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霧笛荘夜話:港の古アパートをめぐる“幸・不幸”の連作短編集

霧笛荘夜話
 
 早いもので2月に入ってもう一週間です。次第に伸びていく日没に春の予感を覚えますね。でもそれは花粉の予感でもあったりして。今年は昨年の7倍とかいう恐ろしい噂もあります。私はこれまではせいぜい目がかゆいとか花がむずむずするとかいう程度で済んでいたのですが、花粉症というやつはある日いきなり来るなんてこともいいますよね。いつかその日がが来るのだろうか、来るならお迎えが来てからにしてねと願ってやみませんが。

 さて、本日の記事です。今日は浅田次郎の連作短編「霧笛荘夜話」です。

浅田次郎

 もやは国民的作家と言っても過言ではない浅田次郎を今さら紹介するのもなんなんですが、多分このブログでは初めて取り上げるので、とりあえずざっと履歴を。浅田次郎は1951年12月生まれで、東京都出身。陸上自衛隊に入隊し、その後様々な職を転々としながら投稿生活を続け、1991年に「とられてたまるか!」で作家としてでデビューしました。その後95年に「地下鉄に乗って」で吉川英治文学新人賞、97年に「鉄道員」直木賞、2000年に「壬生義士伝」で柴田錬三郎賞、06年に「お腹召しませ」で中央公論文芸賞と司馬遼太郎賞、08年に「中原の虹」で吉川英治文学賞を受賞悪しています。

 映画化、テレビ化された作品が多い他、エッセイも多く執筆しており、まさに日本の大衆小説の伝統を受け継ぐ代表的な小説家といえるでしょう。様々な職業を転々としたなんていうところは、私の好きな半村良と似た経歴ですが、そういえば両者に共通しているのは、小説の語り口が抜群に上手いと言うことですね。経験ってやっぱり財産なんですね。

 私もこれまでに「鉄道員」「活動寫眞の女」「壬生義士伝」「沙高樓綺譚」「草原からの使者」「椿山課長の七日間」「五郎治殿御始末」「憑神」「天切り松」シリーズなどを読んで来ました。じゃあ図書館で作者買いならぬ作者借りをしているのかといえば、実はそうでもなくて、この人のギャンブル系、アウトロー系はあんまり好きじゃないのです。「オー・マイ・ガアッ!」は途中で読むの止めちゃいましたし。

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 それはともかく、今回の「霧笛荘夜話」は面白く読みました。例によって文庫本裏表紙の内容紹介です。

 とある港町、運河のほとりの古アパート「霧笛荘」。法外に安い家賃、半地下の湿った部屋。わけ知り顔の管理人の老婆が、訪れる者を迎えてくれる。誰もがはじめは不幸に追い立てられ、行き場を失って霧笛荘までたどりつく。しかし、霧笛荘での暮らしの中で、住人たちはそれぞれに人生の真実に気付きはじめる―。本当の幸せへの鍵が、ここにある。比類ない優しさに満たち、心を溶かす7つの物語。

 うらぶれた港町のどん詰まりにある場末のボロアパート「霧笛荘」は、半地下と中二階という妙な構造の建物で、それは過去に後ろ暗い用途で使われていたことを示唆するのですが、今は纏足の中国人老女が管理しています。全6室のそれぞれの部屋に澄んでいた6人の人となりを語り、さらには地上げ交渉にやって来た元銀行員の不動産業者の話を加えた計7編からなる連作短編です。

霧笛荘夜話CD

 実は同名のCDミニアルバムが出されていて、タイトルは各短編の表題そのままに、各短編のイメージから作曲された7曲から構成されています。「映画音楽」ならぬ「書籍音楽」とでもいうべきでしょうか。人気の美人ヴァイオリニスト高嶋ちさ子なんかが参加しています。

 本書のテーマは、中国人老婆が言う「不幸の分だけの幸せは、ちゃんとある。どっちかが先に片寄っているだけさ―」らしいです。女優の小雪は「たった1%の幸せでも、懸命に生きている人たちがいる。心の中に、大事な者を芽生えさせてくれた気がします。」と言っています。最終話の不動産業者の元銀行員が訪れた時は、全室埋まっていて全員顔を揃えるのですが、実はそれは過去の話で、今はどの部屋も空き家になっているようです。

