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中国美女列伝(その7):妹喜~中国最古の「傾国」の美女

妹喜その1
 
 今週も漸くやって参りましたフライデーナイト。今日はなんと夏至。ご承知のとおり一年で最も昼の時間が長い(夜の時間が短い)日ですね。しかし毎年夏至の日にあんまり「あー今日は日が長いなあ-」と感じないのは梅雨真っ盛りで晴天が少ないからでしょうね。本日も東京ではなかなか盛大に雨が降っておりました。

妹喜その2

 さて本日の中国美女列伝ですが、しばらく「傾国」シリーズをいってみようかと思います。中国四大美人は、なんだかんだと「傾国」度が少なかったなあと思いまして。

妹喜その3

 楊貴妃は唐を大いに弱体化させたと言われますが、滅亡には至っていませんし、西施は呉を傾けたとはいえ、それは任務を果たした「仕事人」的なものであって、送りつけた越から見れば「救国の美女」とも言えましょう。王昭君は漢のために泣く泣く異民族の匈奴に嫁入りさせられた訳で傾国でもなんでもないし、貂蝉は架空の人物ながらむしろ漢を救おうとしていたのでやはり「救国の美女」です。補欠(失礼)の趙飛燕がむしろ前漢滅亡を招いていているので優秀な「傾国」だったと思います。

妹喜その4

 先週の虞美人も、項羽の最後に華を添える薄幸の美人とは言えますが、楚漢戦争において楚を滅ぼす要因でもなんでもないですね。そもそも他に大したエピソードがないですし。

妹喜その5

 そこで古代に戻って思いっきり「傾国」した、恐るべき色香を持っていたらしい、“かぶいた”美女達を紹介していきたいと思うのです。まずは夏王朝を滅ぼした妹喜です。

夏の領域

 夏というのは中国最古と伝承される王朝です。夏・殷・周を三代といいます。「史記」「竹書紀年」など中国の史書には初代の禹から末代の桀まで14世17代、471年間続いたと記録されています。西暦でいうと紀元前2070年頃 - 紀元前1600年頃に存在していたのではないかと言われており、殷に滅ぼされました。

妹喜その6

 従来は伝説上の王朝とされてきましたが、近年の考古学的資料の発掘により、現在では実在した可能性が非常に高いと見なされており、中国の歴史・考古学学界では完全に実在したものと見なしているようです。これで中国4千年の歴史云々と言える訳ですしね。

妹喜その7

 「夏」という名称は次代の殷王朝による呼称であり、夏自身による自称は不明です。「殷」も次王朝の周による呼称で、自称は「商」だったとされています。一説によると、「夏」の字を甲骨文字・金文からの形成の変遷を分析し、「大きい人(鎧をつけた大柄なひと)」という美称だったのではないかという説があります。

妹喜その8

 三皇五帝という神話伝説時代の帝王の後、黄河の治水事業に当たって功績を上げ、大いに認められた禹が諸侯の支持を集めて帝位に即位し、王朝創始後に氏を夏后としました。このため夏は夏后とも呼ばれます。

妹喜その9

 夏は中国最初の世襲王朝で、桀は最後の王です。人徳に欠け、武力で諸侯や民衆を押さえ付けた事で人心の離反を招きました。商(殷)の湯は桀王に投獄されましたが、赦されると徳を修めたので諸侯がその下に集まり、遂には桀王を倒して商王朝を建てたとされますが、桀王に関する伝説は殷の紂王と酷似しているので、後世になって作られた伝説であるとも言われています。

桀王をたぶらかす妹喜

 さて本題の妹喜(ばっき)ですが、この桀王の妃の一人で、末喜・末嬉、妹嬉とも書かれます。山東の有施氏の娘であるとされ、桀王が有施氏を討った際に降伏のしるしとして献上されたとされますが、一説には当初より桀王は妹喜を要求していたのだとも言われます。

