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「秒速5センチメートル」考察(その5):「雪の一夜」

岩舟の夜明け
 
 はい、今夜も始まります。いよいよ佳境の「秒速5センチメートル」の考察その5です。

5.「雪の一夜」について

 それでは第一話「桜花抄」のクライマックスシーンである「雪の一夜」について考察してみましょう。もう逢えないから最後に逢いに行くという、本来それはさほど劇的なイベントにはなりえないものでした。もし貴樹君が予定通り7時に到着したとしましょう。たぶん貴樹君は9時か10時の電車で(大負けに負けても最終電車で)帰ったことでしょうから、「雪の一夜」は発生しません。また、明里さんは「渡さなかった手紙」を書いていません。あの手紙は貴樹君を待っている間に書いたものなのですから当然です。渡さない手紙なら別にどうでもいい?いやいやそんなことはありません。
動け両毛線!
 待っている間に、明里さんははっきり自覚したのですよ。貴樹君なしで生きていかなければならない時が来たということを。まさに「君はダンデライオン 本当の孤独を今まで知らないの とても幸せな寂しさを抱いて これから歩けない 私はもうあなたなしで」(松任谷由美「ダンデライオン~遅咲きのたんぽぽ」より)ということです。それは明里さんにとって痛みを伴う成長の瞬間だったのです。

 ということを踏まえて「電車が遅れなかった場合」をシミュレーションしてみましょう。明里さんと貴樹君はお弁当を食べながら語らいますが、お弁当もほうじ茶も、貴樹君にはさほどのものではありません(作ってきてくれた気持ちは嬉しいし、彼は優しいから「おいしい」と言うに決まってますが)。現在や今後の生活について語る貴樹君に対し、手紙を書いていないことから総括ができていない明里さんは過去の思い出ばかりを語ります。貴樹君抜きの明里さんの現在の生活なんて空虚なので語るべきことはないし、この先のことなんて思い浮かびもしません。
待合室の明里
 将来への不安ばかりを口にする明里さんに対し、「不安なのは僕だって同じなんだよ。」と思いながらも口には出さない心優しき貴樹君。もしかすると、やや辟易しているかも知れません。明里さんの不安は解消されることもなく、いよいよお別れの時がやってきます。電車のドアが閉まる寸前、貴樹君はそっと手紙を渡します。「明里。さようなら。」貴樹君が去ってしまったホームで手紙を読む明里さん。みるみる滲んでいく文字。ぽたぽたと手紙に落ちる涙。そう、明里さんは貴樹君の手紙で今回の再会が本当の別離であることを知ったのです。ひとしきり泣いた後、「私も強くならなきゃいけないんだわ。」誰もいないホームで呟く明里さん。少女が一歩大人の階段を昇った瞬間。

 ……とまあこんなところでしょうか。最終的には明里さんは「渡せなかった手紙」を書いた段階の精神にまで昇ることができました。二人ともに小学校時代の心温まる思い出を心に抱いて、明日からは未来志向で生きていくことでしょう。明里さんはほぼ本編のとおり生きていきます。一方貴樹君は種子島で花苗さんといい感じになっていきます。ちゃんと見ていれば素敵な女の子が自分を好いてくれていることなんてすぐ判りますよね。
お弁当を食べる二人
 貴樹君は大学に行くために島を離れますが、「迎えに行くよ」という約束の言葉を胸に花苗さんは元気に暮らしています(もちろん長期休暇ごとに貴樹君は帰ってきて、愛を育み続けるのです)。そして4年後の春、就職の決まった貴樹君のプロポーズを受け、二人は東京で新しい暮らしを送るために機上の人となったのでした。うわあ、みんなハッピーじゃないか。めでたし、めでたし。これぞ「秒速5センチメートル」トゥルーエンドだ!

 しかしながら実際には発生してしまった「ワルプルギスの夜」ならぬ「雪の一夜」。これは何を二人にもたらしたのでしょうか。まず貴樹君ですが、電車が大幅に遅れます。なんと4時間以上も。私も長距離通勤だから判るのですが、近郊電車はほんとにやばいときはやばいです。私の住んでいるところではあまり雪ということはないのですが、風とか雨でも平気で数時間送れます。初めて行く場所に、初めて乗った電車があれでは泣きたくなるのはもっともです。よく泣かなかったよ貴樹君。ドアの開閉ボタンに気づかなかったのは仕方がない。おじさんも怒ってないから気にするな。
貴樹を抱きしめる明里
 それはともあれ、この遅れに遅れた電車の中で貴樹君の明里さんへの想いは募りに募っていきます。彼の責任ではないのですが、約束の時間に遅れることは明里さんへの罪悪感に直結しますから。そう、携帯さえあれば…しかし時代が違います。当然二人とも持っていないので連絡すらできません。「明里…どうか…もう…家に…帰っていてくれればいいのに。」この祈りにもいた呟きは彼の真心そのものだったはずです。そして駅にたどり着いたときに明里さんが本当に帰っていたとしても、貴樹君は怒らなかったと思います。逢えないのは残念にしても、明里さんの身体が弱かったことはよく知っているので、無理して欲しくないと本気で思っていたはずなので、むしろほっとしたんじゃないでしょうか。それから駅を追い出されて、一人「八甲田山」(笑)。あ、翌朝電話したら逢えるかもね。

