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中国美女列伝(その17):黄月英~醜女で有名な諸葛亮夫人、その真相は…?

黄月英その1 

  今日は曇り空でしたが気温が低めで快適で良かったです。もう夏は燕と一緒に南に帰って欲しいですね。

諸葛孔明と黄月英



 さて金曜恒例中国美女列伝も17回目。本日は誰もが知っている中国人・諸葛亮(孔明)夫人の黄月英です。

諸葛孔明と黄月英その2

 

 実は黄月英、中国四大醜女の1人に選出されています。美女列伝といいながらなんだそれは!

勇次郎もお怒りです

 

 こういうブーイングが聞こえてきそうですが、まあまあちょっと待ってつかあさい。画像は決して醜いのは出てきませんから(妙なのはありますけどね)。

黄月英その2

 

 黄月英は創作の名前のようで、事典などでは黄夫人とされています。「黄婉貞」という名もあるようですが、こちらも創作です。でも黄月英は日本ばかりか中国でも知れわたっている名前なので、本記事ではこれで通します。

黄月英その3

 

 黄月英は河南の名士・黄承彦の娘として生まれました。頑丈な体付きで、髪の毛は赤茶け、肌は黒かったと言われます。

黄月英その4 

 古代、しかも戦乱の時代においては15-6歳、場合によっては13-4歳で結婚するのが普通でしたが、当時諸葛孔明は25歳になっても結婚しておらず、これは大変珍しかったようです。

黄月英その5

 

 諸葛亮は名家にとっては理想的な婿候補であったと思われますが、黄承彦は、諸葛亮の志はただ国を救うことにあり、彼が必要としているのは、徳と才能を兼ね備えた賢妻であって、名家の美人ではないと考えました。

黄月英その6

  そこで黄承彦は諸葛亮に会った時、「君が妻を探していると聞いたが、私の娘はどうだろうか。親が言うのもなんだが、赤毛で色黒の醜い女だ。しかし、才知に優れているから君にはお似合いだろう。」と持ちかけたのだそうです。

黄月英その7 

 諸葛亮はこれを承知し、黄承彦の家を訪ねることにしました。すると猛犬が飛び出して諸葛亮に襲い掛かってきましたが、侍女がちょっと操作するとすぐにおとなしくなりましたが、よく見ると猛犬は木製のからくり犬だったそうです。

黄月英その8

 

 諸葛亮を厚くもてなした黄承彦は「あの犬は娘が暇つぶしに作ったものです」と言いました。またふと諸葛亮が壁に掛かった「曹大家宮苑授読図」という絵に目をやると、黄承彦は「この絵は、娘がでたらめに書きなぐったものです」と言いました。

黄月英その9

 

 さらに窓の外に咲き誇るきれいな草花を指して、「あの草花もみな、娘が自分で植え、水をやり、剪定をし、手入れをしました」と言ったそうです。

黄月英その10 

 木製の犬、絵、草花から、諸葛亮は黄月英の性格や才能をはっきりと思い描くことができました。彼は、この娘こそ自分の探していた妻であると思い、すぐさま娶って家に帰ったそうです。

黄月英その11 

 しかし、周囲の人間は黄月英の醜さを嘲り、「孔明の嫁選びを真似るな。醜い嫁を貰う羽目になるぞ。(莫作孔明擇婦,正得阿承醜女)」と笑いあったそうです。

黄月英その12
  

 黄月英は諸葛亮の家に嫁ぐと、自ら杵や臼を使い、畑仕事もしました。家の中や外の力仕事から細々とした仕事まで、全て上手くこなし、諸葛亮本人が至れり尽くせりの世話を受けただけでなく、友人たちもしばしば諸葛亮の家に泊まり、黄月英から心のこもったもてなしを受け、我が家に帰ったかのようにくつろぐことができたそうです。そのため、黄月英に対する周りの態度は、蔑視から無視へ、そして無視から尊敬へと、次第に変わっていったそうです。

黄月英その13 
  
 また黄承彦は当時荊州に割拠していた有力者・劉表の部下である武将の蔡瑁の長姉を妻にしており、劉表は次姉(蔡夫人)を後妻として迎えていました。つまり黄承彦は劉表と義理の兄弟であった訳で、諸葛亮は黄承彦を介して、劉表と義理の叔父・甥の間柄となり、劉表の子である劉琦・劉琮とは義理の従兄弟同士となった訳です。これらの人の名前は、三国志好きの人にピンと来るものがあるのではないでしょうか。

