鳥人計画:スキージャンプを描いた異色ミステリーには、驚愕の展開が待っている

昨日に比べればましでしたが、今日も結構寒かったです。今年の夏も暑いそうですが、こう寒暖の差が大きいと大陸性気候みたいですね。2月の末がこんなに寒いんじゃ、半年後の8月末も滅茶苦茶に暑くて不思議はないですね。暑さに弱い私は今から憂鬱です。
さて本日は読み終えたばかりの東野圭吾の「鳥人計画」です。「鳥人計画」は1989年に新潮社から出版されました。東野圭吾のデビューが1985年なので初期の作品ということになります。スキージャンプ競技を描いた異色の展開を見せる推理小説です。

新潮文庫の裏表紙の内容紹介です。
日本ジャンプ界期待のホープが殺された。ほどなく犯人は彼のコーチであることが判明。一体、彼がどうして。一見単純に見えた殺人事件の背後に隠された、驚くべき「計画」とは-踏切のタイミング、空中姿勢、風圧、筋力、あらゆる要素を極限まであの男のデータに近づけよ。「計画」は極秘のうちに進行しつつあった……。拘留中の犯人が密告者を推理する、緻密極まる構成の本格スポーツ・ミステリー。
スキージャンプと言えば、古くは1972(昭和49)年の札幌オリンピックでは当時の70m級(現在のノーマルヒル)で、笠谷幸生が金、金野昭次が銀、青地清二が銅と、日本人が冬季オリンピックで初めて表彰台を独占しました。このメダル独占は、のちに日本のジャンプ陣が「日の丸飛行隊」と呼ばれるきっかけにもなりました。

またそれから26年後の1998(平成10)年の長野オリンピックでは、ラージヒルで船木和喜が金、原田雅彦が銅、ノーマルヒルで船木が銀、そしてラージヒル団体で金を獲得し、表彰台独占とは生きませんでしたが、「日の丸飛行隊」の再現と言われたものでした。

スキージャンプの飛型には歴史的な変遷があり、初期は直立不動、1920年代には腰を曲げて前傾姿勢を取り、腕はバランスを取るために回すというスタイル(タムス型)が広まり、1950年代には手を動かさず体に付け、深い前傾姿勢を取るスタイルが定着し、このスタイルはその後長らく基本的なフォーム(クラシックスタイル)として1990年頃まで主流となりました。
本書が出版された1989年当時、「鳥人」と呼ばれてスキージャンプ界で最強とされていたのがフィンランドのマッチ・ニッカネンでした。ニッカネンはスキージャンプのワールドカップでは史上最多の通算46勝をあげ、母国フィンランドでは知らない人がいない国民的英雄であり、1980年代を代表する最強のジャンパーとされています。

しかし20世紀終盤、スウェーデンのヤン・ボークレブが画期的なV字飛行を始めました。V字飛行は板を揃えて飛ぶ飛型よりも前面に風を多く捉えて飛距離を稼ぐことができましたが、当初は飛型点で大幅な減点対象になり、上位に入るには他を大きく引き離す飛距離が必要でした。しかし他の選手も次々に取り入れるようになり、その後規定が変更され減点対象から除かれていきます。クラシックスタイルからV字への転向には、日本やオーストリアは早く対応できましたが、フィンランドなどの強豪国は転向に乗り遅れ、一時低迷することになりました。
上記札幌オリンピックの日の丸飛行隊は、クラシックスタイルで世界を制し、長野オリンピックの日の丸飛行隊は、V字飛行で団体戦を勝利したわけですが、その狹間の80年代はまさにニッカネンの時代だったのです。「鳥人計画」にあっては、スキージャンプにおける最強の代名詞であるニッカネンの名を冠した、和製ニッカネンの異名を取る天才ジャンパーが登場します。彼はまさにニッカネンのような天賦の才の持ち主で、不振が続く当時の日本ジャンプ界にあって、彼だけは世界の頂点をも窺える強さを持っていました。そんな彼が毒殺されます。一体誰がどういう理由で―。
警察の捜査は難航を極めましたが、1通の「密告状」から活路を見出します。そして警察は、この上もなく「意外な」人物を逮捕するのです。スキージャンプ選手・監督・コーチら関係者一同は驚きの色を隠せません。容疑者は、なんと被害者の死で最も大きな痛手を受ける筈の人間であるはずの専属コーチだったからです。そして完全犯罪を確信していたコーチ自身もまた、この予想外の展開に動揺を禁じ得ません。
こらこら、ミステリーでなに思いっきりネタバレしてんだよとお叱りを受けそうですが、内容紹介をご覧いただければおわかりのとおり、容疑者の逮捕は物語中盤で発生しており、何よりも読者は物語前半で犯人が誰か判るような構成になっているのです。本書の醍醐味は、その後にあるのです。

コーチは確かに和製ニッカネンの殺害を計画し、実行したのですが、完全犯罪を企図した彼の努力とは裏腹に、彼の元には自首を勧める手紙が届き、そして警察には彼が犯人である胸の密告状が届いたのです。コーチは留置場にあって、「密告者」の推理に全力を傾けることになりますが、その行き先には更なる驚愕の真実が待っているのです。
「鳥人計画」にあっては、やっと現れた天才ジャンパーを科学の力でコピーしようという試みが描かれており、それが題名の由来にもなっているのですが、かほどに当時の日本のスキージャンプは不振を極めていたのでしょう。東野圭吾といえどもまだ若かったせいか、非人間的発想な「計画」の主導者の描き方などにやや陳腐さはぬぐえなかったりするのですが、グラフを多用することでスキージャンプにおいて必要なものがなんなのかを精密に説明している辺り、大阪府立大学工学部出身の理系人間らしさが出ているなあと思います。
なお、自首を勧める手紙を書いたのと、密告状を書いたのが別の人物であるという驚きの展開と、さらに「え!?これでいいの?」という結末が待っています。要するにコーチは殺害計画を実行したにも関わらず、真犯人ではないのです。でもこの展開だとコーチは自分が殺したと思っていますし、真犯人が名乗り出ない以上そのまま裁判で有罪になるのは必至なのです。殺害計画を実行した以上、コーチに罪がないわけではないと思いますが、真犯人はそのままなのでしょうか?実はある刑事が目星を付けているのですが、物証がないんです。
真犯人には真犯人なりの動機があるのですが、罪の重さに耐えかねて自首するのか、それともしらばっくれ続けるのか。残念ながら本書はそこまで描かれておらず、読者の想像に委ねられる結末となっています。
しかし、こんなに面白い小説を書いていたのに、どうして売れなかったんでしょうね。東野圭吾ほどの才能の持ち主をして、売れるようになるのに10年以上かかっているんですね。1998年の「秘密」以降のブレイクぶりは誰の目にも明らかですが、この人の売れなかった時代の小説も読んでいきたいです。

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