい)も稼げないので不利な立場に置かれています。必ずしもやる気に満ちているわけではない素人集団の10人を束ねてハイジはどのように予選会突破をしていくのか?

 後半は箱根駅伝での戦いが描かれます。多分大学陸上長距離界というより、日本陸上長距離界のエースとなりうる走を擁していても、走るのは1区間だけです。他区間の誰かが棄権すればそこで全てが終わってしまいます。自分の力だけではどうにもならない駅伝という競技で、ハイジは「速い選手ではなく、強い選手になれ」と言い続けます。「強さ」とは何か?そして「走る」とは何なのか?

コミック版「風が強く吹いている」5巻
 
 他校の学生も、ハイジと高校時代のチームメイトで、箱根の常勝校・名門六道大学のエース藤岡や、走の高校時代のチームメイトで、走の起こした事件で高校最後の試合に出場できなかったため、走を恨んでいる東京体育大学の榊などが登場し、ストーリーに彩りを添えています。

 劇中、ランナーズハイとも違うゾーンという現象に走は突入します。高い集中力がもたらす特殊な心身の状態で、過酷な練習を積み上げたトップアスリートが、極限状態となる試合中に稀に入ることがあるという状態です。ゾーンに入るということは一流になれる証明のようなものだということで、いわゆる「スピードの向こう側」と同じものなのかも知れません。

コミック版「風が強く吹いている」6巻

 その域に突入した走と、経験せずに競技生命を散らしてしまうハイジ。この差を「才能」の一言で片付けるのはあまりに残酷な気もしますが、ハイジがいたから初めて走は一流アスリートとなれた訳で、名選手にはなれなくても名伯楽にはなれるのではないかと思います。

 ハイジの選手管理は非常に巧妙で、一人一人の選手の性格に配慮したものなので、もし彼に唆されたら走ってしまうかも…なんて思わされます。こういう指導者が競技界に増えるならば、スポーツはより楽しく面白いものになると思うのですが。

寛政大メンバー(葉菜子とニラ付き)

 2007年にはヤングジャンプでコミック化されたほか、ラジオドラマ化もされ、2009年1月には舞台化、さらに同年10月31日には実写映画が公開されるなど、各メディアで取り上げられています。特に映画版は第83回キネマ旬報ベスト・テン第10位や、第31回ヨコハマ映画祭で「新人監督賞」「審査員特別賞」を受賞するなど、高い評価を得ています。

風が強く吹いている 単行本
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最後の記憶:現代も「白い巨塔」は健在?これも永遠の命なのか

台風接近
 
 またもや台風が近づいています。しかも二つも。ワルプルギスの夜、来すぎですよ。普通は台風シーズン終わってませんか?それはさておき、本日は一仕事終えたので宴席に出ており遅くなりました。既に日付は変わっていますが、頑張って更新します。

 本日は望月諒子の「最後の記憶」です。

最後の記憶

 「最後の記憶」は2008年に「ハイパープラジア 脳内寄生者」として徳間書店から刊行され、2011年8月に改題されて徳間文庫から刊行されています。

 ハイパープラジア(hyperplasia)とは過剰な細胞分裂によって起こる組織の肥大のことで、、外来の刺激に対する正常細胞の応答として細胞増殖が起こることよって、組織の体積が増加することです。

 細胞分裂が亢進して組織が増殖し、通常よりも細胞の数が多くなった状態ですが、腫瘍とは異なり、細胞の形態も細胞の並び具合の規則性も、正常組織と同様です。テニスやゴルフの習い始めに、ラケットやクラブが当たる手の位置にできるたこは過形成の一つの例です。

 例によってAmazonの内容紹介です。

 患者の秋山をCTスキャンで診察した結果、脳底部に腫瘍影が認められた。脳外科医の俺は彼を自分の大学病院に入院させた――事件の発端だった。手術前日、執刀医が俺であることを確認した秋山は突然言った。「眼鏡を、かけられたほうがいいかと、思うのです」…何を言っているのか不明なままに、手術当日になった。頭部切開の最中、ふとしたはずみで秋山の髄液が目に飛び込んできた。俺の脳裏におかしな映像が映るようになったのはそれからだった…。