黄月英その14

 

 こうした閨閥関係も諸葛亮にきっと有利に働いたことでしょう。こうしたエピソードだけですと、嫁選びは顔じゃないと、才知と性格だよという話になるのですが…

黄月英その15 

 なにしろ天下の諸葛亮です。そればかりじゃなかろうと後世の人はこぞって思ったらしく、黄月英には様々な逸話が語られています。代表的なものは次の3つでしょうか。

黄月英その16

 

 ① 外国人説:「赤毛色黒」であるという事から実は外国人であったという逸話です。つまり黄承彦は実父ではなく、西域からの渡来人を養女にしたのであるという説です。

黄月英その17 

 「赤毛色黒」は当時の中国の美的センスからはかなり特殊な容姿だったと思われますが、現代の視点では大変な美人だったのかも。例えばインド系だったので「色黒」に見えたとか、ヨーロッパ系だったので「金髪」が当時の人には赤く見えた、とかいうことはあるのかも知れません。逆に平安美人とやらを現代の視点で見れば……

黄月英その18

 

 ② 美女説:世俗の目を欺く為に顔に黒墨を塗っていた等、醜女を装っていただけで本当は美女であったという説で、長く民衆の間で伝えられてきた話です。

黄月英その19 

 黄月英は容姿ではなく自分の才能を買ってくれる夫を探していたところ、諸葛亮先生の慧眼はこれを見逃さなかったということになるのでしょうか。でも孔明は何となく嫁の美醜とか気にしない気もしますけどね。

黄月英その20 

 ③ 発明家説:黄月英は天文や易学に通じていたとされ、奇抜な発想から様々な発明をして諸葛亮を驚かせたといわれます。

黄月英その21

 

 南宋の范成大「桂海虞衡志」に見える逸話では、ある日、諸葛亮の家に来客があったためウドンでもてなす事にしたところ、あっという間にウドンが出てきたため、不思議に思った諸葛亮が厨房を覗いてみると、木偶人形達がウドンを作っていたということです。もっと木人形を持ってこい!だとアミバになっちゃいますが。

黄月英その22

 

 また諸葛亮が北伐の際に使用したといわれる輸送道具「木牛流馬」も黄夫人の発明によるものだという記載もあります。陳寿の「三国志」や「諸葛亮集」にも登場する話なのですが、その仕組みについては明らかになっていません。

黄月英その23 

 北宋の高承は「木牛は即ち今の小車の前轅有るものなり。」として、単輪の手押し車の一種であると主張しています。また流馬は手押しソリの類と推測しています。

虎戦車

 

 また北伐に先立ついわゆる南蛮征伐時には、猛獣を追い払った「火を噴く木獣」(「真・三國無双」シリーズなどでは「虎戦車」として登場してきます)や、瘴気(熱病を起こさせる山川の悪気)を避けるために使われた「諸葛行軍散」と「臥龍丹」といった薬も考案したいわれます。

黄月英その24 

 この他、10本の矢を連続して発射できる「連弩(れんど)」と呼ばれる新式の武器も発明したとされ、このエピソードから変わった弓を操る人妻武将のイメージ(「黄月英その5」「その14」とかです)で描かれた画像もあります。

黄月英その25 

 黄月英は画像がたくさんあって探すのが楽でした。美女列伝も回を重ねるとなかなか見つからない人もいましてねえ……おっと愚痴は禁物禁物。

黄月英その26 

 黄月英のイメージはバリエーション豊かですが、孔明につられて軍師風のものや武将風のもの、また発明家のエピソードのせいか発明家を思わせるものが多いですね。ただ、醜女の画像はほどんど見当たりませんでした。まあせっかくなら美人のほうが見ていても楽しいですからねえ。

黄月英その27

 

 なお四大醜女なのであと三人醜女がいるのですが、日本ではあまり有名ではないし、本当にブスでも困るので、お互いの平和のためにパスしたいと思います。

黄月英その28 

 三国志を彩った美女としては、既に四大美女の一人として貂蝉を取り上げていますが、来週からもう少し三国志の美女を紹介していきたいと思います。水滸伝シリーズの後は三国志シリーズですね。最後にリアル黄月英をどうぞ。

リアル黄月英その1
リアル黄月英その2
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