狐狸の精だとする妹喜像

 絶世の美女といわれた妹喜はすぐに桀王に気に入られ、妃とされて愛されました。妹喜の願いに応えるために桀王は傾宮(名前が縁起でもないですね)という巨大な宮殿を建て、落成祝いにはかつてない規模の宴会を催し、池に酒を満たして樹々に肉を吊るしたといわれます。

妹喜その10

 ああ、そこから「酒池肉林」という故事成語ができたのかいと思ったあなた。すごく惜しいですが、それは殷の紂王と妲己の話です。この時は「肉山脯林」(にくざんほりん)と呼ばれました。

妹喜その11

 また妹喜は絹を裂く音を好んだのだそうで、傑王は国中から高価な絹を掻き集めさせ、片っ端から引き裂いて妹喜を喜ばせたのだとか。この乱行は後に「裂帛の響き」と呼ばれました。さらに、桀王は、諌言した賢臣も殺してしまいます。

妹喜その12

 殷(商)の湯王が諸侯の支持を得て挙兵して夏を亡ぼした際、桀王は山西省付近で死んだと言われますが、一説には妹喜とともに南方に逃げて死んだとも言われます。桀王は女に溺れた悪王として知られ、のちに妲己に溺れて周に滅ぼされた殷の紂王とともに「夏桀殷紂」と並び称されるようになりました。

妹喜その13

 後世に書かれた歴史書「国語」では、“夏の桀王が有施氏を伐った際、桀王は妺喜を妃とし、溺れた。そのため夏は亡ぼされた”と書かれました。

妹喜その14

 前漢の劉向による女性の史伝を集めた歴史書「列女伝」でも夏桀妹喜は、殷紂妲己、周幽褒姒と並び立てられ、「妹喜という者は夏の桀の妃であった。美しいが徳は薄く、道を乱した。心は男丈夫のようで、剣を佩き冠を被った。淫乱で贅沢な女性で、桀に道を失わせた」と批判されています。

妹喜その15

西晋(三国時代の後に司馬炎の建てた国)の皇甫謐の「帝王世紀」では、「妹喜は日夜宮女に酒を飲ませた。桀は妹喜を常に膝の上に置いた。妹喜は絹を裂く音を聞くと笑い、桀は絹を集めては裂くようになった。桀は妹喜の言うことをなんでも聞いた」と書かれています。

妹喜その16

 しかしこれらのエピソードは、殷の紂王の妃妲己や西周幽王の妃褒姒のエピソードに酷似しています。これは、桀王の伝説に欠けている部分をそのまま後代のエピソードから流用して埋めたためではないかと推測されています。

妹喜その17

 美女に溺れて諫言する臣を殺し、次代の王を幽閉し、名臣の補佐を受けた英雄によって滅ぼされるという物語は、中国史における典型的な建国神話の構造となっています。

妹喜その18

 また女性が物語のネガティブな要素の象徴、あるいはその元凶として用いられることも特徴的です。これは、父権制社会における女性の価値の典型的な歪め方であると捉えられています。あ、私自身には女性をおとしめるつもりは全くありません。あくまで古代中国ではそうだったという話ですからね。

リアル妹喜その1

 実際に王朝滅亡の原因が女性にあったかどうかは定かではありませんが、革命の正当性を先代王朝の非道に求め、その元凶を女性に負わせるという構造は、父権制社会における物語構造の特徴だといえます。

リアル妹喜その2

 そういう難しいことはさておき、絵に描かれた妹喜には邪悪さがあんまり感じられませんね。一部には故意にそういう雰囲気を出したものもありますが、傾国の美女は邪心が顔に出ているより、外見はあくまであどけなくひたすら愛らしい方が恐ろしいなあと思います。ひたすらの美しさがなぜか恐ろしい。怖いけど、でもどうしようもなく惹かれる。それが真の美女ってもんでしょう(笑)。

リアル妹喜その3

 次回は封神演義の「妲己よぉ~ん♡」で有名な殷(商)の妲己さんです。

妲己よぉ~ん♡

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