 なかば諦めつつ、他にどうしようもないからたどり着いた岩舟駅で、貴樹君は天使を見てしまうことになりました。私にも覚えがあるのですが、大幅に遅くなってもういる訳ないと諦めながらも行ってみたら待っていてくれた、というシチュエーションはたまりませんよね。大して好きでない相手だとしても一気に愛情が燃え上ってしまうような。私の場合はウィーンでね……いやいやそんなことはどうでもいい。そんなわけでお別れのためにやってきた貴樹君でしたが、状況に翻弄され、逆に恋慕の心に火がついて燃え上ってしまったのです。
別れの朝の明里
 一方明里さんですが、こちらは待ち時間に手紙を書いて、前述の心境にたどり着きました。2時間程度の遅れだったらまだ貴樹君は帰れるわけだし、手紙も渡したことでしょう。しかしなにしろ4時間以上です。もう逢えないかもしれないという不安を抱えながらじっと待つ明里さん。その不安はいかばかりだったことでしょう。駅員さんは親切そうだったから、「遅れるけど到着するよ」くらいのことは教えてくれたかも知れませんが。

 別れの場だということは自覚した明里さんでしたが、強い不安の下、焦らしに焦らした後にようやく現れた貴樹君(手練手管じゃないんですけどね)を見て、激情が溢れないわけがありません。二人はこれが別れの場だということをきちんと認識していたにも関わらず、運命のいたずらに翻弄された結果、再会の瞬間にこれまで感じたことのないような激しく強い「恋愛」をしてしまったのです。こんなにも明里が(貴樹君が)愛おしいなんて。まさに「瞬間、心重ねて」です。
貴樹を見送る明里
 そして初めての口づけ。手紙に書いた「好き」を遥かに上回った、まさに「愛してる」の瞬間でした。図らずも燃え上った二人の愛の炎は、ここに一瞬の「理想の恋」を現出してしまったのです。結婚した明里さんも、旦那さんとの恋愛の中でこれほど劇的な状況は発生しなかったのではないでしょうか。まあ、その代わりもっと穏やかで心の温まるような時間を持ったことでしょうけどね。けっ。

 そして納屋での一夜。あの二人に限って不埒なことはしていないとは思いますが(「やっちゃいました、てへっ」ていう話だったら、もう翆玉のリ・マージョン(注)やって異世界にでも飛んで行っちゃえって思うよ)、二人にとってそれは、大人の「一夜の契り」に限りなく近いものだったのではないかと思います。この上なく愛し人との二人だけのゼロ距離な時間。ここまでを「理想の恋」に含めていいでしょう。様々な偶然を積み重ねて「理想の恋」は生まれ、儚くも美しく輝き、そして朝二人が目覚めた時、完全に、そして永遠に去っていってしまったのです。
夜道の二人
(注)2006年のアニメ「シムーン」の用語。シムーンとは「神の乗機」と呼ばれる飛行艇で、遺跡から発掘したオーバーテクノロジーの産物です。リ・マージョンとはシムーンの放つ光の航跡によって空中に特定の図形(紋章)を描く行為及びそうして描かれた紋章のことを指します。

 描き出された紋章には攻撃・防御などの様々な効果がありますが、「翠玉のリ・マージョン」は 伝説のリ・マージョンとされ、「本当の効果」は充分に判っていませんでしたが、シムーンに時空を超えさせる効果があることが劇中で判明しました。
シムーン
↑右上の変なのが飛行艇シムーン

(コミック版を読んでの追記)
 「雪の一夜」については一巻でもう少し詳細に描かれています。泊った納屋内の様子とか、明里さんのコートの下はなんと制服でしたという事実とか。家に帰ってお弁当作ったんだから私服に着替えているほうが自然な気もしますが、もしかして制服姿を見せたかった?靴も靴下も濡れちゃったようです。当然ですが「やっちゃって」はいないようで一安心。
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