 各短編の主人公は、必ず隣室(或いは上の階)の住人との関わりが描かれて、次の話ではその住人が主人公になっていきます。「不幸の分だけの幸せは、ちゃんとある」との言葉通り、第一話の主人公・千秋はすったもんだの挙げ句今ではそれなりに幸せに暮らしているようです。しかし、逆に「幸せの分だけの不幸も、ちゃんとある」わけで、千秋の自殺を防いだ隣室の眉子は、人の幸せを粉々に砕いてしまったけじめをつけて自ら命を絶ちます。それを(自覚せずに)気付かせたやくざくずれの鉄は、上の階の四郎のために罪を被って刑務所に行き、ギタリストの四郎はそんな鉄の犠牲を知らずに亡き姉への思慕を胸にスターになっていきます。その隣のオナベのカオルは四郎の姉に扮してくれたりと世話焼きですが、女の捨てた男以上の男らしさの故か運河に浮かぶことになり、その弔いを一人で行った特攻隊くずれの老マドロスは、遺書を送ったことで死なせてしまった恋人のことを胸に抱いたまま生きています。

 そうして見ると、多分今比較的幸福なのは千秋と四郎だけで、眉子とカオルは死に、鉄は刑務所。日がな一日ロッキングチェアでパイプをふかしてブランデーを舐めていたというマドロスも幸福だったわけではないようです。不幸と幸せの釣り合いはちょっと取れていない感じもしますね。

 最も、はっきり語られていないながら、千秋の過去は多分不幸そのものらしいので、そのバランスを今取っているかも知れません。四郎も美しくて一番の理解者だった姉(石ノ森章太郎のお姉さんみたいです)を亡くしていますし。いいことのなかった彼女の願いを叶えるためにも多少は売れていい目をみなくては二人分の不幸とは釣り合いが取れないでしょう。

 一方、眉子は何不自由のない生活から、ほんの些細な切っ掛けで突如として大きくはみ出してしまった人で、傍目にはずっと幸せできた以上、何の罪もない夫や子供を捨てて傷つけたということへのけじめをつけたことになるのかも知れません。鉄は…まあ納得ずくなので、獄中にあっても傍目ほど不幸とは思っていない可能性が強いです。

 残ったカオルとマドロスですが、この二人は幸せってあったのでしょうか。カオルは若い頃不幸だらけで、オナベになってからは個人的には幸せだったのかも知れません。そういう意味では霧笛荘在住時代が死の直前まで幸福だったといえるかも知れませんが、マドロスは一貫していいことがなかった感じがします。それともマドロスになって霧笛荘の世話役として皆の世話を見ていることがこの人にとっては幸せだったのでしょうか。

 マドロスに千秋がからめば、ちょうど一周できるのですが、そうはなっていない代わりに、地上げ交渉に来た元銀行員が会社をクビになってマドロスの店を継いでいるようです。

 ただ、立ち退き料500万を提示されても誰も動かないっていうのはちょっとリアリティーに欠けるような気がします。仮に6人で固く誓い合って申し合わせても、一人二人は脱落してしまう、そういうのが本当の人間の弱さのような感じがするのですが。

 一番好きなキャラは、四郎の回想にしか出てきませんが、北海道の四郎のすぐ上のお姉さんです。足が悪くて田舎に埋もれていますが、色が白くて髪が黒くて誰よりも美しいそうです。そりゃ姉弟でもキスくらいしたくなるわ。というかよくそこで踏みとどまれたな四郎、と褒めてやりたいです。この人が心の中に生きている限り、四郎は大丈夫かなという気がします。

 一方、眉子(本名吉田よし子)は、下手をすると

貴様には地獄すら生ぬるい!!

と言われかねないかも知れません。霧笛荘での暮らしは楽しかったかも知れませんが、家族の捨て方がひどすぎです。道を踏み外す理由も「え?そんなんで?」という感じで
あなたの言っていること、ついていけない。
全然納得できない。

鹿目まどかならずとも「あなたの言っていること、ついていけない。全然納得できない。」と言いたくなります。「魔法少女まどか☆マギカ」でいえば、詢子さんがいきなり家を出て失踪するようなもんですからね。「何が不満だ。だったら代わってやんよ!!」と思う人が世界には1億人位はいるかも。私もその一人。

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