 患者の脳腫瘍と思われたものは、悪性でも良性でもなく、そもそも腫瘍ではありませんでした。まさに過形成で作られた脳の一部といっていいものでした。武蔵野医科大学病院脳神経外科に務める脳外科医の沢村貴志は、患者の秋山に警告されていたにもかかわらず、自ら飛び込んできたかのような髄液を目に入れてしまい、「感染」してしまいます。そして連綿と続いてきたであろう寄生された人々の記憶を取り込んでいきます。

 寄生体の正体は不明で、いつからどうやって人間に寄生するようになったのかは定かではありません。しかし、宿主の記憶や能力を取り込み、次の宿主に伝えるということをしていて、あたかも歴代の宿主達が脳内に寄生しているかのような状態になります。そのため沢村は、苦手だった英語の論文をすらすらと執筆できるようになり、ドイツ語が読めるようになり、突然ヘビースモーカーになったり、ウイスキー党だったのが日本酒や焼酎を愛飲するようになるなど、かつての宿主の能力や趣味嗜好を反映していくようになります。

 ところで、腫瘍に見えた脳内の過形成部位こそは、過去の宿主達の「巣」であり、新たな宿主の能力が高いと、彼らは活発に活動するので急速に大きくなるのでした。腫瘍では亡くても脳を圧迫して腫瘍同様に死に至らしめるものであり、また摘出した後は、なぜか脳が急速に萎縮してやはり死に至ることになります。つまり、「感染」は死を意味するのです。

 宿主を殺してしまう寄生というのは自分自身を生存の危機にさらすので、非常に好ましいことではありません。沢村が「寄生者」と対話したところ、200年前のドイツ人がいるようなので、少なくとも200年前から寄生が始まっているのですが、当時は脳外科手術などあったかどうか。髄液でなくても血液などの体液でも感染するようなのですが、傷でもなければ単に皮膚についた位では感染しないので、チャンスはそう多いとは言えません。

 前患者の秋山は「寄生者」達にとってあまり興味深い人物ではなかったらしく、過形成は緩慢で、感染から30年以上経て命の危機に至りましたが、沢村はわずか一年で死に至ることになってしまいます。感染を防ぐための彼の「遺言」は後輩医師にきちんと守って貰えるのかどうかもわからないまま、彼は死にます。そして「寄生者」も全く不明なままです。

 本書で面白いのは、むしろ医師としての沢村の武蔵野医科大学病院という白い巨塔における立場でしょう。教授-准教授-講師-助教というヒエラルキーや大名行列のような教授回診など、まさに一昔前の話ではないかと思っていたものが現存しているのですね。

 沢村は講師で、主任教授の愛弟子を自認していますが、手術が苦手な主任教授が外部から招聘した准教授との関係が良くありません。准教授は手術の手腕は天才的ですが、人間的にはあまり評判のよろしくない人物ですが、二年後に主任教授が引退すれば教授就任は間違いないと囁かれており、そうなると沢村の病院での立場は非常に危うくなります。

 沢村は寄生者の能力で准教授の死を予知しますが、警告せずに座視します。もちろん警告しても無駄だったかも知れませんが、その後主任教授から准教授は人望がないので教授にするつもりはなかったなどと聞かされ、沢村は激しく後悔するのでした。しかしこの部分、本当はそんなに簡単な話じゃないのではと思ってしまいます。主任教授は自分が呼び込んだ准教授を昇格させるつもりで、沢村切り捨てはやむなしと思っていたけど、准教授の急死で沢村を准教授に引き上げることになったので「前から君だと思っていた」的なことを言ってフォローしているのではないかと。主任教授はそれくらいタヌキでないと勤まらない気がしますし、むしろ沢村は40過ぎてあまりにも純真なような。

 脳内寄生者と共存する方向性を見いだすとか、別方向のストーリーも考えられる中、あっさりと沢村の死で物語が終わってしまう点が寂しいです。寄生者の本体が、宇宙からやってきた未知の異星体だった…なんてことになるとクトゥルー風味も出るんですが。

ハイパープラジア 脳内寄生者

 
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